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21話

区切りを間違えたので再度投降

『あ、D-コーションですスヴェンさん。魔素異常構成(ドライヴレベル)イエロー』


『……座標は?』


『8時の方向距離30。金髪ドリルちゃんの車両ですぅ』


『あのアホは一体何やってんだ』


『同感ですぅ』



 警報が鳴った当初から予想していたのか、ルールー、スヴェン共に、通信デバイス上の緊張は無かった。

 しかし突然のDーコーションであることに変わりはない。通信回線に少し焦った声が割り込んでくる


『大将! ルールー! 今の警報は!?』

『ああ、イングヴェイ。何でもねえよ。どうやら我が団のロリータ・スレイヤー様が、囚われのお姫様におっぱいをせがんだらしい』

『なんて不謹慎な奴だ。俺におすそ分けする約束を忘れやがって、ちくしょうめ!』


 憤りを露わに毒づくのは、行軍中の車列を警護中の操縦士ストライカ、イングヴェイだ。

 去年入団したばかりの新顔であるにも関わらず、早くも馴染んで受け入れられている彼は、成長著しい若手の有望株である。

 黒の大剣に来るまで、ながれの操縦士ストライカとして生きてきたためか、知識・経験共に豊富で柔軟性に富んだ不得意分野の少ないオールラウンダーだ。



『そう興奮するな。ヤツの始末はきっと団長フェスがきっちりやってくれるさ。今度やらかしたらケツの穴にマスタード入りの接着剤を塗り込んでやると息巻いていたからな。わかったらさっさと配置に戻って前方を警戒しろ』


『わかったよ大将』



 角度の浅い山道を、長い列になって進む

 しばし足を止めていたイングヴェイ機が、中距離仕様のアサルトライフルをハイレディ・ポジションに構えつつ、再び部隊の前方へと移動を開始した。


 皇都までの2週間、移動する部隊を警護するのはもちろんヴァイヲンである。常時、3機体制でローテーション制だ。

 当然の事ながら、常に全機を稼働させるのが一番安全なのだが、魔石だってタダじゃない上にヴァイヲンは大喰らいである。

 リスクにコストが見合わないし、それ以前に休憩も出来ないので現実的な運用ではない。

 機体に乗ってどこにいるかも知れない敵を警戒し続けるのは、思いの外、神経を擦り減らせる作業だ。


 そこで、黒の大剣の行軍は紛争地帯でもない限り、通常、3機6時間4交代制をベースに

 警戒、休息、待機、休息の4コマで24時間が回るようになっている。

 もちろん状況にもよるが、比較的多くの軍で採用されたオーソドックスな運用スタイルだ。



『ルールー、周囲の様子はどうだ』


『特に何も。反応らしき反応もないですぅ』


『気は抜くなよ。そろそろ要所に差し掛かる』




 その中でも、指揮官のスヴェンと情報集約機(アルバ)が同時に投入されるというのは、その日の中で一番危険な時間帯である事を指している。

 普段は日が落ちた後に歩哨に立つ事が多いが、今日は太陽が中天を越えたばかりというタイミング。


『片側が崖のエリアですね』

『そうだ』

『ルールーは高い場所は苦手ですぅ……』

『我慢しろ。別に崖の真横に道が奔っているわけじゃない』



 山の中腹を貫く行路自体に危険は無いが、片側が崖であるという事は、いざという時の選択肢が狭まるという事だ。

 襲う側に都合が良く、襲われる側に都合が悪い地形。

 もし敵と遭遇するならば何としても先手を取らなければならない場面。

 視覚デバイス越しに映る谷底を目に、一瞬だけ、スヴェンの背筋をザワリと悪寒が奔った。



「イヤな感じだ……」






ーーーーーーーーーーーーー








 車輪がカラカラと音を立てる。アルティミシアがグスグスと泣いた。

 気まずすぎる。

 戦争の惨禍に「そんな事もあるさ」と嘯けるエージも、中学生くらいの女の子のガチ泣きは流石に耐性はなかった。最近、小学生の方にも泣かれているので猶更だ、

 みっともなくオロオロはしないが、余裕ぶって腕を組んでみたものの、視線があちこちに飛んだりはする。


「話を変えよう。なに、決して目の前の問題から逃げるわけじゃない。解決するためには別の角度から考える事も必要だ。君もそう思うだろう?」

「…………」

「せ、せっかくだから俺たちの長距離行軍について解説しよう。もちろん本当は機密だが特別だ。後部から見える車両以外にも、大量の食料や行軍資材が満載の車両や、団幹部用の作戦室を兼ねた車両もあって―――」


 芝居がかった仕草で荷台前部の幌を開ける。

 周囲に広がる長閑な光景とは違い、隊の進路上には小高い山々の姿がある。数基に分かれた車列が、それぞれ魔導車に引かれて登り路に挑んでいた。山越えである。


 遥か昔から皇都を守る自然の要塞も、今は利便性を優先して道が整備されている。道幅も広く、何より固い・ ・」、

 しかし、さして高くない整備された山道とはいえ、平地を進むのとはまた違う種類のリスクが伴う。そのリスクを許容するかどうかは指揮官次第だし、どちらを選んでも長短はある。

 エージたちの傭兵団【黒の大剣】は、山を迂回してさらに3週間を消費するより、山を突っ切って旅程を最小限にする事を最初から決めていた。難関ではあるが、博打というほどの危険は無い。


 食料もたっぷりあるし、荒事に対応できる戦力がそろっている。しかし何より期日短縮によるボーナス条項が契約に盛り込まれていたのが大きい。

 早く着けば金になる。戦線から遠ざかってしまう傭兵団としては、貰える時に貰えるものは貰っておくべきだ。


 未だ床の一点を見つめて小刻みに震えるアルティミシア。話を聞いてる様子は無いが、時折大きく肩が跳ねている。注意が必要だ。

 爆発させてオルガにどやされないよう、エージは面白くも無い話を早口で続けた。


「御覧の通り、俺たちは5台もの魔導車を所有してる。その他にも俺たちの団には驚くべきモノがある。それは―――」


 魔導車自体は高価だが珍しくは無い。人型兵器が飛び回る世界である。

 ヴァイヲンが二足歩行で砲撃カマしながらホバリングまでするのに、車輪一つを回せないはずが無い―――と普通ならそう思いがちだが、実際は相当難しいらしい。


 ゆえに高い。リアクター(魔導エンジン)をまるごと使用するのも原因の一つ。

 だから、魔導車は黒の大剣がそうであるように、大抵の場合、牽引車として利用される。

 馬が引く様な中世全開の荷車を何台も連結させ、それを近未来の装甲車みたいなのがえっちらおっちら引くのだ。

 つい先日、その光景を初めて見た少女が溢した一言がこれだ。



―――その発想は無かったわ



 エージとしても正直その発想は無かった。 

 時代設定という言葉がクソのようだ。シュールを越えてもはやアートである。


 そしてこの異世界のハチャメチャ技術には更に極めつけがあった。

 エージは前列と後列に分かれて進む2台の車両に目を細める。

 被せられた緑色のシートが大きく盛り上がったその車両は、1台につき6機ものヴァイヲンが膝を抱えるようにして搭載されていた。さらに言えば、1機ずつ作業用機体(サーベージュ)も積み込まれている。


「ヴァイヲン輸送専用車両も保有している。おかげでお客様に対してスピーディーで満足度の高い仕事が提供出来る」


 ご機嫌な事に、ヴァイヲンを何機も搭載出来る車両がこの世界には存在するのだ。

 ヴァイヲンは4mもある鉄巨人であり、その重量は数トンにも及ぶ。当たり前の事だが到底、木造の車両がその重量に耐えられるわけがない。鉄を使ってもこの世界の製鉄技術では難しいだろう。

 それなのに実物が存在する。きちんと舗装されていない悪路すら何も無かったかのように進んでしまう、キャタピラにも似た駆動部を持つ超車両が。

 結論から言うと、【遺跡】から発掘された【遺物】である。


 今でこそあちらこちらで修繕や改装がされるようになったヴァイヲンも、出所を突き詰めれば【遺物】だ。リアクターに至っては魔導国しか技術を持っていない。

 大陸に点在する遺跡からたまに発掘される運搬車両の数は、ヴァイヲンよりさらに少なかった。


 少ない上にかさばる。そして地味な上にヴァイヲンの方が圧倒的に需要が多い。

 持って帰った当日に大金に化けるヴァイヲンと、当たればデカイが捌くのにはツテが必要な運搬車両。

 頭にケツの穴でもこさえてない限り、誰だって前者を優先するに決まってる。

 結果、市場に出回る事は稀で、値段も歴戦の勇者がチビるくらいお高い。

 それでも遠征で食ってる身としては喉から手が出るほど欲しい。 


「どうだ、驚いただろ? そこらの傭兵団には手も届かないような代物を、黒の大剣(俺たち)は2両も所有している」


 アルティミシアが、金糸の刺繍入りのハンカチを取り出し盛大に鼻をかむ。

 優しい言葉で後の洗濯を約束しつつ、回収できれば高値で捌けそうだ。


「グスっ 1台でブドウ畑付きの豪邸が買えると、ズビビッ き、聞きますわ。一体どんな魔法を使って……」

「魔法なんて使ってないさ。至極まっとうで穏当な方法で手に入れた」


 話を逸らす事に成功したと確信したエージが畳み掛ける。


「1台はオークションの出品者様の御身を、自主的かつ非公式で数週間にも及ぶ密着護衛して差し上げ、任務で知り得た情報を材料にして、誠実かつ真摯な交渉に及んだ結果、格安で手に入れた。とても難しい任務だったが、どんな困難でも諦めない精神を学んだし、結果的にwin-winだった。もちろん合法だよ」


「非合法ですわ……」


「もう1台はちょっとした笑い話だ。そいつは脳みそがチーズで出来てる貴族様だった。驚くことに真っ当な傭兵相手に成功報酬を渋ったのさ。悲しみに暮れた俺たちは現物で報酬をいただいたよ。追撃部隊を返り討ちにしたし、ちょっとだけ寝返って壊滅させたりしてしまったが、まあ、些細な事だ。そう思うだろう? おそらく合法さ」


「鬼畜ですわ……」


 エージは理解を得られない悲しみを胸に力無く微笑む。

 アルティミシアはそんなエージを心底、胡散臭そうに見ていた。


 その時、ゴンッと車体が大きく跳ね、アルティミシアが小さく悲鳴を上げる。



「そろそろ中腹に差し掛かるころだ。揺れが大きくなるから気をつけろ。道は整備されているとはいえ、行き届いているわけじゃない」


「こ、これ以上乗り心地が悪くなるんですの……?」


「悪い事ばかりじゃないさ。見てみろよ」



 エージは車両前部の縁に腰かけると、アルティミシアを手招きする。

 迷うことなく素直に寄ってきた彼女の無防備さにエージは苦笑した。そして予想外に近い距離と、未成熟な少女の甘酸っぱい香りに少しだけたじろぎながら、顎をしゃくる。

 するとその先の光景を見た彼女の目が驚きに見開いた。


「わっ き、綺麗……ですわ……」


 山の中腹から蛇のように伸びる山道。

 秋には早すぎる季節も、肌を撫でる空気はひんやりと冷たい。だからだろうか、まだ疎らではあるが遠目に見る木々は色鮮やかに化粧を始めていた。


「だろ? 俺の故郷の言葉で『紅葉』って言うんだ」

「コウヨウ?」

「ああ。針葉樹の多い帝国ではあまり見かけない景色だろ。もう少しで崖に差し掛かる。そこから見下ろす景色はきっと綺麗だ」


 崖の淵を通るような危険な道では無いが、道から数十メートル横が断崖絶壁というエリアがある。

 そこからは数百メートル下の山の麓が一望出来て、荷を引く商人たちの中ではちょっとした観光名所になっているらしい。

 わざわざ淵まで行って覗き込むほど感傷的な気分ではないが、遠目に見るだけの眼下の景色もそれなりに美しいはずだ。


「崖!? まさか崖のある道を通るんですの!?」

「心配するほどのもんじゃねえ。崖から距離がある上、地盤はしっかりしてるし、土砂崩れで根こそぎ道が持ってかれるような地形でもない。頭のおかしい酔っぱらいか、ウチのヤク中神官でもない限り落ちたりはしねえよ」


 ルートの選択。そこから逆算した移動期間と補給プランの設定。

 戦場を渡り歩く傭兵にとって、行軍路は生命線だ。

 遠征のプロが行き当たりばったりの道を行軍するはずが無いし、そもそも今回の行路は既に通った実績がある。

 ヴァイヲン6台を搭載した車両が通れるような道である。悲観的に考えたって万が一はあり得ないのだが、それに思い至れというのは酷だろう。彼女にはそういった知識も経験も無い。

 


「お、驚いて損しましたわッ!」


 アルティミシアが抗議のセリフと共にエージに詰め寄る。

 ほとんど吐息のかかる距離に顔があって、エージはドキッとするより逆に心配になってしまった。

 おそらくは男の欲望が籠る視線にさらされた事も無いのだろう。距離感が無防備過ぎるし男を知らな過ぎる。

 もしかしたら余程のお嬢様なのかも知れないとエージは思い、少しだけ気が軽くなった。

 最悪、人体実験すらありうる素体も、身元が確かならば交渉材料になる。家柄が彼女の貞操と安全を保障してくれる。

 いち平民としては微妙な気持ちになるが悪い気分ではなかった。これだけ接していたら多少の情も湧く。何より彼女は誰一人として団の仲間を殺していないのだ。


「ただまあ……緊張はする、かもな……」

「緊張? どうしてですの?」


 チラリとアルティミシアに視線をやってから、目視で僚機を探す。

 周囲を警戒しながら車列に帯同するのはイングヴェイ機、スヴェン機、そしてアルバ(ルールー)の3機。非戦時行軍としては最も危険な布陣である。

 退路が限られるという地形は気持ちの余裕を削る。舞台全体もどことなくピリピリしているようにも感じた。


「いや、まあ こっちの話さ。お前が気にする事じゃ―――何だ……?」

「な、何ですの?」

「ルールーの様子が……まさかッ!」


 アルバ(ルールー機)が唐突に立ち止まったと思ったら、いきなり高速移動を開始する。同時にスヴェン機のリアクターが唸り、不協和音が周囲に轟いた。

 今まで何万回も見てきた光景―――回避行動だ。


 予感が確信に変わる。

 脳髄がバキバキと音を立てて覚醒する。背筋が氷をぶち込まれたように粟立った。

 エージが弾かれるように立ち上がる。と同時に―――



 ルールーの絶叫が山間に木霊した。



『所属不明機の機動を確認! 繰り返します! 所属不明機の機動を確認ッ! 機影5! 待ち伏せですぅッ!!』



次話はむせる感じで

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