世良彩人と恩人
雑い
「…はぁ……」
物静かな住宅街にふと、彩人のため息が零れ落ちる。
ガックリと項垂れ、両足を引き摺るようにして歩を進める彼の頬では、見事なまでの"紅葉"がその存在を激しく主張していた。
「……あぁ…痛ぇ…」
彩人が悲哀に満ちた目で呟くと、
「……完っ全に、自業自得ですからね」
今度は、美麗衣の不貞腐れたような声が木霊した。
「……………」
彩人は顔をそっと上げて、こちらのことなど目もくれず、どんどん先へ進んでいく美麗衣の後ろ姿を無言で見つめる。
――まだ怒ってんのか…
朝の騒動以来、美麗衣はずっとこの調子で彩人にそっぽを向いていて、どうにも折り合いが悪い状態が続いてしまっている。
何が原因なのかははっきりと分からないが、美麗衣の態度から察するに、自分に過失があったことは間違いないのだろう。
その点においては素直に謝りたい。
謝って、清々しい気持ちで登校を済ませたい。
…とは思うものの、
「…いくら泣き喚く俺を黙らせるためとはいえ、ビンタまですることはないだr」
「――今、何かおっしゃいましたか?…(ニコッ)」
「………イエ、ナンデモナイデス」
突如こちらを振り返った美麗衣のドス黒い笑顔に圧倒され、彩人はそれ以上言葉を発することを止める。
ちょっとした呟きでさえも、彼女には届いてしまうらしい。
「……はぁ…」
おまけにもう一つため息を吐き、彩人はげんなりと天を仰ぐ。
するとどうだろう、空には雲一つ無い青空がどこまでも広がっており、視界の端では太陽がひょいと顔を覗かせていた。
「わ…ぁ………」
目に映る雄大な――"あの日"と同じ光景に、彩人はついぞ足を止めてしまう。
そのまま暫く上を向いていると、
「彩人……兄さん…?」
いつの間にか目の前に来ていた美麗衣が、心配そうな表情で瞳を覗き込んできた。
あまりに不意打ちだったそれに、自然と彩人の鼓動は速くなる。
心なしか、頬まで熱くなってきた。
「あの……どうかしたんですか?」
「…! な、なんでもねえよ!」
乱暴な口調で告げ、慌てて目を逸らす彩人。
それを見た美麗衣はムッとした表情になり、訝しげに彼を睨んだ。
「……それ、本当ですか?」
「ほ、本当だよ。 …ただ」
「ただ?」
「ただ……もう、二週間経つんだなって思ってさ」
「……!」
僅かな沈黙の後に告げられたその一言に、美麗衣は瞳を大きくして驚いた。
が、すぐに優しく微笑んで、
「じゃあ……私が"ここ"に来てから、もうすぐ一ヶ月になるんですね」
「そう、なるな……」
「彩人兄さん?」
「…なあ、美麗衣。お前、なんで"こんなところ"まで来たんだ?」
彩人は何かを考え込むように俯くと、不意にそんな問いを投げかけた。
「"ウチの学校"に入るため――じゃないよな? お前ならわざわざ勉強する必要もないし、"こんな地方"じゃ、何かと不便が多いだろ?」
「…そう、ですけど……」
「だったら、なんで?」
「…えっと…その……どうしても、知りたいですか?」
「そりゃ…まあ」
「じゃ、じゃあ………よし!」
美麗衣は胸の前で小さく拳を作り、気合いを入れるかのような声を上げたのち、柔らかな表情でそれを語り始めた。
「…私がここに来たのは、ある人に会うためです」
「ある人?」
「はい。今の私があるのはその人のお陰で……とにかく、その人は私にとっての恩人なんです」
「恩…人……」
キラキラと瞳を輝かせ、嬉しそうに恩人について語る美麗衣に、彩人は表情を曇らせた。
彩人にも恩人と呼べる人はいる。
もちろんそれは彩人に限った話ではなくて、誰にだって言えることなのだろう。
"誰かにとっての自分"が恩人なることだって、きっと……。
相手にとっても…自分にとっても…それが幸福なこととは限らないのに。
「…彩人兄さん?」
「――! そ、それで、その恩人には会えたのか?」
「……はい。こっちに来て、すぐに」
「へぇ…どんな人なんだ?」
「そうですね……一言で言えば、キ◯ガイです」
「…は?」
「おまけに覗きもするようなヘンタイで…」
「おいおい…大丈夫かよ、そいつ…」
「本当ですよ…」
「いやちょっと待て、何故そこで俺を見る」
「……鈍感っ」
「は?」
「分からないんですか? その恩人は…私がずっと会いたかったその人は……あ」
「――あっくん! おはよっ♡」
ギュウッ
「うぐッ!?」
そんな呻き声を上げると同時に、彩人は大きく体のバランスを崩す。
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
が、グッと背中にのし掛かる重みと柔らかな二つの感触から、何者かに飛び乗られたのだとすぐに理解できた。
…もっとも、彩人のことを「あっくん」などと呼び、そんなことをしてくる人物など彼の知る中ではたった一人しかいないのだけれど。
「朝っぱらから何してくれんだよ! 綾界!」
しかめっ面で振り向き、声を荒げる彩人。
彼の視線のすぐ先では、
「えへへ、あっくん見たら我慢できなくなっちゃった♡」
活発そうなショートカットが特徴的な美少女、椿咲綾界が無邪気に照れ笑いを浮かべていた――。
受験生になるんで、執筆速度は低下の一途をたどっていくと思います。
が、自分なりに頑張るのでこれからも読んでいただけると幸いですm(_ _)m
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