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5話


『西はヤバいと噂では聞いてたが、相当押し込まれてやがるな…… 大丈夫か皇国軍』



 長く続いた戦乱、それにより目まぐるしく国境が変わるせいで、侵犯しているのか侵攻されているのか一般人には理解不能の域に達している。

 外交官やら交渉官ならば、カビの生えた書面を片手に条約だ契約だと騒ぎ立てるのだろうが、力の論理の前では全てが無意味だ。

 

 帝国軍が半包囲している交易都市ガヤは皇国が主張する国境より遥かに内側で、今回の軍事衝突で皇国の旗色が相当悪い事を意味していた。

 皇国に雇われている身としては、ここらで大きく稼ぎたいところだ。



『ああ、だけど見ろよエージ。伸びきった兵站、手柄を焦って突出したお貴族様。斥候隊の言う通り敵はまるで挟撃を想定していない』



 都市防衛戦で皇国軍を蹴散らした帝国軍は、驚くべきことにガヤを半包囲したまま野営の準備を始めている。身を隠せるものの無い平原に全戦力を晒したままなど、指揮官の危機管理能力を疑う光景だ。

 

 さらに主な街道の封鎖も済み、近くに皇国の援軍が無い事を知っているせいか、敵地内だというのに随分と緊張感に乏しい雰囲気である。

 しかも指揮官が功を焦ったのか、兵站を確保しないまま戦闘部隊だけが先行しているおかげで、どう見ても支援や撤退を想定した編成になっていない。しかしそれでも余裕という判断なのだろう。

 

 しかし敵地も敵地、敵陣深く食い込んでいるのだ。本来ならばこういった場合、交代制を敷いてでもヴァイヲンに臨戦態勢を取らせておくべきなのに、先ほどから半分以上の機体が動く気配すら見せない。

 操縦士(ストライカ)が不足しているか、それとも、敵機体が効率を無視した専用機体かだが、どちらにしろ自分たちの傭兵団ならばあり得ない。

 敵は既に完全に勝利を確信しているのだ。




【黒の大剣】(俺たち)の参戦をまだ知らない上に、まさか敵が魔境側から来るとは想像してねぇんだろ。相変わらず帝国のお偉いさんは忠誠と愛国心と突撃ラッパで戦争が出来ると思ってる』


『さっきからずっと俺たちにケツを向けてやがる。淫乱な野郎どもめ、きっと掘って欲しくて仕方がないんだ。神も色欲を罪だと仰った。俺もそう思う。エージもそう思うだろう?』


『野郎のケツに興味はねぇよ。俺を巻き込むなベルトラン』




 エージたち【黒の大剣】は、都市を半包囲する帝国軍、その背後に広がる魔境の森林地帯に身を潜めている。3メートルを超える鉄巨人(ヴァイヲン)が余裕で身を隠せる原生林を進むのは、リスクも高いが旨みも多い。

 進軍のための物音や気配を感知されても、大抵の人間は「魔境だから」の一言で片付ける。隠密行動にはもってこいだ。

 がら空きの背中に、半ば同情の籠った視線を向けていると、通信デバイスに上位CCによる映像通信が割り込んできた。



『よう、ご機嫌はいかがですか野郎ども』



 今回の作戦における魔導アーマー(ヴァイヲン)隊の指揮官、スヴェンである。

 その顔に、いつもの穏やかな雰囲気は無い。もとより厳つい風貌であるが、戦いを前にした彼の顔には獣じみた笑みが浮かんでいる。



『予定通り。全て予定通りだ。偉大なる皇王陛下御自慢の皇国精鋭部隊は、残念ながらちょっとお注射されたくらいで街に引き籠ったまま出てこない。ブリエール童話の哀れな子羊さんみたいにだ』



 スヴェンがそう言うと、各機からの音声通信に笑いが混じる。

 籠城戦を続ける皇国軍を揶揄しているのだが、同時にそうせざるを得ない実情も知っているので、嘲るような笑いではない。戦闘前のブリーフィングで、いつも軽口を叩くスヴェンの性格を団員たちは知っているのだ。



『奴らはこう思ってる。「柵に逃げ込んだ羊たちを食い散らかしてやるぞ。俺たちは狼だ」ってな。だが残念なことに奴らは一つだけ勘違いしている。狼だと思っている自分たちが実は羊だという事をだ。いつだって本物の狼は、静かに身を沈めて獲物を狙ってる。そう、俺達のようにな』



 誰かがヒョウっと口笛を吹く。

 鬱蒼と茂る森に潜む機体のカラーリングはダークグリーン。北部戦線からの西部ガヤ防衛戦が決まり、魔境側からの襲撃作戦が立案された段階で塗料をぶっ掛けたのだ。


 日の落ちかけた森では多くの巨木が盾となって視覚的に発見される危険はほとんどない。情報が正しければ、距離的にも敵の索敵能力の範囲外だ。

 

 広域通信の技術はもちろん、電波の概念すらこの世界には存在せず、機体間通信は魔導による概念通信で行われるため傍受の心配も無い。技術レベルがちぐはぐなこの世界においてもトップクラスの超技術だ。



『報告によると、数は3000。ウチの300倍もいらっしゃるがそこは心配するな。俺たちの奇襲に合わせて、勇敢なる都市領軍とご領主閣下がご出陣なさる事になっている。要するに決戦だ。戦力的には5分5分だろう』


『都市領軍が出てこなかった場合はどうするスヴェン?』


『トンズラだな。契約違反だし、さすがに3000は無理だ』



 先日の戦場から急遽の長距離移動もあって、今回の作戦は稼働中のヴァイヲン10機のみの参戦となる。

 生身の人間などヴァイヲンの前では羽虫も同然だが、最終的に数という要素はやはり侮れない。それに この世界では戦略級の魔導士や、当千級の化け物が普通に存在するので油断は禁物だ。




『敵魔導アーマー(ヴァイヲン)は15機もいる。そのうち本職はせいぜい5機だ。他はお貴族様のオモチャらしいが気を付けろ。お貴族様たちはご覧の通りでも、肝心の5機の姿がまだ確認出来てない』



 視覚デバイスのズームを最大にして、夕日が沈みかけた平原を覗く。のほほんと宿営準備をしている帝国軍陣地では、コクピットハッチが開いたまま稼働を停止している機体が何体もいる。

 あの状態で攻撃を受けたら、いかにヴァイヲンと言えどもそこらの鉄くずと大差無い。もし黒の大剣でそんな事をすれば、怒り狂ったオルガに一日中追い回される事になるだろう

 エージは思わず天を仰いだ。戦争を知らない帝国のボンボンでもここまで来れる状況に、危機感を覚えたのだ。



『シンプルに行こう。もうすぐ日が沈む。俺達は飛び出し、連中の背中に襲い掛かる。それを合図に領軍が飛び出し、帝国野郎がケツから火を噴く。きっと奴らのママがこう言うさ「まあ何てこと! 可愛い坊やのおケツが火傷しちゃうわ!」』



 普段ならばスベリ倒す失笑もののジョークも、命のかかった戦前では緊張で固まった体をほぐす効果を発揮する。聞こえてくる複数の含み笑いは、やはり大軍を前に緊張していた者が多い事を意味していた。



『エージ、お前は余裕そうだな。ガキに操を捧げて大人になったか?』


『俺の大砲が立派過ぎて無理だったよ。規格が違い過ぎたのが原因だが、アンタだったらいけるかも知れないぜスヴェン』


『くくっ 言うようになったじゃねえか。頼りにしてるぜエージ。今回の報酬の全てが今日にかかってる』



 どうやら帝国軍の指揮官は戦争を知らないらしいが、底抜けのアホではないらしい。宿営の準備と共に、歩兵が忙しなく動き回っているのは、攻城戦に向けた準備をしているからだ。

 攻城槌の車輪の整備、油樽の補充、火矢の作成、梯子の組み立て。これにヴァイヲンが15機も加われば、普通の都市なら1日で終わりだ。


 それが数日間も持ちこたえることが出来た理由はいくつかある。

 交易都市ガヤが分厚い城壁に囲まれた砦跡地に発展した街だったという事、地方物流の拠点として発展した商業都市であるおかげで、城壁外に村落が無い事、都市を愛する都市領軍が正規の国軍以上に気合が入っている事、そして帝国軍がまだ本気を出していないという事だろう。


 だが頑張りもそろそろ限界に来ている事は、ボロボロになった城壁一つとっても明らかだった。

 壁の外に放置されている死体の数は、数日に及ぶ防衛戦の割には少なすぎる。

 ガヤ軍の射程圏内で放置されている攻城槌も見当たらない事から、本格的な都市攻めはまだ行われていなかったと判断できる。帝国軍が無理をせずに戦っている証拠だ。



『そろそろパーティの時間だ。全員で全速突入。エメラダ、ライラ、バルト、お前らは脱皮中の魔導アーマー(ヴァイヲン)にぶちかませ。5発以内にキメろ。魔導変換してたら間に合わねえ。アホでも起動して撃ってくるぞ』


『承った』


『不本意ながら』


了解(ラージャ)




『イングヴェイ、ベルトラン、お前らは嬢ちゃんたちの援護をしつつ、敵陣に無差別砲撃だ』


『ヒュウッ ボーナス弾んでくれよ大将!』


『おお神よッ たらふくブチ込んで神饌といたします!』





『スヴェン、俺達は?』


『残りは広範囲に展開しつつ警戒態勢だ。所属不明機5体とやり合うぞ』


『オイオイ貧乏くじかよ』


『その割には楽しそうな声だなエージ。とにかく油断だけはするな。魔導士の目撃情報もある』




 その一言に緊張が奔る。戦場の死神、神に選ばれし虐殺者。その名を魔導士。

 戦場の魔導士はたった一人で戦況を左右する戦略ユニットだ。生身でヴァイオンを撃破する出力を持っているし、広範囲展開術式でも食らえば目も当てられない事になる。

 幸い、普通の攻撃でも彼らは死ぬので、UPを始める前に叩くのが絶対不変の鉄則だ。


 エージは深く息を吸い込んで目を瞑る。

 何度か手を握っては開いて機体との同調(シンクロ)を確認する。視覚神経とダイレクトに繋がった外部デバイスと微妙なズレを調整。


 微かなノイズすら消え、鋼鉄の肌越しに風の感触すらも感じ取れる。

 魔導神経デバイスが悉く正常値を叩き出し、万全の状態である事を宣言した。

 いつも通り。笑えるくらいいつも通りだ。


 原理も理屈もわからない超技術に恐怖を覚えたのは今は昔だ。今まで共に戦場を生き抜いてきた相棒に対する信頼だけがそこにある。

 迷いが晴れ、次第に頭の中がクリアになっていく。指先に痺れは無い。筋肉に張りは無く、昨日の酒も残ってない。

 

 ゆっくりと瞼を上げる。瞳に映るのは地平線の彼方に沈む夕日と、無防備に寛いでいる哀れな子羊の群れ。

 エージの口角が凶悪に吊り上がった。



『さあ行くぞ野郎ども。みなさんお待ちかね、狩りの時間だ』




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