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8話

「クソッ マジで殴りやがったあのババア……」


 エージはまだ痛む顎をさすりながら、不当な暴力に及んだ団長(フェス)への恨み言を呟く。

 ギイギイと軋む木椅子に背を預けて、天井のシミを数えるという無駄行為にそろそろ飽きがきていた。

 やはり躾の悪い子犬みたいにキャンキャン吠えるガキのお守は、思った以上に精神を消耗するらしい。



「あなた、わたくしの話を聞いてますのッ!?」

「あーあー聞いてるぜ、ミス……あー、なんだっけか?」

「何度言ったら……ッ アルティミシア・F・エンゼルガードですわッ!」

「あーそれだ、ミス・アルティミシア。それで? 何の話だっけか?」

「きぃぃぃ~~~~ッ!!」



 疲れていた。全てのやり取りは『天井に阻まれて見えないはずの空を見上げて』……だ。

 歯跡の付いたシケモクを深々と吸い込み、肺の空気がからっ欠になるまで吐く。

 灰と紫が混じった煙をぼんやり眺めていると、言い様の無い疲労感に襲われた。

 


―――聞いてくれエージ。魔導士を担いで帰ってきた底抜けのバカがいるらしい。あたしは今からソイツのケツが変形するまでローキックを叩き込む任務があるが、なぜお前は目を逸らす? あたしの目を見ろエージ。んん?



 帰投したらすぐに呼び出された。逆の立場だったら自分だって呼び出す。魔導士は爆弾だ。

 気分一つで爆発するし、その威力は折り紙付きである。懐柔出来ればこの上ない戦力も、その保証も無ければリスクヘッジも出来ていない。

 百年の恋も冷めるような失神姿を見ているので無茶はしないだろいうという算段があったし、実際、ソイツは魔封じの首輪のフェイク一つでアホみたいに大人しくしている。 


 しかし後詰めでガヤにやってきた団員たちの態度はすこぶる冷たい。小学生を連れ帰った時はまだ様子見の空気があったが、2人目は完全にアウトらしい。

 野郎どもは嫉妬と羨望で余所余所しいし、女どもにいたっては裏路地のゲロを見るような目で見てくる。


 本来ならば正規軍に引き渡す場面だが、身元もわからない爆弾を引き渡して何かあったら目も当てられない。敵軍魔導士なのでなかなかデリケートな情報を持っている可能性もある。そして効率的に稼ぐためのコツは依頼人が知らない事を知る事だ


 自然、魔導士の尋問役は当事者のエージになった。そしてその監視役に指名されたのはスヴェンだ。

 名目は『魔導士が暴発した時のため』だが、エージがやらかした瞬間オルガに報告する密命を受けていることを知っている。その報酬が舌先が痺れるくらい上物の蜂蜜酒である事もだ。


「俺の友情はたかが酒1本で裏切られたわけだ」

「そんな言い方はよせエージ」


 心外だといった風に肩を竦めるのは戦闘部隊の隊長格、厳つい巨漢の男スヴェンだ。

 【黒の大剣】に貸し与えられた仮庁舎の一室。苔とカビとホコリに塗れた鍵付きの部屋はスヴェンがいるだけで少し狭く感じる。

 

「最初は俺も断るつもりだった。だが渋る俺に団長(フェス)はこう言ったんだ。『こんな事で壊れる友情など本当の友情ではない。お前は友情ごっこで満足するのか』と。俺は目が覚める思いだったよ。と同時に真の友情を育みたいと思ったんだ」

「嬉しいよスヴェン。とても尊い心がけだ。ところで俺は真の友情に対価は必要ないと思ってる。誤解を避けるためにもその右手に持ってる蜂蜜酒を預かりたいんだがどうかな?」

「報酬は傭兵の存在意義だ。友情も大事だが俺は傭兵でありたいよ」


 さも残念そうに肩を落とすスヴェン。

 エージは最高に汚い言葉で罵りながらヤニ混じりの唾を吐き捨てた。

 

 ともあれ、尋問自体はすこぶる順調だった。

 尋問により明らかになった今回の経緯はこうだ。


 数か月前、ガヤの北、ガラストラ大平原で行われた帝国と皇国の大会戦。ここで敗北した皇国は2段階ほども戦力後退を余儀なくされ、逆に進軍を続けた帝国は沸きに沸いていた。

 ガヤ防衛戦でほぼ壊滅した帝国軍は、そんな押せ押せムードの中、調子に乗ったアホ貴族が威力偵察名目で飛び出してきたものだという。

 

 といっても最初はうまく行っていた。両軍本隊は共に北で睨みあって下手に動けない。そして皇国には脇に回った小規模勢力に兵力を回す余裕はなかった。

 5000を超える帝国威力偵察軍は皇国軍の意表を突く形で西側から侵攻し、小規模な衝突を繰り返しながら戦線を押し上げた。着実に進めば皇国は相当苦しい局面に突入していたに違いない。


 しかし皇国にとって運が良かったのは、激烈な出世競争に晒されている帝国貴族が、戦功を焦るあまり後詰めを待たずに進軍を続けた事だった。

 兵站を確保しなければ、軍隊など一瞬で自殺志願者の群れに変貌する。小さな村落を襲撃したところで調達できる物資の種類は限られているし、出来たとしても到底必要量は賄えない。


 無理に突出したあげく、半ば孤立する形で戻るに戻れなくなった指揮官の貴族。

 彼らに必要なのは食料と軍事物資、そして明確な戦功だった。



「そこで外縁部交易の中心都市ガヤを狙ったってわけか。生活費握りしめて賭場に行くアホと同じ発想だ」

「ルールーと話が合いそうだ。縁談を持ちかけたっていい。もし生きていればの話だがな」

「ルールーのギャンブル好きは病気だ。紹介するなら腕の良い頭のお医者様にしたほうがいい」



 報告にはあったが結局最期まで姿を現さなかった5機のヴァイヲンは侵攻の際に雇われた傭兵達で、いい加減やってられるかと契約解除して去っていったらしい。

 

 傭兵の報酬はもちろん交渉次第だが、『前金2・成功報酬8』が一般的だ。

 そして『成功』の意味は戦争の勝ち負けではなく、ノルマだったり、一つ一つの局面ごとに定めているのが普通で、たとえ負け戦でも依頼人が生きている限り取り立ては行われる。


 しかし驚くことにその傭兵団は、『0:10』の契約をしていたという。

 保証は無いが、報酬がデカい。腕に自信があって且つブッ飛んだ輩が好む報酬形態だが、エージはその情報に首を傾げる。


 致命的な危機を回避した結果を見ると大正解のようにも思えるが、ここまで来て何ももらわず、報復するでもなくただ立ち去ったという話に強い違和感を覚える。


 傭兵団で団員に報酬未払いなど自殺行為だ。今更理由を詳しく解説する必要すら無いだろう。

 だから団長は何より利益を確保する事に奔走するし、時にはパトロンに体を売りもする。今では名のある団長となったオルガも、昔はそういう事をしたことがあると言っていた。

 相手の名前は聞いているので、もちろんいつか殺してやろうと思ってはいるが。



 『何か、他においしい話が回ってきたらしい』と、帝国魔導士―――アルティミシアは言っているが、博打遠征の博打報酬よりも大きな報酬というのはなんだろうと、正直首を捻らざるを得ない。

 それはスヴェンも一緒だったようで、納得いかない表情で首を傾げながら、どこからか持ってきたグラスに酒を注いであおっていた。尋問中であることを完全に忘れているらしい。



「で、わたくしはどうなるのかしら?」



 鈴が鳴るような声に舌打ちしながら振り返ると、意外にもしっかりした木のテーブルを挟んだ向こうに、やたらと高慢ちきな笑みを浮かべる少女がいる。


 拷問を伴う厳しい尋問を想定していたが、この少女は暴力などチラつかせなくても実によくペラペラと喋る。しかも若干得意そうに。唾液のかわりに潤滑油が分泌されてるのではないかと心配になるほどだ。

 当初は攪乱作戦を疑ったが、すぐに単純に機密も何も理解していないだけという結論に至った。


 少しウェーブのかかった豊かな金髪と肉付きの良い体のせいで大人びているが、実年齢はせいぜい頑張って中学1年くらいだろう。大人への階段に足を掛けた青い果実は女の香りより乳臭さが鼻につく。

 大きな瞳、スッと通った鼻梁、ぷっくりと捲れた桜色の唇に、細く尖った顎。

 驚くほどの美少女だとは思うが、ガキに欲情するほど懐は寂しくない。



「貴人としての扱いを要求いたしますわ」



 少しだけ噴き出しそうになる。白目を剥いて失禁してたガキの台詞なので、なかなか真顔で「そうですね」とは言い辛い。

 エメラルドグリーンの瞳が自信たっぷりに光っていた。これだけ対面で話していると、色々な事が見えてくるものだ。


 この手のタイプは厄介だ。自分が正しいと信じ、そして正しい者が勝つと心から信じている。

 何から何までがあまりにも未熟で、そして眩しかった。

 

 世の中の汚い部分を見なくても生きてこれたイイトコの出なのだろう。そして同情を禁じ得ない事に、おそらく今回の戦が初陣だったのだ。

 エージは深くため息をつくと、迷いなく言い放った。

 


「売っぱらうに決まってんだろ」

「なッ 何を言っているのかしら!? わたくしは捕虜ですわ! 相応の敬意と扱いを―――」

「希望に満ちた若者に対して先輩からアドバイスを送ろう。自分の立場を自覚すべきだ。素性はともかくお前はフリーランスで俺たちゃ傭兵。協定も条約も関係無ぇンだ」

「―――え?」

 

 状況が呑み込めないのか、キョトンと首を傾げるアルティミシア。


「売る?? 超絶美少女魔道士のこのわたくしを?」 

「魔導士でしかも若い女とくりゃには高値がつく。超絶美少女魔導士様とくれば3日は酒に困らないかも知れないな。その後の事は知らん。あと自分で美少女とか言うな」



 ようやく状況を理解したのか、アルティミシアの顔からサッと血の気が引いた。

 


「わ、わたくしは魔導士ですわ! 戦場を左右する魔道士ですのよッ!!」

「ポンコツ魔道士の間違いだろ」

「違いますわッ! 魔素変換による発動が苦手なだけで魔導容量(ドライブ・ストック)は帝国一と先生も仰って――――」

「容れ物はあっても蛇口が無い。そういうのをポンコツって言うんだ、ミス・アルティミシア」


 魔法の才能があるが、発動が出来ない。戦場での示威行動には十分使えるがそれだけ。

 ごく稀にそういう可哀想な人がいると聞いたことがあるが、どうやらこの少女がそうらしい。

 

 少女はいたくプライドを傷つけられたのか、キッとエージを睨みつけ、みるみる内にその大きな瞳に涙が溜まっていく。



「わ、わだぐじは…… で、出来損ないなんかじゃ……ッッ」



 そしてついには机に突っ伏してワンワンと大泣きし始めてしまった。

 目の前の少女は敵で、殺し合いをしていたというのに犯しも殺しもせず、極めて人道的な扱いを受けている。エージは何一つも悪くないのに、チクチクと良心が痛む。

 

 10も下の少女ガチ泣きは、世界が変わったとしても精神的にクルものがあった。

 助けを求めるようにスヴェンに視線を向けると、彼は頑なに目も合わせようとしなかった。どうやら小さい姪っ子に「怖い」と大泣きされたトラウマを刺激してしまったらしい。


「お、おいミス…… 売ると言っても奴隷としてじゃない。軍に引き渡して報奨を貰うって意味でそんな悪い事には――――」

「うわぁあぁぁああぁああ~~~ッッ」



―――どうしたッ! まさかウチのエージがやらかしやがったかッ!!



 部屋の外から聞こえてきた廊下を走る足音と怒声に、エージは天を仰いで頭を抱えた。


次話は召喚少女のターン

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