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7話

『D-コーションですッ! 魔素異常構成(ドライヴレベル)…………レッドッ!?」


『全機警戒態勢! 魔導士が出やがった……ッ!!』 


『反応増大していますッ!! 10秒程度で発動可能レベルに達しますぅッ!!』



 観測型アーマーの操縦士ストライカ、ルールーが悲痛な声で叫ぶ。

 僚機全ての足が止まった。通信越しに仲間たちが息を呑む気配。

 戦術で完封した。地力で圧倒した。火力で蹂躙した。


 だからこそその悪夢を今一つ信じきれないでいる。

 百戦錬磨の団員たちが見せる動揺。数瞬の硬直。それは時間にすれば僅か2秒足らずの間。


 誰よりも早く活動を再開したのは他でもないエージだった。

 領主機のほうに向かっていたその足を、即座に反対側に向けてUターン。燃料コントロールを取っ払って残存エネルギーの全てをスラスターへ。

 金属を擦り合わせるような不協和音。スラスターから噴き出る光の粒子が爆発して光背(ハロウ)となる。 

 ゲージを軽く振り切るスピードで、エージは体勢を立て直しかけた敵兵の群れに特攻した。

 珍しく焦った声でスヴェンが叫んだ。


『エージ待て、一回引けッ! 危険すぎるッ!』

『やるしかねぇだろッ!!」


 戦場において想定し得る状況の中で最悪に近いパターン。それが敵魔導士との遭遇。

 人は魔法を使えないからこそ、戦争で魔導アーマーを投入する。魔導アーマーは所詮、魔法を使う事の出来ない者が魔導を扱うための道具でしかないのだ。


 魔導士もピンキリだと言われているが、戦場に出てくる連中はその中でもピカイチの連中だ。

 数多の戦場を渡り歩いてきたエージも幾度かその凄まじさを見たことがあった。数年前にアーマーごと消滅した仲間は、数少ない友人の一人だった。

 だからこそエージは突入を選択する。迫撃型の自機の兵装は大剣と短距離砲(ドア・ノッカー)のみだ。死にたくなければ突撃しかない。発動前に終わらせなければ誰かが死ぬ。



『おおおおおぉぉぉッッ!!!』




 急激過ぎる加速で機体が軋む。翼となったスラスターは膨大なエネルギーに耐える事が出来ず、光化を始めている。あらゆるアラートがコクピット内でオーケストラを奏でていた。

 方向はわからない。勘だ。魔導士ならばきっと群れの中心にいる。 



『ルールー! 魔導士はどこだッ!?』


『無茶ですよぅッ!! とんでもない出力レベルですぅッ! 戻ってきて下さ―――』 


『ごちゃごちゃ言ってねぇでナビゲートしやがれ――ッ!! 死ぬほど犯すぞボケ!!』


『ヒィッ! に、二時の方向ォ、距離1200ッ!!』



 通常兵装のヴァイオンは、アラートを感知しても場所を特定する性能を持ち合わせていない。これが出来るのは観測用装備を積み込んだ機体――――黒の大剣で言えばルールー機だけだ。


発動可能域到達(パターン・アクティブ)! 依然、反応増大中…… そんな…… こんな巨大な反応見た事……、周辺が更地になりますよぅ―――ッ!!』

『エージィィッッ!!』

『うるせぇッ!! 続けろルールーッ!!』

『ほ、方向そのまま距離400ですぅ!』


 残り約10秒の距離。

 ついに警報が息継ぎを放棄し断末魔のように鳴り続ける。

 なぜ魔導士が魔法を発動させないのかわからないが、今は考える時間が惜しい。


 前から後ろへと流れゆく景色に人の姿が混じり始めた。

 敵兵は例外なく大きく目を見開き、それ以上に大口を開けてて何かを捲し立てている。まるでスローモーションのようにいちいちその表情を脳が認識した。


 怖い。

 エージの心の中、唐突に恐怖という名の灯が点る。

 自分は今、死の領域にいる。『終わり』が足首を掴み、地獄へ引きずり込もうとしている。脳髄が沸騰しそうだ。

 ガチガチと鳴る歯根を噛みしめ、小便を漏らしそうになる尿道を無理やりに締めた。

 進め。前へ。



『見つけた、あそこだ……ッ!』



 前方、猛烈な勢いで迫りくる人の海の中、何もないならば不自然な密集がある。

 それは単なる違和感。つまるところ『勘』だ。

 しかし、今まで戦場で培った全てが正解だと告げている。


 エージはロクに狙いも定めずに短距離砲(ドアノッカー)を乱射。

 思い通り目的に当たるはずは無いが入れ食い状態だ。腐った果実のように次々と人が破裂する。


 スラスターの微調整――――が上手くいかず、脚部を僅かに地面と接触させることで進路のコントロールを試みる。関節部が金切り声を挙げた。


 敵兵がエージの進路から逃げ出すが、残念ながら逃げ遅れる者はいる。

 ゴンッ と機体に奔る鈍い振動。人を―――撥ねた。

 そして再び衝撃。さらに数度。

 生ぬるい肉がべちゃりと鋼鉄の肌に張り付く。


 そしてついに―――



『エージさん、接触しますッ!!』

『知ってるッ!!!』



 敵は魔導士。煩いアラートはとっくに切っていた。

 確実に殺らなければならない。手に感触が残る方法で確実に。得物は大剣だ。

 距離が近すぎる。スピードが速すぎる。もう逆噴射では思う場所に止まれない。

 円を描くように機体の向きを変えてスピードを殺す。さらに脚部を地面に突き立て土砂を巻き上げながら減速。


 右膝関節部の魔導筋肉(ワーム)がバチンと切れた。戦闘継続には重大な影響を及ぼす損傷も、魔導士を殺す代償と考えれば安過ぎる。



『よう、会いたかったぜ』



 運良く着地した場所に――――ソイツはいた。


 不自然な密集が崩れた先、やたらと重装備な騎士に囲まれる小柄な人物。

 ゾワリと肌がヒリつく。内臓がひっぺ替えされるような凄まじいプレッシャー。

 深々と被ったフードのせいで姿はよく見えないが間違いない。


 ヤツが魔導士だ。 


 おそらく重騎士は護衛だろう。当千級の化け物がここにいない事を心から祈る。



「ひ、ヒィッ 無理だァァッッ!!」

「こんなのやってられるかよッ!!」

「ま、待てッ! 逃げるな! 彼女を失えば我らはかぴぇっ―――」 



 ブン投げた短距離砲(ドアノッカー)が重騎士の顔面を見事に潰した。エネルギー切れした鉄くずも生身相手には十分凶器となりうる。

 無造作に大剣を振り上げると、制止する者がいなくなった重騎士たちが一人、また一人と逃げ出した。普段ならばソイツらを追うかどうかはお得意様次第だが、今は違う。



 最後の一人が悲鳴を上げて逃げ出すと、全身をローブで覆った魔導士が一人取り残された。

 こうして見ると想像以上に小柄だ。しかも震えている……か。当然だ。

 魔法が発動さえしてなければ、魔導士もヴァイヲンに対してなす術はない。だから今、ここで、この魔導士は殺さなくてはならない。降伏は無しだ。



『そのまま大人しくしてくれないか。君は痛みすら無いまま神とタンデム出来るし、俺はたんまりボーナスをふんだくれる。きっとお互いが幸せになれるはずだ』

「~~ッ!!」



 そう外部音声で優しく言い聞かせながら、一歩踏み出す。

 既に大剣の射程圏内。ここは戦場、ためらう理由はない。

 魔導士はエージが乗るヴァイヲンを見上げ、腰が抜けたのかペタンと尻餅を付く。




『死ね』




 そしてエージは大上段から大剣を振り下ろし――――



―――風が、吹いた。



 魔導士のフードが捲れ上がり、その顔が露わになる。



『―――ッ!!』



 大剣が魔導士を両断――――しないで地面に刺さった。

 その剣筋は魔導士から30cmも離れていない。

 殺さなければならない。そんな事はわかっていた。しかし、最後の最後でエージが軌道をズラしたのだ。

 なぜなら……



『お前……』



 魔導士、いや、その少女は糸の切れた人形のように崩れ落ちた。

 少女の股のあたりから湯気が上がり、ローブと地面にシミを広げていく。 


 透き通るような白い肌。フードから零れ出るように広がる豊かな金髪。

 まだまだあどけない顔は涙と鼻水でビシャビシャに濡れ、白目を剥いて失神している絵面は壮絶の一言だが、そんな事は殺さない理由になりはしない。


 周囲に人は誰もいなかった。すぐ近くで歩兵同士の戦闘が始まっているし、ヴァイヲン同士の砲撃音が途切れることなく続いている。

 これだけの悲鳴と怒号と断末魔が聞こえないならば、医者に行くべきだ。


 しかし今この瞬間、エージはここだけが戦場から切り離されたように錯覚した。 

 ついこの前、この世界にやってきたばかりの少女の慟哭が聞こえたような気がした。


 そして、エージは呆然と呟いたのだ。



『まだ、ガキじゃねえか……』


戦闘おわり

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