6話
『行けッ 行けッ 行けッ』
そのずんぐりとした武骨なフォルムは、名作ロボットアニメの水中専用機や、ゲームでデフォルメされたロボットを想像させる。
機体にはそれぞれ特徴があるが、スマートとかシャープとかそういったイメージには程遠い事と、脚部がカンガルーの後ろ足のような構造になっている事は共通だ。
スヴェンの合図で10機のヴァイオンが突撃を開始する。
機体外部の視覚デバイスはそのまま操縦士の視覚でもある。生身では到底実現不可能なスピードで左右に流れゆく景色に戸惑うひよっこはここにはいない。
潜んでいた森から仲間たちが一斉に飛び出し、後背部のスラスターに点火する。
『接敵まで約2km、歩兵に構うな! 機体だけを狙えッ!』
もう隠密行動をとる必要はない。
脚部後方に魔法陣が展開。リアクター最大出力。メーターが振り切ってレッドゾーンに突入。
耳鳴りのような甲高い魔導反応音が盛大に鳴り響き、脚部ホバリングブーストと後背部スラスターから噴き出る魔素の残滓が、日の落ちかけた薄闇に光り輝く。
接敵まで1km強。時間にして30秒も無い。
『行けッ! 先行組を囲うように展開ッ! チンタラしてたらケツに太いのをブっ刺すぞッ!!』
敵からすれば所属不明の武装勢力が突如現れたのだ。
このエフェクトと大音声で気付かないはずがない。敵陣は既に蜂の巣をつついたような大騒ぎだった。
昔見た漫画かアニメのセリフが頭を過る。人がゴミのようだ。
パニックを起こし蜘蛛の子を散らすように逃げる歩兵。騎乗を試みて怯えた馬に振り落とされる騎士。もはやズームが無くてもはっきりと見える距離だ。
空のヴァイオンに慌てて搭乗しようとする身なりの良い男が見える。起動までの時間を考えても猶予は少ない。今叩かなければやられるのはこちらだ。
『ライラ! エメラダ! バルトッ!』
『心配無用、仕事はこなす』
『先行します。援護を』
『任せろッ!』
2機のヴァイオンが、ススッと集団から抜けて左右に展開。遊撃機のライラとバルトだ。
2機は凄まじいスピードで地上を跳びながら、マニピュレーターが無い筒状の腕部を棒立ちの敵機体に向ける。
――――カゥンッ カゥンッ
砲撃。2発。
空気が捻じれ、そして弾ける。
中距離支援を主任務とする両機の腕部は魔導収束砲だ。
リアクターから中規模の魔導変換を経て、レーザーにも似た高出力砲撃が出来る反面、大食らいで5発も打てばチャージのための時間が要る。
1発目は外れ、2発目が機体わずか横。
流れ弾が逃げ惑う敵兵を粉微塵に吹き飛ばして地面を噴き上げる。それだけで敵は恐慌状態。しかし本命は他にいる。
弾道計算と微調整、そして―――
―――クォンッ
3発目が無人の―――いや、搭乗はしていたから起動していないだけで無人ではないだろう。
どちらにしても、障壁の無い鉄人形を搭乗者ごと引き千切る。
さらに狙いすました4発目が敵機の下半身を捉え、敵機は空中で3回転半して地面に激突、沈黙した。
『よっしゃッ! 喰ってやったぜッ!』
『まだだアホタレッ 急げ! 起動するぞッ!』
10機中3機が沈黙。残りの7機が緊急起動を果たして戦闘態勢を取り始める。
通信回線に悲鳴混じりの声が響いた。
『敵魔導アーマー、次々に起動していますッ!』
『――ッ エメラダお嬢様ッ!』
『案ずるなライラ! あと10秒―――っ』
先行するライラ機、バルト機に遅れるようにして、他の機体より2周りほども大きいエメラダ機―――重砲撃特化型アーマーが小高い丘に向かって突進する。
そのエメラダ機を護るように別の2機が展開。ベルトラン機とイングヴェイ機だ。
2機は敵陣地に無差別に拡散魔導砲をバラ撒く。
目的は敵機の牽制と――――敵兵の殺戮。
閃光。轟音。絶叫。
バラバラになった敵兵の残骸が、冗談みたいな高さで錐揉みしている。。
ドシャリと盛大な音と共に、人だったモノが地面で血肉をぶちまける。控えめに言っても阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
とはいえ味方はヴァイオン10機のみ。局地的には圧倒していても、3000相手に戦略的勝利には程遠い。死なないためには雑兵を殺して悦に浸るべきではない。
スヴェンの怒号が通信回線を占領する。
『嬢ちゃんまだかッ!?』
『エメラダお嬢様ッ!』
『捕まえたッ! 征くぞッ!!』
エメラダ機がホバリングを停止しスピードを殺さないまま躊躇なく着地。
慣性のまま地面を抉り、それ自体が爆撃のように土砂を巻き上げながらその大柄な体がようやく停止する。
ちょうど小さな丘の上から敵陣地を見下ろす形だ。
そしてすぐに限界まで脚部を開いて対衝撃体勢に入る。
重砲撃に特化したエメラダ機はマニピュレーターどころか両腕が無い。
代わりにあるのは1基4発のミサイルポッドが2基と、後背部――両肩口から担ぐように突き出る2本の巨大な魔導砲
それらが一斉に火を噴いた。
―――ズガッ ズガッ
凄まじい轟音に地面が震える。
砲撃の反動で、脚部が僅かに地面にめり込む。
黒の大剣で唯一、火薬を併用する兵装、『竜をも喰らう者』は、敵機の障壁を食い破って装甲を吹き飛ばす。
地獄の釜口のように巨大な排莢口が、ゆっくりと口を開いて巨大な砲弾を吐き出す。するとスローモーションのように地面に落ちたソレは、ジュウッと音を立てて周囲の草を焼いた。
直後、腕部のミサイルポッドが閃光を放つ。
魔導に反応した魔素が煌く粒子となって噴き出る――――と同時に、8つの光弾が蛇のような軌道で敵機に襲い掛かる。
すでに回避行動を始めた敵機を追尾。
1発目を躱し、2発目を魔弾で相殺。3発目は躱しきれず、障壁の上から上腕部を吹き飛ばされ、轟音と共に地面に倒れ込む。
衝撃で豪快に土煙が巻き上がり、周囲の兵士が肉片となった。
『ライラァッ!!』
『御意ッ!!』
―――ドンッ ドンッ ドンッ
敵機が起き上がりかけたところを、ライラ機の魔導収束砲が火を噴き、骨から肉をこそげとるように敵機を粉砕していく。まるで捕食だ。
同様に、ミサイルで脚部を損傷して行動不能となった敵機に対し、バルトが執拗な砲撃を加え、これを破壊していた。
そして更に、ウエポンべイから砲弾の装填を終えたドラゴン・イーターが再度火を噴く。
1撃、2撃。この世の終わりのような大音声。
敵機の1機が紙切れみたいに吹っ飛ぶのが見えた。おそらくはもう動けないだろう。コクピットに大穴を空けてどうやって動けと言うのか。
『乱戦になる! エメラダ機は後退して狙撃体制! ライラはこれを援護だッ! バルトは突出しすぎるなッ!』
一方的な攻撃、一方的な殺戮。
撃たれる前に撃て。殺される前に殺せ。
これが戦場。これが戦争だ。
1発も撃たれる事のないまま、敵の残存機体は3機のみ。報告では他に5機が潜んでいるはずだが、今のところ現れる気配は無い。
何を考えている。どこから見てやがる。一発逆転を狙ってやがるのか。それとも不利とみてトンズラこいたのか。
索敵に反応は―――無い。
射程圏内に他のヴァイオンは存在しない? いや、可能性を排除するな。
戦況は極めて有利だが、帝国軍が立て直しを図り始めている。
残りの3機は巻き込みを恐れて既に歩兵から離れ、牽制混じりの軽い撃ち合いへと戦況は移行した。
当たるかどうかわからないから、互いに低出力砲撃で魔導の節約を図っている。あれでは直撃でもしない限り、装甲が傷つく程度のダメージにしかならないだろう。
逃げる事もしない。捨て身で賭けにも出てこない。
何か隠し玉を持っている。そんな雰囲気だ。
奇襲は成功したが敵はまだ2300はいる。一回り撃ち尽した後はターン戦になりがちだ。下手な鉄砲も運が悪けりゃ1発で全てが終わる。
いつ何が起こるかわからない。首筋がチリチリと痛んだ。
死神の鎌はまだ首元に添えられたままだ。あと一つ、もう一手が欲しい。
戦うならば圧倒的な虐殺。それが出来ないならば全力で撤退すべきだ。
砲撃音が一瞬だけ途切れる。いつもこういう瞬間の空気でスヴェンは判断を下す。そしてその判断をエージは信頼していた。
どうするスヴェン、やるのか、それとも――――
―――傭兵だけに戦わせて何が愛する故郷かッ! 討って出るぞ! 妾に続けぇぇぇぇッッ!!
しかし突如響き渡ったのは年若い女性の金切り声。
それに続く戦場の空気をなお震わせる地鳴りのような雄叫び、そして確かに足元から届く微かな振動。
ガヤ領軍、2500から成る勇敢なる男たちの鬨の声。さらには鼓舞と威嚇の足踏みだ。
締め切られていたガヤの城門が異音と共に開いていく。
契約通り、都市の全戦力が参戦しようとしているのだ。しかし……
『おいおいおいおい、良いタイミングだが……なんだアリャ……』
まず最初に城門から勇ましく飛び出してきたのは、真っ赤にカラーリングされた作業用機体だった。
それを追いかけるように2機の作業用機体が続き、突撃しようとする赤い作業用機体を必死になって止めている。
『戦場にサーベージュで乗り込むなんざ、なかなかイカした感性の持ち主らしい。そう思わないかエージ? 官憲の屯所にイチモツおっ立てて駆け込むようなもんだ』
そうぼやいている間にも領軍は続々と飛び出していく。
次に走り出てきたのは、明らかに戦馬でない荷馬に跨った間に合わせの騎士たちだ。おそらくは皇国軍の生き残りだろう。
わずか100騎ほどながらも綺麗な突撃陣を組み、今か今かと合図を待っている。
「ご領主様に続けぇぇェェ~~~~~ッッ!!」
「我らが故郷は我らの手で守る―――ッ!!」
少し遅れて、雄叫びと共に姿を現したのは、見るからに練度の高い歩兵集団。彼らは剣と盾を打ち付けながらすぐに方陣を展開し、未だ混乱冷めやらぬ敵を憎悪の瞳で射貫く。
『復讐に燃える皇国軍と誠実に訓練を重ねた自治部隊。そしてキレて飛び出した領主サマってとこか。頭が痛くなるような話だが…… 俺は嫌いじゃねぇ』
『どうするスヴェン、殲滅戦に切り替えるか?』
『俺たちの数じゃあ殲滅戦は出来ねえよ。そういうのはあの勇敢な色男共に任せておけ。俺たちのすべきことは変わらないが気を付けろエージ。あの赤いサーベージュにご搭乗あそばれてらっしゃるのは大事な大事なお客様だ。明日のおまんまと団長のご機嫌のためにも、何としても守り抜かなきゃならん』
『だったら俺は護衛につこうか? 不明機も現れる気配がねぇし、サボリがバレたら団長にどやされる』
『頼むぞ』
『ああ、わかった』
戦闘は継続中だ。暗くなりかけた空に、魔導の光が無数に交錯する。
やがて敵機は沈むことになるだろうが、イタチの最後っ屁でも人は死ぬ。
領軍に心置きなく殲滅戦をしていただくには、じゃじゃ馬領主を護らなくてはならない。
そして何より、傭兵にとって『お客様』は、少なく見積もっても神様30人ほどの価値があるのだ。
信心深く、頭のおかしい同僚だって神の前で腰を振ってもお客様の前では我慢すると言っていたから間違いない。
エージは、万が一の事態に備えるため、領軍の方に向かう。
すると、赤いサーベージュが突撃宣言し、領軍が凄まじい鬨の声を上げて帝国軍に突撃を開始した。帝国軍が哀れに思えるほどの速度と志気だ。
空気を読んだ同僚機が全火力で敵機を牽制し、帝国兵にむけて乱射する。乱戦寸前まで続けることで、より良い結果になるだろう。
「放せ、は~な~せ~ッ!! 妾も戦うの~ッ!!」
「なにとぞ……ッ! なにとぞ平にィッ!
『おー おー 勇ましいねえ。一昔前の団長そっくりだ』
エージがそう呟いて敵機との射線上に移動した時だった。
突如、けたたましい不協和音がコクピット内で鳴り響き、視覚デバイスが朱く明滅する。
一瞬で全身から血の気が引く。
『D-コーションですッ! 魔素異常構成…………レッドッ!?」
『ウソだろッ!』
『スヴェンッ!』
『大将ッ!?』
『このタイミングでかよ、クソったれめッ!』
それは、魔素の局地的異常反応を知らせるアラート。
それは、傭兵ならば、戦場で一番耳にしたくない死の警報。
戦場の死神、神に選ばれし虐殺者。
『全機警戒態勢! 魔導士が出やがった……ッ!!』