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20話

インフル明けは基地外みたいに仕事が溜まってる。

会社行きたくない、死にたい・・・

農村横の街道を横切り、山間へと続く道を行く。

 畑と草原、そして森と呼ぶには背の低いまばらな木立が秋の風を受けてそよそよと揺れている。どこにでもある地方村落の光景だ。

 皇都より10日ほど北に位置するこの地域は、冬にもなると白一面に覆われる。豪雪とまでは言わないものの、長距離の通常行軍に支障を来す程度には物流が滞る。

 それはこれから皇都での滞在が長引くと、最激戦地域である北部戦線に復帰するのが難しい事を指していた。

 幌車の中からブ厚い幌を捲って外を眺めた後、エージはつまらなそうにあくびをして座り込んだ。


「一体いつになったら皇都に到着しますの!?」


 正面、車壁に取り付けられたベンチに座る高飛車お嬢様が苛立ったように言う。

 信じ難い事に車内には監視役のエージと2人だけだ。つまり理屈的にお嬢様の問いはエージに対するものである。

 エージは一瞬お嬢様に視線を向けると、ごろりとベンチに横になった。


「うまくいけば7日ってとこかな。ようやく半分だ」 

「うんざりしますわね」

「同感だ、ミス・アルティミシア」


 下から突き上げる揺れにアルティミシアが小さく悲鳴を上げる。薄く未熟なケツをベンチに打ち付け涙目になった。

 悪態をつきながらキッとエージを睨む。ここ数日、うんざりするほど繰り返されたやり取りだ。

 木製の荷台に木製の車輪を取り付け、雨風凌ぐために適当に幌をかぶせただけの車両にはサスペンションどころか木バネも無い。

 車輪が10cmの石を踏めば10cmケツが浮き上がる仕様なので、さぞかしアルティミシアの高貴なおケツは痣だらけになっている事だろう。慣れるためには時間と根気が必要だ。


「そんなにケツが心配なら膝に乗せてやってもいいぜレディ。なかなかの乗り心地だと評判なんだ」

「そ、そんなはしたない事、するわけありませんわッ!!」


 軽口を叩きながらベンチに耳を当てる。油は十分足りているのだろう。車軸から異音はしないし、ベアリング部分も軋んでいない。多少乗り心地が悪いだけの捕虜用車両である。


「くっ こんな乗り心地の悪い車での旅なんて……屈辱ですわ……っ」

「何度目になるか数えてないが一応言っておくよミス。これでもVIP待遇だ」

 

 開け放たれた後部から見える景色は、長閑な光景を引き裂くようにして連なる車列(キャラバン)

 捕虜移送用であるこの車両の後ろには、非番の団員が雑魚寝するための車両が数両、さらに満員電車もかくやという勢いで戦場捕虜(商品)が詰め込まれた車両が続く。

 ほとんど垂れ流しで異臭を放ち放題の商品用車両と比べれば、多少乗り心地が悪いだけの小さな車両は破格と言っていい。

 そしてそれは、この高慢ちきなお嬢様にはそれだけの価値があるという事でもあった。単騎で戦局を揺るがす魔導士の価値は戦略兵器と同等なのである。

 エージの視線を追いかけるようにして、アルティミシアが車体後部に目を向ける。何と無しに首元にやった指先が(ダミー)の魔封じの首輪を軽く掻いた。


「傭兵団の移動って本当に隊商(キャラバン)みたいですのね…… 軍とは違いますわ」

「そりゃ違う。お前が軍の一部しか見てないか、チャンバラを戦争と勘違いしてる発情したエテ公の群れしか知らないかだ」

「なっ 偉大なる我が故国(帝国)を侮辱しましたわねッ! 訂正なさいッ!!」


 激昂したアルティミシアが立ち上がる。瞬時に不穏な波動が車内に充満した。

 軽い眩暈と耳鳴りを覚える。無意識的な魔導錬成だ。

 発動の2段階前だが最悪の場合を想定する。彼女から見えないよう背中のナイフをスルリと抜いた。魔導士と言えども、魔法が発動さえしなければただの人。刃物一つで殺しておつりがくる。


 幸か不幸か、車内に充満する波動に本人が気づいている様子が無い。首輪がダミーである事にいい加減気付きそうなものだが、わざわざ教えてやる必要は全く無かった。 

 冷や汗を垂らしながら、エージが慎重に言葉を選ぶ


「帝国を馬鹿にしてるわけじゃないさミス。厳しすぎる北の大地で兵站を確保し、ことごとく豊かな皇国を跳ね返し続ける帝国に対しては正直、尊敬の念すら覚えている。優秀な指揮官がいなければ説明がつかない事だ」


 すると、ふしゅるると擬音がするほどあっさり怒りを収めるアルティミシア。

 プイっと横を向きながらも口端がピクピク吊り上がるあたり、相当嬉しいらしい。


「ふんっ そんなおべんちゃらで騙されませんわ! だってさっき、あなたはとても下品な言い回しで我らの誇りを傷つけたんですもの!」


 アルティミシアが説明しろと強い視線でエージを見る。

 エージは文学青年のように幾分の憂いと、深い悲しみを滲ませゆっくりと首を振った。


「紳士的でない言葉遣いをしてしまった事を謝罪するよレディ。君を傷つけて後悔してる。でも聞いてくれないか、俺たちの間にはきっと誤解があると思うんだ」

「ふ、ふんっ そこまで言うなら聞いてあげてもよろしくてよ!」 


 アルティミシアの監視役を仰せつかってからこんな事が何度も続いている。ちょっとしたことで腹を立て、サルみたいにキーキー喚く。そのたびに宥めたり誤魔化したりと色々してきたが、いい加減うんざりもしているし、そろそろネタ切れでもあった。 

 モノを知らないガキを完膚なきまで言い負かすのはさぞかし気分が良いだろうが、如何せん相手が特大の地雷となればやはり言葉は慎重に選ぶ。


「統率の行き届いた軍は常に文化的で文明的な移動を心がける。軍の仕事のうち9割は移動だから当然の事だ。軍の本質は最終的に建前を重要視しない。徹底した効率を追求する。効率を追い求めるが故、当然の如く組織と規律を大切にする」


「その通りですわ。我が国の英雄、タマシン准将閣下も『軍とはつまり徹底した利益追求主体』だと仰いました。臆病な猛獣と評された閣下の名言を語るには彼の特殊な生い立ちと数々の著書と歴史的背景に想いを馳せる必要が―――」


「あ、ああ。と、とても興味深い考察だが今は閣下の話は置いておこうミス。想像するに『ついで』で議論するには失礼にあたるほどの人物だ。そうだろう?」



 アルティミシアが鼻息も荒くブンブン首を振る。

 エージには毛並みの良い高級犬がエサを待ってるように見えた。



「ともかく帝国軍は優秀だ。君の尊敬するタマ………キンだっけか? あ? 違う? あーそうだタマシンな。彼も優秀だ。性豪っぽくて勇ましい名じゃないか―――おい、そう怒るな、馬鹿になんてしてないさ、ああ本当だとも。誓うよ」


 途中でアルティミシアがなぜか顔を真っ赤にして怒り出したので、なんとか宥めて大人しくさせた。

 エージは軽く息を吐くとズイと身を乗り出す。強気に輝く高貴な瞳を真っすぐに捕まえる。まじめな話をする時のエージの癖だ。

 アルティミシアが小さく息を飲んだ。殺意や敵意は無い。だが、エージの目には経験に裏打ちされた凄みがあった。



「帝国の偉い人は、貴族であるお前に気を使って国軍ではなく融通の利く領主軍に編入した。そして残念ながら栄えある帝国貴族であらせられる美少女魔導士閣下の初陣は散々なものになった。兵站が天から舞い降りると信じてるアホが指揮官だったし、敵地のど真ん中で盛大にアバンチュールを楽しむエテ吉どもが兵士だった。わかるだろう? あれはいただけない。ちょっと身なりの良いだけの蛮族さ」


 アルティミシアの顔がサッと青ざめる。

 怒りに体を震わせ、拳を握りしめ、危険な光を瞳に灯し、しかし彼女はエージから目を逸らして歯を食いしばった。

 彼女は怒りをぶつけるべき相手がエージでは無い事を知っていた。栄えある帝国軍が在るべき姿と、それを粉々に打ち砕いた恐るべき蛮行も。


「くっ そ、それは…… わたくしは知らなくて……っ 進軍した時にはもうあの街は……ッ」


「ああそうだろうさ。戦場での些事は高貴なお貴族様の高貴なお耳に入れるような話じゃない。お前が後陣で口当たりの良い貴腐ワインを飲みながら、オーガニック・ハーブとアロマ・オイルをたっぷり使ったマッサージをしている時に、連中は松明片手にパーティーを楽しんでた」


「絶対に許されない行いです! わたくしが知っていたら止めていましたわ!」

 

「だがお前は知らなかった。俺はしがない傭兵だし、やってるのは殺し合いだ。だから戦場でのマナーをいちいち責めはしない…… だが国境を越えた後、お前たちの軍が何をやったか知らないとは言わせない。俺はそいつらの事を嫌悪と侮蔑を込めて紳士的ではない言葉で罵ったんだ」


 感情は、揺るがない……。

 傭兵団に取っ捕まる前、エージは故郷を焼かれた時に自分が何を思ったのかを思い出せなかった。

 胸の中で燻っていたはずのドス黒い炎は、破壊と死を齎す現実の炎に塗り替えられていく。慣れてしまったのだ。

 戦場で略奪なんてそれこそ魔導士のほうがまだ珍しい。

 

 アルティミシアは、怒りと羞恥と苦悶と懺悔とが入り混じった瞳から、大粒の涙を溢していた。

 泣き声だけはあげるまいと、への字に結んだ口元に年相応の青臭い感情を見る。

 泣かせたかったわけじゃない。何かと煩いお嬢様にキツめのお灸を据えたかっただけだ。


「ひっ ひぐっ わたッ わだぐしは―――ッ!」

「あー、悪い、謝罪するよ。誓って言うが、そこまでお前を傷つけたかったわけじゃないんだ」



 誇り高く、そして良い奴なのだろうと思った。

 敵国の、しかも平民に振るわれた理不尽に憤り、そして何も出来なかった自分を悔いている。なかなか出来ない事だ。こんな出会いでなければ、友人になれていたかもしれない善人だった。

 

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