22話
『所属不明機の機動を確認! 繰り返します! 所属不明機の機動を確認ッ! 機影5! 待ち伏せですぅッ!!』
「くそったれめ!」
エージが反射的に車両から飛び出す。戦闘員も全員が飛び出し移動を始めている。
前列の運搬車両を一瞥、既に搭乗済の待機組3機が緊急起動に入ったのを確認し、自分は後方の運搬車両に向かって駆け出した、その時―――
―――オンッ
音が……した。
思わず振り返る。奇襲戦である。
もし逆の立場であった場合、真っ先に潰すべき対象は決まっていた。少しでも戦争をかじっていれば誰もが考える事だ。
背中を毛虫が這い回るような恐怖に襲われる。喉笛に添えられた死神の鎌を幻視した。
近い。そしてこれは―――砲撃だ
「伏せろォッ!」
隊列の側面上方、木々に覆われた山腹から、特大の重砲撃が火を噴く。
その行先は目で追えなくてもわかっていた。
敵は5機。起動したヴァイヲンは後回しだ。何よりもまず無防備なやつを確実に叩こうとする。
大気を切り裂く射線が、断頭台のように前列の運搬車両へ。そして―――
―――ズンッ
着弾。
そして凄まじい爆音と衝撃波に吹き飛ばされる。
無様に転がりながら、まるで噴火のように撒き上がった土砂の中に、胴上げの如く投げ出された6機のヴァイヲンを見た。
直撃は避けたらしい運搬車両が空中で一回転半。冗談みたいにゆっくりと頭から地面に衝突し、運転手が外に投げ出された。
障壁すら未展開である起動中のヴァイヲンはただの鉄の箱だ。操縦席を守る耐衝撃ジェルの装填すら間に合わなければ、シートベルトの無い車と同じ惨状が操縦士を襲うだろう。
数瞬の浮遊と、そして始まる……落下。
憐れな鉄人形が5体、悲惨な角度で地面に叩きつけられ、軽い地響きが足元を伝う。残りの1体は崖から数百メートル下の地表へと放り出された。
装甲がひしゃげ、潰れ、捲れあがって、オイルと火花が飛び散る。
『2時の方向距離2300に錬成反応増大! 魔導収束砲来ますぅッ!!』
さらに無慈悲な砲撃音。1発、2発、3発。更に……2発。
敵は地面に投げ出されたヴァイヲンを執拗に狙っていた。
障壁をも抜く魔導収束砲は絶望的な攻撃力を有している。
空気が捩じれて悲鳴を上げた。地面が爆散し、土砂が弾丸のように他の車列に殺到。悲鳴と怒号を撒き散らす。
5発の砲撃のうち2発が直撃弾だ。
鉄人形は吹き飛ばされながら引き千切られ、食い散らかされ、残骸が空中で錐揉みする。
操縦士の生存は―――絶望的だ。崖下へ転落した機体に至っては考えるまでも無い。
『敵重砲撃機再装填音を確認! 再砲撃まで約30秒と推定されますぅッ!』
『応戦しろイングヴェイ! あのデカいのにもう一発やられたら終わりだッ! 後列運搬車両を防衛しつつ時間を稼ぐぞ! 機動させれば数で押し切れるッ!』
『大将! 後方からも来てるッ! 俺たちを崖に押し込む気だッ!』
『くそったれめッ!』
イングヴェイ機が敵重砲撃機がいたあたりに向かって、拡散魔導砲を乱射。
広範囲にわたって魔導弾が山肌を抉り取る。粉々になった木々が土砂と一緒に吹き上がり、軽い土砂崩れを起こした。
拡散魔導法再装填までのつなぎにと、イングヴェイは回避機動を取りながらアサルトライフルを撃ちまくる。
この距離では早々当たりはしないが、辛うじて牽制にはなる
もうもうと立ち込める土煙が斜面を下って隊列を包み込もうとしていた。
「死にたくなければ足を止めるな! 固まるな! 森に散開し遮蔽物に身を隠せッ! 尻を隠す事も忘れるな!」
砲撃音でさえもかき消されない怒号の主は、隻腕隻眼のダークエルフ。
黒の騎士団団長オルガ・エルヴンスカイがその身を晒して檄を飛ばす。
「捕虜は放置しろ! 逃げられてもいいッ! ヴァイヲン小隊は何としてもヴァイヲンを起動させやがれ! グズグズしてる奴はこのあたしが太いヤツをお見舞いしてやるぞッ!!」
我に返った操縦士たちが車両に向かって一斉に走り出す。
ベルトラン、ノア、、ガド、バルト。そしてエメラダとライラの姿が見えた。無事な方の車両に【トールハンマー】は搭載されている。あれはエメラダじゃないと動かせない。
『ひぃッ 座標結界感知! 誘導狙撃です! イングヴェイさん逃げて下さい! 狙われてますぅッ!!』
『遮蔽物に身を隠せイングヴェイ!!』
『無理だ! そんなもン無ぇし隠れてたらみんなやられちまうッ!!』
『イングヴェイッ!!』
リミットいっぱいまでアクセルをふかした運搬車両がジグザグ走行を開始。ヴァイヲンを機動させなけれなならないが、止まるわけにもいかない。次に狙われるのは間違いなく無事な運搬車両だ。
敵の姿はまだ見えない。立て続けに発砲音と飛翔音が唸り声を上げた。敵のものか味方のものかもうわからない。ただ手の届く距離に死が迫っている。
「お先に失礼するよっ!」
まず近くにいたノアが荷台に飛び乗った。そしてそのまま操縦席へ。
後に続くようにして次々と操縦士達が乗り込んでいく。
右へ左へ舵を切る車両に、生身の人間が乗り込むのは相当な危険が伴うが、そのタイミングはわかっていた。飽きるほど繰り返す訓練の中には、奇襲戦を想定したものもある。
6人目、最後の搭乗者としてエージが乗り込む。エージの後ろを走っていた他の操縦士達が、運搬車両とすれ違ってそのまま森へと進路を変える。
エージはそれを眺めながら操縦席のハッチをクローズし、スターターレバーを乱暴に押し込んだ。
ブーンと羽音のような低い起動音が操縦席内を震わせる。
何もかもに腹が立つ。感覚同期前のマニュアル・ディスプレイに浮かぶ、OSの宣言文字羅列にすら怒りを覚えた。
古代言語で表示されるたった6行のシステム機動宣言。その昔、人はその6つの頭文字を並べ、この兇猛なる人型兵器を【ヴァイヲン】と呼んだ。
ディスプレイを見ていると、こんな危機的状況なのに心底どうでもいい豆知識が頭を過る。
「早く、早く機動しやがれ……ッ」
ひっきりなしに聞こえる砲撃音。
そのたびに次の瞬間、自分は肉片になってしまうのではないかという恐怖に襲われる。機体に小石が跳ねる音にすらビクリと体が反応する。
イングヴェイが敵重砲撃アーマーの牽制に失敗していたら間違いなく機動中に重砲撃を喰らうだろう。そうなったら団は全滅だし、それ以前にエージは死ぬ。
「間に合ってくれ……ッ!」
状況がわからない事が恐怖に拍車をかけている。
何を喋っているかわからない古代言語の機械音声さえ無慈悲な死の宣告に聞こえる。
冷たい汗でシャツがびしょ濡れだ。恐怖で歯を噛み鳴らしながら、苛立ちに膝を小刻みに揺らした。
永遠にも思える数十秒が過ぎ、エージは運良く死ななかったことを知る。
無数のシグナルが点滅し、各種感覚デバイスが次々に接続される。
いつも通りの軽い浮遊感と酩酊感。
まず最初に自身の肉体が再構築されるようなイメージ。支援デバイスからの情報が血液を巡り、脳に到達する感覚。
そして全方位の視界を獲得し、鋼鉄の肌で風を感じた―――次の瞬間
エージの意識は最大級の警報音にブン殴られた。
同時に、ルールーの金切り声が強制通信で響き渡る。
『砲撃来ますぅゥゥッッ!!』
判断は無い。本能だ。
距離も勢いも方向すらも考えずに、跳ぶ。同時に障壁を展開。
無意識、いや、違う。そうしなければ死ぬことをエージは知っていた。
直後、巨大なエネルギーが肌を掠め、コンマ何秒前までいた座標にそれは着弾。
この世の終わりのような大轟音。目が焼き付くほどの閃光。重砲撃だ。
凄まじい爆風に巻き込まれてエージはつんのめるようにして山肌に着地。
即座に姿勢を制御し、オートで回避機動に入った。耳鳴りと眩暈が収まるまではこのままにした方がいいと判断する。
『くそったれ、間一髪ってやつかよ……』
どっと疲労感が押し寄せた。半歩後ろまで死神が迫っていたのだから当然だ。
極度の緊張で呼吸は荒く、手は震え、膝は笑っている。座り込みお茶でも飲んで気分を落ち着けたいところだが、実際は今からが本番なのだ。
『エージさん、無事でしたかッ!?』
疲弊しているところに聞こえた頭の悪そうな声に、エージは思わず舌打ちをした。
『無事に見えるなら眼医者に行った方がいい。ルールー、他の連中は……?』
『エージさんが最後でしたので無事です! ですがイングヴェイさんが被弾を……』
エージはドス黒い怒りに打ち震える。
そして少女には決して聞かせられないほど汚く、激しい呪詛を吐いた。
『イカ臭ぇ短小野郎どもめ、腐れ売女のママとケツでファックさせてやる……』