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12話


 公娼は公的な施設で春を売る事を認められた娼婦である。ある程度の身元と管理された健康な体である事が保証され、安心して遊びたい男は多少値が張っても公娼を買う。

 浴場などは彼女たちにとっては良い稼ぎ場だ。不衛生な客は少なく、気になるならばプレイの一環として洗ってやれば良い。


 部屋は併設されている事が多く、人目も多いため危ない事にはなりにくい上に、何より支払いは浴場の部屋代として前金で支払われるためヤリ逃げされる事が無い。


 そして客側もそれを知っているため、上手な遊び方を知っている客が質の高い娼婦を求めて公衆浴場に来るという好循環が定着しており、今入浴している客の中でも相当数それが目的の者がいるはずだ。


 むっちりと脂の乗った彼女を見ると、湯着の色が一般客と違って黒色だった。

 黒は夜の神ヤークェンが司る色で、夜と闇と影の色であると同時に、人目が届かない秘め事を暗喩する色でもある。

 周りを見てみると、チラホラ黒い湯着を身に着けた女性が行ったり来たりしている。更に言うならば黒い湯着の男もいるが、おそらくは男娼だろう。女性客用なのか男性客用なのか、見た目からはイマイチわからない。


「是非お願いしたいところだが、大した持ち合わせが無いんだ」

「ふふ、値段はサービスするわ。細身で鍛え上げられた体って正直タイプなの。私達だってたまには楽しむ権利があるはずよ」 


 含み笑いをしながら女がにじり寄ってくる。首筋にしっとりと浮かぶ汗がどうしようもなく艶めかしい。

 女はその肉感的な体をピタとくっつけると、エージの太ももあたりに手を置き慣れた手つきでまさぐった。

 女が耳元に爛れた吐息を吹きかけ、エージがゾクリと体を震わせる。

 この女を鳴かせたい。屈服させたい。全身を舐り支配したい。そんな原始的な欲求がマグマのように沸々と湧いてくる。

 女が甘ったるい声音で囁いた。


「ね、行こうよ。気持ちいい事しよう? 体は洗った?」

「い、いや、まだこれからだ」


 すると突然、女がべロリと舌を出すと、エージのわき腹から胸にかけて一気に舐め上げた。そして最後に鎖骨に口を付けるとビチャビチャと溜まった汗を啜る。

 粘着質でいてザラついた舌の感触に声が出そうになった。初対面の女が自身の体液を下品に啜るという倒錯的な光景に異常な興奮を覚えた。


「いいよ、洗わなくて。好きな味だし、好きな匂いがする……」


 段々と幼さを帯びていく女の口調と声音。

 自身の全てを肯定されたかのようなセリフに深い満足感と、そして何としてもこのメスを自分のモノにしなければならないという焦燥感に襲われた。


「アンタ、いい女だな」

「あん、やめてよ…… 濡れちゃったじゃない……」


 今この瞬間にでも押し倒しそうになる。獣のような所業だ。しかし、もしそうしたところで女は嫌がらないだろう。

 腰布を剥ぎ取る時も従順に腰を上げてくれるだろうし、何も言わなくてもカエルみたいに股を開いてくれるに違いない。


 頭の上で手首を拘束し、卑猥な言葉を言わせて乱暴に腰を打ち付けたとしても、媚びるように嬌声を上げ恍惚とした表情で貪欲に腰をくねらせるに決まっている。

 

 いやらしい女だ。

 今すぐ汗を染み込ませ、匂いをこすり付け、散々に所有権を主張した後、生きた証を打ち込んでやりたい。本能的欲求で頭がおかしくなりそうだ。

 しかし―――



「やめとくよ。連れがいるんでね」


 

 『堪えた』というよりは、お預けを食らって死ぬほど落ち込んだ犬みたいな表情でエージが言う。

 文字だけ見ればハードボイルドな台詞も、今にも泣きそうな情けない笑顔と一緒ならヘタレ男の遠吠えにしか聞こえない。

 女はそんなエージに少しだけ同情の籠った瞳を向けた。


「家族なの?」

「……違う」

「あの子とそういう関係じゃないんでしょう」 

「ああ……」

「じゃあなんで?」

 


 ガキの前でそんな姿を見せられないとか、責任を持って連れ帰らなければならないとか、そんな道徳的な理由ではなかった。

 今更ガキに軽蔑的な視線を向けられたところで痛む懐は持ってないし、どうせ短い付き合いなのだ。取り繕う必要だって無いだろう。

 

 それに女を買う事も抱く事も推奨はされても非難される事は絶対に無い。もちろんきちんとした理由だってある。

 時に戦場は、人の心を壊すのだ。


 戦場を征くたびに胸に振り積もっていく圧迫感、じりじりと炙られる攻撃的衝動。

 それらは殺し殺され傭兵として生きていく限り、不可避の『穢れ』のようなもの。

 

 人の心はそれほど強くは出来ていない。

 汚水のようにたまっていくソレらを吐き出すことも出来ず、上手にやり過ごす事も出来ないでいると、唐突に人は壊れる。


 ある日突然、目の前にいた人の喉笛を食いちぎった奴がいる。

 ある時突然、目の前の女の顔を陥没するほど殴り倒し、ピクリとも動かない女を三日三晩犯し続けた男がいる。

 どちらの悲しい事件も、人格に優れ信頼も厚くプロフェッショナルな仕事をこなす素晴らしい男により引き起こされた。


 それが危険なものだと本能的に知っているからこそ傭兵たちは稼いだ金で女を買う。戦場で昂った昏い暴力的衝動を原始的肉欲に変換する事で汚れを吐き出し、自我の価値基準を繋ぎ止めるのだ。

 女を買わない連中もそれぞれの発散方法を持っていて、必ずと言ってよいほど忠実に発散をしている。 


 エージも溜まっていた。殺しのストレスだけではなく、舞い込んできた厄介事に対する苛立ちもあった。

 たかが数時間である。

 何かあればすぐに駆けつけられる距離の宿でのお楽しみだ。女のぬくもりが欲しかったし、吐き出し口が欲しかった。

 だがエージはそうする事が出来なかった。


 言うなれば、それは罪悪感に近い感情。

 この広い世界で独りぼっちになってしまった女子小学生。この世界よりは遥かに人道的な価値観の下、その中でも特に優しい国で生まれ育ったただの子供だ。


 寄る辺も縋りつく止まり木さえも。右も左もわからなければ手を差し伸べる者もいない不幸な少女を―――置き去りにしてしまった時の事を考える。

 この世の全てから見放された少女が真っ暗闇の中、呆然と立ちすくむ姿が見える。ズキリと胸が痛んだ。

 

 

「なんだろうな。だけど放っておくわけにもいかねぇんだ」



 自分でも奇妙なものだと思う。

 ガキの泣き顔なんざ見飽きている。ちょっと路地裏にでも入れば、今から死にゆくガキを簡単に拝むことが出来る。

 死んだ目をした虜囚を売っぱらっても、母親の名を叫びながら特攻してくる敵兵を捻り殺しても何も感じなくなっていたというのに……

 考えれば考えるほどわからなくなる。一体自分があのガキをどうしたいのか。何をあのガキに望んでいるのか。

 


「こんなに固くなってるのにぃ~~?」



 女が笑いと呆れが半々の表情で軽く口を尖らせ、湯着の上からエージの股間をギュッと握る。

 オットセイのような声を漏らしつつ腰を浮かしたエージ。それを見て溜飲を下げた女が朗らかに笑った。

 そしてひとしきり笑い終わった後、女はいつの間にか二人の前に立っていた人影に向かって挑発的な笑みを向ける。


「あら、覗きかしら?」


 その人物はそれはもうわかりやすく戦慄いていた。右手人差し指が真っすぐエージを指しながら心電図のように揺れている。

 口をパクパクさせ、顔を真っ赤にして頭から噴き出る蒸気が目に見えるよう。

 女がムフフと笑い、エージがやれやれと項垂れた。



「あ、あああああんたたちっ! こんなとこで、ふ、ふフケツな事をッ!!」



 その叫びに何事かと入浴客たちがエージたちを見るが、「痴話げんかかよ」と、何もなかったように視線を戻す。

 カップルで来た片割れが娼婦に声を掛けられる。それを見た相方が激昂する。浴場ではよくある一コマで、地元の常連たちは見飽きているのだ。


「あら、不潔とは失礼ね」

「フケツじゃないッ! おちん……おおおおそそんなところ握ってッ!! いいからその手を放しなさいよッ!」


 女の右手は、未だエージの股間をガッシリ握っていた。

 通りすがりの少年が母親らしき女性に、フケツとは何かを聞いている。

 母親らしき女性は少年に、見てはいけない旨を言い聞かせ、そそくさと去っていった。

 ますます赤くなった少女が声にならない声を上げながら頭を掻きむしる。

 


「ムキ~~~ッッ!! はーなーれーろーッ!!」

「いやぁ~ん」


 

 エージと女の間に強引に割り込んだ少女は、二人を引きはがす事に成功する。

 「引きはがす」というより、苦笑した女が「どいてくれた」という表現が正しいが、とにかく二人を離す事には成功した。

 

「コイツは私の連れなんだから! ちょっかい出すのはやめてよねッ!」

「おいガキ、いつから俺がお前の連れになったんだ?」

「いいからアンタは黙ってなさいよ! このスケベっ!」


 ハアと深いため息を吐いたエージが、『悪いな』と女に視線をやると、女は『気にしてないわ』と手をヒラヒラさせる。そしてなんだかわかった風な大人な空気に少女がイライラを募らせる。

 腰に下げてある巾着から皇国銀貨を1枚。親指で弾いて女に渡す。

 一晩春を買うには足らないが、脚の速い春に一休みしてもらう程度の金額ではある。


「今度は一人で来る。その時は頼む」

「喜んで待っているわ……と言いたいところだけど、私、近々この街から離れる事になってるのよ」

「タイミングが合えばでいい。合わなければ引越し代にでも使ってくれ」

「いい男なのに残念だわ…… ねえ、やっぱり私を抱いていかない?」

「ダメぇ~~~~ッ!!」



 少女が金切り声で叫んで女を威嚇する。

 いい加減、外でやってくれという非難の視線を浴びつつ、エージは洗い場に向かって歩き出した。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「んもう! 男っていくつになってもエッチなんだからッ!! まったくもう!」



 割と真理を突いた発言に違いないが、生理が来てるかも怪しいガキの台詞だと思うと途端に滑稽に聞こえるのはなぜだろう。

 外縁部に【黒の大剣】の宿営地として提供されたボロ宿。

 自分に宛がわれた部屋に戻ったエージは、はいはいわかりましたとばかりに手を振る。



「聞いてるの!? エッチな事はその……っ ほ、本当に好きな人とすべきなのよっ!」



 意外とマセている少女の主張に、エージは軽く噴き出した。



「お前の言う通りだ。そして俺はさっきの女の事を本当に好きだった。俺は子供の名前を話し合おうと思っていたし、彼女の顔には『3人は欲しいわ』と書いてあった」


「う、うそよ! 初めて会った人だって言ってたじゃない!」


「初めて会った瞬間に好きになる事もある。香辛料のたっぷり入ったスープと同じでガキにはまだ早いかもしれないな」


「で、でも……っ 告白もデートもまだなのにエッチな事するなんて…… 映画とか、お買い物とか、お洒落なカフェに行ってお互いを知り合って……」




 まだ納得いかないのか、少女はブツブツと呟いては頭を掻きむしっている。独り言を聞く限りでは、頭の中が相当愉快な事になっているようだ。


 浴場から戻ってくるまでの間、少女はずっとこの調子だった。腹が空いたというから屋台で串焼きを買ってやると、リスみたいに頬に肉を詰め込みながら小言を言う。

 

 宿営地に戻ってきてからも、顔見知りに報告しては『エージの言う通りだ』と諭されて涙目になり、虫食いだらけの机と椅子と粗末なベッドしかないこの部屋に帰って来てからは前述のとおりである。

 


「んもう! 今日は疲れたわ!」



 少女がポフっとベッドに飛び込んだ。

 小奇麗になった少女から、石鹸に配合された香油のほのかな香りと、青臭い少女特有の粉ミルクのような甘ったるい香りがほんのりと漂ってくる。

 

 脂を落とした黒髪は艶やかさを取り戻し、なんとなく綺麗な造りだとは思っていたが、汚れを落としたおかげで相当な美少女であることが窺える。

 学校ではさぞかしモテていたことだろう。変態的趣向を隠さない団員が、自分に羨望の眼差しを向けてくる気持ちもわからないでもないし、あと5,6年もすれば誰もが振り返る美人に成長するに違いないとも思う。



「疲れてんならさっさと寝ろ」

「わかってるわよもう!」



 それが幸せな事なのか不幸な事なのか、エージには何とも言えなかった。

 この世界は美しい女に対して容赦が無い。

 真っ当に生きたければ、きちんとしたコミュニティに所属して守ってもらうか、強くなって自分で自分を守るか、その2択である。

 今でこそ運良く統率のとれた傭兵団に保護されているから笑っていられるものの、運が悪ければとっくに手首を掻っ切る状況に陥っているはずだった。



「石鹸だけなのに髪がツヤツヤ……」 



 ベッドにうつ伏せになってクルクルと人差し指で髪をいじり、膝を立てて足を揺らす呑気な姿を見て唐突に軽い眩暈を覚えた。この部屋のベッドは当たり前のように一つしか無い。

 

 男であるエージですらも、自分をどうにでも出来る人間と同室になれば、そんな無防備ではいられないだろう。

 信頼されているのか、それとも人は酷い事をするはずが無いとでも思っているのだろうか。


 未だ名前を教えようとしないところを見る限り信用されている実感は無い。だからおそらく後者だろうと思う。

 脱走して奴隷商人に犯されかけてもまだ人の善性を信じている。お花畑的思考は、この少女が愛とモノに囲まれ何不自由の無い生活をしてきた証左だ。

 


「異世界リンス無双は出来そうにないわね…… 湯着も伸縮素材だったし、知識チートの道は険しい……か」


 おまけに、未だ『チート』の余地があると思い込んでいるあたりが恐ろしい。

 技術というものは下地があって初めて開花するもので、突然持ち込んでどうにかなるものではないという事をエージはイヤというほど思い知らされている。現実は漫画やラノベのようなご都合主義は通用しない。


 さらに魔導アーマーという超兵器が存在する時点で、日本とは(ことわり)を含めた根底部分から全てが異なるというのに、その辺は一体どう考えているのだろう。


 エージがベッドに腰かけると、ベッドが悲鳴のような音を立てて軋んだ。

 しかしそれでも少女は反応すらしない。一回本気で襲ってやったほうが本人のためのような気さえしてくる。事後、暴行されたと涙ながら顔見知りに訴えて「それくらい当然でしょ」と返されてみればいいのだ。

 少なくともここはそういう世界で、彼女はそういう立場だ。逃げ場など無い。


「ねえ、アンタ、女の子捕まえたんだって……?」


 カビ臭い毛布に顔をうずめたまま、少女がボソリと言う。

 ガヤ防衛戦で捕獲した女魔導士の事を言っているのだろう。

 確かに捕まえたし連れ帰ったが、なぜ少女がそれを気にかけるのかがピンと来なかった。そもそも団員でもない少女がなぜ知っているのか。おそらく口の軽いアホが喋ったのだろうが、それはそれで問題だ。


 突然の質問に戸惑っていると、少女は探るようにエージを見上げる。

 そして消え入りそうな声で言った。


「どうするの……?」


 その瞳は実にわかりやすく不安が揺らめいている。忙しなく視線を彷徨わせ、眉をハの字に口を引き結んでいる。捨てられた子犬のような顔をしていた。

 そこで初めてエージは少女の質問の意図を理解した。そしてなぜ浴場であんなにも必死になって娼婦を排除しようとしたか、その理由も。


 新しい女の子が来るかもしれない。そしたら自分は捨てられるかもしれない。


 怯えているのだ。

 タイミング的に彼女が捕虜を売っ払う場面を見ていてもおかしくなかった。あれは何度見ても気持ちの良い光景ではない。

 商売する側は涎を垂らしながら算盤を弾くという一択だが、売られる側は泣き叫ぶか、死んだ魚のような目をして口を噤むかのどちらかを選ぶことが出来る。


 鞭と猿ぐつわと焼きコテが大活躍する場面だ。特にコテは酷い。

 真っ赤に変色した鉄を押し付けられると悲鳴と煙が上がる。肉の水分が一瞬で蒸散する音もするが、大抵は悲鳴でかき消される。

 思わず耳を塞ぐほどの大音量だし、鼻をつままなければ弾けて霧状となった人の脂が鼻腔に付着する。

 

 あの光景を見て、売られる側に回りたいと思うやつがいたとすれば、そいつは日常に支障をきたすレベルのドMか、真正のキチガイだ。

 そして少女は自身の不安定な立場を理解していた。飽きたら売られる。必要無くなれば捨てられる。

 

 瞳の中、怯えと共にチラチラと燻る負の光。

 それは他人の不幸を願う者特有の昏く澱んだ感情だ。



「ね、ねえ、捕まえた女の子、どうするのよ……?」



 エージは内心をおくびにも出さず、さも心から悩んでいる風に言った。



「どうしようかな、実は迷ってるんだ。俺好みのイイ女だった。胸と腰に道徳的ではない肉と希望がたっぷりと詰まっていた。あれは成長したらきっといやらしい女になる」


「む、胸…… おしり……」



 少女がむくりと起き上がり、自身の胸と腰回りをペタペタさわる



「腰は信じられないほど細く、簡単に折れてしまいそうだった。その割に太ももはムッチリしていて俺は思わず舌なめずりをしたよ」


「くびれ…… むちむち……」



 少女がギュッとお腹をヘコませ、太ももをつまむ。



「初めて会った時、ソイツは挑発的に俺を睨んでいたが、同時に興奮もしていた。目は潤んでいたし、頬は上気し声は上擦っていた。俺が『動物のように屈服させてやるぞ』と言うと、ソイツはうっとりと目を細めて唾を呑みこんだ。わかるか? 動物のように乱暴される自分を想像して欲情したんだ。なんて下品な女なんだと俺は口汚く罵ったよ。だから俺はソイツを引き取る事にしたんだ」


「え…… 引き取る…… わた、私は……」



 エージが饒舌に語ると、少女の顔からみるみる血の気が引いていく。

 まるでこの世の終わりのような顔つきで唇を震わせる少女 

 エージはしてやったりと悪い笑みを浮かべた。



「ジョークだよ。ガキのくせになんて顔してやがる」


「なっ べ、別に引き取ったって私はかまわないんだからッ!」


「押しかけ女房みたいな事言いやがって。そもそもソイツは魔導士だ。俺の一存でどうのこうのって話じゃねぇんだよ」

 

「ムキィ~~~~ッ!!」



 おちょくられたのがよっぽど気に入らなかったのか少女は散々喚いていたが、エージがニヤニヤ笑うだけなのを見て色々と諦めたようだった。

 もう夜だ。腹も膨れているし、久しぶりの浴場で疲れが出たのか、ブツブツ小言を言いながらも少女の瞼が着いて離れてを繰り返す。

 エージは思わず苦笑した。



「眠たいならさっさと寝ろ。明日は俺はお偉いさんと会談があるから一日いないぞ」

「わかってるわよ。ちょっと、もう少し、こっち来なさいよ……」

「いい加減一人で寝れるようになれよお前……」

「うるさいッ!」


 

 不安からかそれとも恐怖からか、少女は一人で眠れない。

 うたた寝程度でも悪夢にすぐに飛び起きて荒い息を吐く。日本にいれば一生見る事が無いであろう残酷な場面を少女は目にしてきていた。家族と会えないという悲しい現実も相当なストレスとなって彼女にのしかかっている。


 気丈に振舞っていても耐性の無い幼い精神は疲弊を重ね、過酷な体験は(ひずみ)となって彼女の心を苛んでいた。

 そんな少女を脆弱だと呆れると同時に、無理も無い事だと同情もしていた。記憶を引き継いだだけのエージと違って、少女は前触れなく突然この世界に飛ばされたのだ。現実を受け入れているだけ大したものだと心から思う。


 やれやれとエージが服もそのままにベッドに横たわり、少女に背を向ける。

 少女はそんなエージの背中にそっと額を寄せた。

 


「いなく、ならないわよね……?」


「小便くらいは行くかもな」


「ついていくもん……」


「勘弁してくれ……」


 

 すぐに聞こえてきた寝息を聞きながら、エージは疲れ切った会社員のように目を閉じた。




「めんどくせぇ……」

次話から物語が動く系

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