視線
どうにも現状が飲み込めない。気がついたら見知らぬ土地にいた。辺りを見渡すとレンガでできた中世ヨーロッパ風の建物が並んでいる。
「先輩、これヤバくないですか?」
「一体何が起こったんだ?」
見るものすべてが今までの常識とはかけ離れたものであった。どうしてこうなってしまったのか。とりあえずここに来る直前の事を思い出そうとする。見知らぬ女性にいきなり声をかけられた後、謎の光に包まれ、意識が遠くなったことまでは覚えているのだがそこから先の記憶は全くない。そして気が付けばこの場にいたというわけである。
「だめだ、わけわかんねえ」
有稀はもともと都市伝説やら噂やらが大好きでよく僕にそのたぐいの話をしていたのであったがまさかこんなことになるとはなあ。
「先輩……」
「とりあえずこれからどうするか考えよう」
「はい......でもこれから先どうしろっていうんですか……私の軽はずみな考え方でこのようなことになってしまって......」
隣に立つ有稀はいつになくしおらしかった。さて、どうするか考えると言ったけど何からやろうか。とりあえず、この世界の住民と話をしてみるしかないのかな。しかし、周りに人通りはない。まだ暗くもなっていないのに人一人見当たらないことに疑問を抱く。人通りはない状況であるが、先ほどから何か視線のようなものを感じるのであった。
「有稀、なにか視線を感じない?」
「そうですね、あちこちから見られてるような気がします」
人通りがなく静かな街で視線だけを感じる状況は非常に不気味で不快感を覚える。気がつけば自分の手を強く握りしめていた。建物の窓を見ると、視線の主の一人と目が合う。その時であった。
「先輩、あれを見てください!」
有稀が指差す方を見ると、馬に乗った集団がこちらに向かって来ているのが見える。静かな街に馬が走る音と甲冑の金属音が徐々に響き始める。
「とりあえず逃げよう!」
有稀の手を引き物陰に隠れる。
「先輩、私たちってこれからどうなるんでしょう」
有稀は不安そうに口を開いた。
「とりあえず、様子を見よう」
有稀は僕の腕を掴んだ。
女子とこれだけ触れあえているというのは嬉しい体験ではあるが、こんな状況ではそれを楽しむ余裕もない。集団が目の前を通って行く。
「……通り過ぎましたね。安心していいのでしょうか」
少しは安心出来たのか、僕の腕を掴んでいた力が弱まった。すると、通り過ぎていった方向から怒鳴り声のようなものが聞こえる。しかし、距離が離れているので内容を聞き取ることをできなかった。
あれが一体どんな人達なのか、この世界はどんなところなのか、わからないことだらけだ。これから僕らはどうなってしまうのだろう…僕の腕を掴む有稀の手は震えていた。