24話
ようやく復活。あけましておめでとうございます
と思ったらこっちが中途半端なのでとりあえずキリのいいとこまで続けようかと
その昔、ロボットアニメで見たロボット達は、操縦席で主人公たちが熱く叫びながら平気で殴り合っていた、
しかしヴァイヲンは迫撃をしても肉弾戦はしない。フレームがイカれるし、いかれたら関節がやられる。
そもそもずんぐりむっくりな機体は、構造的にも機能的にも殴り合いを想定していないのだ。
だから装備として大剣は珍しくないが、ククリ刀のような小剣は珍しい。
射程が短いうえ、接触による機体損傷のリスクが跳ね上がるからだ。だから小剣を武器に選ぶという事は、敵が迫撃に相当の自信があるという事を示している。
交差するようにして突き出された2本のククリ刀が胸部装甲へと最短距離で迫る。それは必殺と言っていい一撃だ。
『疾い……ッ』
思わず呟く。
だがそれだけだ。迫撃に限ってエージの実力は団でも屈指の実力を誇る。
エージは迫る凶刃に対し、ほとんど反射的に大剣を振り下ろして迎撃した。
鉄骨並みの質量がある、ヴァイヲンの近接ブレード同士の激突だ。
凄まじい衝撃に、ミチリと音を立てて魔導筋が軋む。
盛大な火花が散り、鈍く重い金属音が戦場に木霊した。
火傷しそうなほど肌がヒリつく。冗談みたいに脳汁が噴き出る。剥き出しの命に生きている事を実感した。
『うラァァァァッッ!』
互いの刃を潰し合う一合目はエージに軍配が上がる。
大剣と小剣。切り上げと振り下ろし。技術の差ではない。理屈の問題だ。
武器を弾かれた敵ヴァイヲンの胴がガラ空きとなる。エージは大きく一歩踏み込んで腰を落とす。
そして横薙ぎ一閃。
『判断が早い。反応も早い。厄介な野郎だ』
すんでのところで躱されるが、エージは結果を半ば予想していた。
追撃体勢に入ったと同時に、敵ヴァイヲンの推力装置が逆噴射を始めるのが見えたからだ。
直後、マニュピレーターの衝撃警報音が鳴った。一瞬だけモニターに目を向け、手首部分の軽度損傷を告げるサインを確認して思わず舌打ちをする。
脚部とスラスターを大破したせいで後回しになっていた部分だ。
『クソッ あんま無理は出来ねえな……』
両者は距離を空けて対峙。幸い敵はすぐに仕掛けてはこなかった。戸惑っているのだろう。
突然の砲撃と爆炎でパニックになったところに斬り込んだつもりなのだろうが、百戦錬磨の傭兵団【黒の大剣】の名は伊達ではない。酷い戦場なんて星の数ほど経験しているし、それら全てをことごとく生き抜いてきたのだ。
今度はエージが仕掛ける。
正面衝突は不利と悟ったのか、敵は大剣による斬撃をまともに受けること無く、2本の剣でいなし、踊るような対捌きで躱しながら勝機を窺っている。
数合の打ち合いを経て再び距離を取って対峙する。再び斬りかかってくるかと思いきや、敵は油断なく構えたまま動く気配が無かった。
戦況を気にしている、それか誰かを探しているようにも見える。
『よう大将。姿を見せたのは悪手だったな。一体なんでこんな事やらかしやがったんだ?』
『……』
通信を試みたが返答は無い。だが聞いている様な気配がした。
この世界の通信技術は酷く曖昧で、周波数という『理論』ではなく、誰と通信したいという『認識』で行われる。一方通行であるか双方向であるかは互いの意思次第。
聞こえているという事は意思疎通を拒まれていないという事でもある。
ならばとエージは更に話しかける。時間が味方をしてくれるという判断があった。
『何が目的だ? 女か? 申し訳ないがウチで性別が女なのは蛮族だけなんだ。もう一匹それっぽいのがいるが、そいつは心の病気にかかってる』
『……』
『俺たちは愛と友情を信じてる平和主義者だし、暴力を心の底から憎んでる。人に恨まれるような事をした覚えもないし、納税だって前向きに検討してる善良な市民なんだ。だから俺は今、とてもショックを受けているよ』
『……』
相手がこちらを観察しているように、エージも相手を観察する。
あまり見た事の無いタイプの機体だった。
ずんぐりとしたベースは他のヴァイヲンと共通なのだが、全体的に丸みを帯びたフォルムで、手足を含め、アタッチメント類が流線的で柔らかい。そしてどこか華があり女性的なデザインだ。
迫撃用機体らしく幾分ほっそりした肩口にはめ込まれた灼眼双頭蛇のエンブレム。
本来、ガヤ防衛戦で衝突するはずだった敵が、なぜ今頃になって出てきたのか。
『いくら善良な俺たちでも限度ってものがある。わかるだろ? いくつもの尊い命が失われた。ほとんどが顔も見たことも無いどうでもいい捕虜だが命は平等だ。懐に入ってくるはずだった大金を想うととても心が痛む』
エージが悲し気に声を震わせるが、やはり反応は無い。
しかし敵僚機を気にする挙動を見せたので、無造作に距離を詰めて軽く突きを放つ。
突きを当たり前のように受け流して懐に飛び込もうとしてきた所に、小手に換装された魔導掃射砲を撃ち込む。
『じゃじゃ馬め』
『ッッ!!』
バリバリバリッ と火花が飛び散り魔法陣が激しく明滅。
そしてゴリゴリと削れる障壁が目に見える。
たまらず飛びのく敵ヴァイヲン。だが深追いはしない。
踊るような立ち回りと、小回りの利く双剣使いという事もあり、もしかして操縦士は女性なのかもしれないと思った。
『損害を填補するために君たちの魔導炉が必要だ。君が男だったら魔獣のエサにするし、もし女性だったら散々犯してから奴隷商に売る。とても平和的で文化的だ』
フレームには所々傷が奔り、使い込まれた機体である事を伺わせる。しかしそれは過去の勲章になっても目の前の戦闘には毛ほども関係が無かった。
先ほどの打ち合いでは、互いに致命的なダメージは負っていない。ならば最終的にやる事は変わらない。
『エージさん、無理はしないでください! 形勢は逆転しつつありますぅ!』
『わかってる。ただ、舐めたマネしてくれたヤツにはキツイお仕置きが必要だろ?』
相手が迎撃態勢を整えるに従い奇襲作戦の旨味は薄れていく。相手の方が戦力が上ならなおさらだ。
一撃で崩し切れなかった時点で敵の作戦は失敗した。やつらは賭けに負けたのだ。
周囲に目を奔らせるとライラとエメラダが山腹に向かって、同情したくなるほど容赦の無い砲撃を加えている。
ちょうどスヴェンが敵を撃破し、エージを確認してからガドの救援に向かった。
それを敵迫撃用機体も確認したのだろう。このままではマズイという明らかな焦りが見て取れた。
『【灼眼双頭蛇】。自称超絶美少女魔導士から聞いてるぜ? ガヤで敵前離脱した傭兵団様が今更何の用だ。『おいしい話』ってのはまさか俺たちの事だったのか?』
アルティミシアが言うには、【灼眼双頭蛇】は【黒の大剣】とぶつかる寸前に戦線を離脱した。ガヤ攻略戦より割の良いエサをぶら下げられたからだという。
そして今、彼らは目の前にいる。つまりはそういう事だ。
多くの車両が損壊しているものの、敵をブチ殺してブン取ったリアクターを売っぱらえばトントンである。失われた人命は戻らなくとも、金があれば大抵の事はうまくいく。
『逃がさねえ』
エージの頬が獰猛に吊り上がった。もうすぐスヴェンとガドが敵を仕留める。そうしたら3対1だ。
必要なのは逃がさないよう牽制しながらの時間稼ぎ。退路を狭めつつ敵の意識をこちらに向ける。
口にするのは簡単でも、割と神経を擦り減らす作業だ。
大剣を腰だめに構え、円を描くようにして擦り寄っていく。敵もエージと位置を入れ替えるように移動を開始した。
完全に形勢は逆転していた。後は時間をかけ、安全かつ確実な仕事を丁寧にこなすだけ。
そう思った時だった。突然、全方位視界の隅を人影が横切る。
なんだ? と注意を向けた時にはもう遅かった。
無意識に身体強化をしているのだろう、その人影は跳ねるようにして敵機に向かっていく。
振り乱された金色の髪。南海の海のようなマリンブルーの瞳。そして首に嵌められた偽物の拘束具。それはどうしようもなく見覚えのある人物だった。
『危ねぇっ! 戻れチビ助ッ!』
焦ったエージを嘲笑うかのように、アッカンベーをかましつつ敵機に接近するアルティミシア。
思わずエージが叫ぶ。
アルティミシアが弾けるような笑みを浮かべて叫んだ。
「わたくしを助けに来たんですのね!? 帝国に戻ったら報奨を与えますわッ!」
『クソッタレがッ 戻れッ!』
違う。奴らの目的はお前じゃない。
根拠はないがそう確信していた。嫌な予感がする。そして嫌な予感程よく当たる事を知っている。
フッと、敵機体が駆けてくるアルティミシアの方を向いた。
敵の視線がアルティミシアを通り越したその先を見ている。
何だ、誰を見ている。何を見ているんだ。
エージも釣られてる様にして敵が注意を向ける先にデバイスの焦点を合わせる。
そして掠れた声で呻いた。
『お前、なんでまだ逃げてないんだ……ッ』
自称美少女魔導士が飛び出してきたあたり。崖近くで横転する車両の脇。
そこにソイツはいた。右手を伸ばし、呆然と走り去るアルティミシアの背を見つめている少女が。
敵ヴァイヲンの鋼鉄の仮面が、笑みで歪んだ気がした。
『まさか……』
全てはスローモーションだった。引き延ばされた時間の中、ただ意識だけが空回りして思うように体が動かない。
敵ヴァイヲンが腰のアタッチメントからハンドガンを引き抜く。その銃口が向かう先はエージではなかった。
『おい、やめろ……』
ゆっくりと、優雅に。仄暗い銃口がアルティミシアを捉える。引き金には既に指がかかっていた。
ヴァイヲンの障壁を削るので精いっぱいな弱小兵器はしかし、腐ったトマトみたいに生身の人間を破裂させる威力を持っている。
アルティミシアは浮かべていた笑顔を引き攣らして足を止めた。その顔に浮かぶのは恐怖ではなく、困惑だった。何が起きているのか理解できない顔をしていた。
『ふざけんじゃねぇェェッ!!』
コマ送りのようにハンドガンの引き金が絞られていく。
死ぬ。次の瞬間に。せいぜい中学生くらいの女の子が、原型を留めない無残な肉塊に姿を変える。
戦場では当たり前の光景である。今まで何度も見てきた光景である。
しかしエージの体は動いていた。反射的に飛び出してから、何を馬鹿な事をやっているんだと心の中で毒づく。愚かな行為であることはわかっていた。金にならないリスクは避けるべきだった。
ほとんど使い物にならないスラスターに点火。魔導掃射砲をバラ撒きながら突進。
機体が嫌な音を立てるのも構わず、エージは雄叫びを上げた。
『間に合えぇぇッッ!!』
敵ヴァイヲンの射線上へとその身を差し出す。そして―――
―――ドカッ
障壁を抜けて装甲がひしゃげる音。モニターの一部に奔るノイズ。
未だ無事な視覚デバイスを通じて、背後でヘナヘナと崩れ落ちるアルティミシアを確認。
間に合った事を知る。
―――ドカッ ドカッ ドカッ ドカッ
そして、自分が今、死に直面している事を知った。
ハンドガンとはいえ、ほぼ0距離での直撃弾を殺せるほど障壁は万能じゃない。
被弾するたびに衝撃と閃光が奔り、コクピット内で赤色灯が明滅。甲高い警報音が金切り声を上げている。分厚いコクピットの殻こそ無事なものの、機体は深刻なダメージを受けている。
『エージィィッッ!!!』
『ライラさん援護をッ!! エージさんがぁッ!!』
背筋が凍る。毛穴から汗が噴き出す。
やられる。立て直せなければ死ぬ。
バルカンで応戦しようと苦し紛れに右腕を敵に向けた瞬間、波打つモニターの映像いっぱいに映った敵機が、無造作に腕を振るう。
バイタルグラフが無感情に腕部消失を告げると同時に、ドッと重量物が地面に落ちる音。軽い振動が足から伝わる。
呆然とエージ見上げた先。
ククリ刀を大上段に振りかぶる敵機の姿、それがいるはずの無い死神の姿と重なった。死神の大鎌に、濃厚な死の影を幻視する。
『マジ、かよ……』
エージが身を強張らせる。
そして敵がククリ刀を振り下ろそうとしたその瞬間。
「ダメえぇ~~~~ッッ!!」
横倒しになった車両の陰から、生身の少女が叫ぶ。
敵ヴァイヲンの視覚デバイスが、その姿を明確に捉えていた。