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僕とぐうたらなお師匠様  作者: 高城拓
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一日の終わりと始まり

 夜のとばりが降り、月が中天に上がるころになってお師匠様はようやく寝床から這い出てきた。

 いつものように眠そうに、白いリネンを頭からかぶったまま、ふらふらと。


「おはよぉうタケト……」

「お師匠様、おはようございます」


 お師匠様のだらしない声に、僕はしゃっきりとした声で答える。椅子を引き、よたよた歩く彼女を食卓に座らせた。食卓の上にはベーコンエッグと焼きたてのマフィン、カブとマンドラゴラのスープにカブの葉っぱの酢和え。ベーコンは鋸山の火吹オオトカゲのよく脂の乗ったもの。小麦粉は森の外の村人から買ったもの、卵は飼っている鶏が産んだもの、カブとマンドラゴラは家の裏の畑で育てているものだ。酢和えにはほんの少しだけ砂糖とヨーグルトを混ぜてある。冬はビタミンが不足するから漬物は大事だ。

 お師匠様はくんくんと鼻を鳴らし、嬉しそうに頬を緩めた。ボサボサの真っ黒い髪の毛、脂まみれの眼鏡、リネンからはだけるぷよぷよのお肉、とどめに目元に付いたヤニ。魔法と薬学は他の魔女さんたちからも一目置かれているし、弟子の贔屓目かもしれないけれどちゃんとした時の見た目もそう悪くはない。のだけれど、お師匠様はこういうところで損をしているように思う。

 僕がこの魔女に拾われたのはいつだったのか。ずいぶんと昔なようにも思えるし、つい昨日のことのようにも思える。



 あたしがタケトを拾ったのは10年前の魔女集会の帰り道。

 魔女学校時代の悪友から、シレーヌも早く使い魔でも弟子でも捕まえなさいよ、とからかわれた晩のことだ。

 いやいやメリッサはからかったんじゃなくて心配してくれてああいったのだ、そうに違いない。筋肉隆々でかっこいいライカンに担がれながら私を見下ろしたのもそんなに深い意味はない、多分。

 モヤモヤしたまま朝焼けの中を箒にまたがって飛んでいると木にぶつかって落っこちてしまい、目を開けたら目の前の大木の根本のうろの中に、あの子がいた。

 黒い髪に黒い瞳、傷つき汚れてはいるけれど柔らかな肌。年のころは5~6歳というところ。顔つきや体つきはエルフの男に近いけれど、鼻や目やあごの輪郭はドワーフに近い。エルフにしては耳は丸いし、ノームにしては耳も手も小さい。なんというか、まさに魔女の雄。けれども雌雄同体の魔女にそもそも男はいない。見たことの無い種族の子供。ぼろぼろで、汚くて、やせっぽちの捨て子。あたしにはそう見えた。

 先に口を開いたのは彼の方だった。


「お姉ちゃん……だれ?」ぞっとするほどしわがれた声。

「人に名前を尋ねる時は、先に自分から名乗りなさいな。食べちゃうわよ」虚勢を張って応える。

「僕は……tarkehtoh」異国の発音。少なくともここらで付き合いのある諸族の言葉じゃない。

「そう、タケト、っていうのね。めずらしいお名前。私はシレーヌ。ここで何してるの?」

「わかんない……気がついたらここにいた」か細く、消え入りそうな、しわがれた声。

「あらそう」本人がわからないんじゃ仕方がない。

「あとね……お姉ちゃん、パンツ見えてる」それでようやく、私は自分がひっくり返ったままの姿勢だということに気がついた。どっこらせとまともな姿勢になってから、相手に目を合わせる。

「どこか行くところはあるの?」ゆっくり首を左右に振るタケト。

「ふぅん。おなかすいてるでしょう?」こっくりと頷くタケト。

「そっか。じゃあ、あたしの召使とか、使い魔とか、そういうのになってくれるなら食べさせてあげるよ」ただの思いつきでそういった。

「……奴隷ってこと? 奴隷はやだな……」

「弟子でもいいよ。魔女の弟子」それを聞いて、タケトはほんの僅かに微笑んだような気がした。



 お師匠様が朝食(僕にとっては夜食)を食べている間に髪を梳かして差し上げ、三つ編みに編んでから、外出着を用意する。

 今の時間から湯浴みというのはいささか時間が足りないので、熱々の蒸しタオルを渡した。最近は体を拭うのでさえ僕にやらせようとする。どこまでぐうたらになるんだ、この人は。

 外出用のきれいな眼鏡を用意し、お化粧もして差し上げる。今日はとりわけ眠そうだから、目元を少しぱっちりした印象にしてあげよう。

 うむ。我ながら今宵も良い出来だ。ぐうたらぷよぷよが、眼鏡美少女に早変わり。


「今晩の魔女集会は薬学研究報告会でしたっけ?」

「んー。あたしは聴講して、エレノア師に論文提出するだけだけどねー」

「ではこちらを。論文にいくらかよだれの跡がありましたので、写筆しております。それとこちら、エレノア師のお好みと伺ったハーブのペーストと漬物のレシピ、これは試作の実験器具です。ドワーフのゴンゾさんが使い勝手と改善の要望がほしいと。うちの分もあります」

「ちょっと重い……」

「それぐらい我慢できない量じゃないでしょう。で、これがお弁当。今日は冷えるそうなので、猪の生姜焼きのサンドウィッチとサトウダイコンのワイン粕漬けです。ああもうほら、胸元開きすぎです。風邪引いたらどうするんですか」

「うう……かーちゃんかよぉ」

「母上様じゃないです、あなたの弟子です。ついでに言えばまだ15です。そういえば最近母上様にご挨拶してませんね。次の魔法学術報告会のときには何かお漬物とお手紙を用意いたしましょう。ああ、ところで日中、メゲンバシさんの奥様がいらして、旦那様のお薬をまた用意してほしいとのことでした。骨の痛みはなくなったそうなので、この調合でよろしいでしょうか?」

「んー……これとこれ、あとこれ、1つまみずつ減らして。あと水を沢山飲むように言って」

「承知しました。さてそろそろ行かないと、間に合わなくなりますよ」

「うう。行ってきまーす……」

「寄り道したらだめですよー! 早く帰ってきてくださいねー!」

「あいあーい」


 ほうきに乗ってふわりと飛び立ったお師匠様を見送った僕は洗い物をし、仕事道具を片付け、明日の調合の準備をして、お師匠様のベッドを整えてから、寝た。

 これが僕とお師匠様の、一日の終わりと始まりだった。

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