10話
僕は悪くない。
会社が悪い。
今月も300時間超えか……orz
「こんなところで出くわすなんて奇遇だなエージ、良い知らせだ。2週間後には皇国軍がガヤに到着する」
当然の事ながら、戦闘が無い時の操縦士のやる事は限られている。
訓練以外にも手伝える仕事は沢山あるが、平常時の団ではそれぞれの職分を冒す事は良しとされない。大抵の場合は「仕事を奪うんじゃねえ」と追い返される。
オルガと外でバッタリ出くわしたのも、エージが掃除任務を拝命した傭兵見習い共に追い払われて、ちょうど街に繰り出してきたからだ。
「皇国軍が到着したらあたしたちはお役御免だが心配するな。報酬はたんまり色をつけてもらった」
オルガは都市首脳との会合を終えての帰り道だった。
滅多にしない薄化粧を施した彼女は『美しい』の一言で、通りを行き交う市民の視線が露出の激しい胸元に吸い寄せられている。
細身ながら豊満な肉体と、褐色の艶やかな肌。そして絶世の美女と言っても過言ではない美貌が合わさったとくれば注目だって浴びる。彼女が少数種族のダークエルフである事もそれに拍車をかけている。
薄汚れたレザープロテクターと、年季の入った粗末なマントに身を包んだ自分とはえらい違いだ。少しだけ胸がザワついたエージが軽い舌打ちをすると、オルガは上機嫌そうに目を細めた。
「そりゃあいい話だ。気前の良いお客様は聖人並みに希少な存在だからな。だがその後はどうすんだ?」
「打診がある。例の敵魔導士の皇都までの移送任務だ」
「本気で言ってんのか?」
エージが眉を顰めると、オルガがニヤリと笑って鼻を鳴らす。
「なんだ。何か問題があるってのか?」
「問題は無いさ。だが、俺達が皇都まで? そりゃまた大胆な話だ。連戦連勝の【黒の大剣】を前線から外すなんて、おつむがスカスカの俺には想像もできない素敵な作戦に違いない。皇都の高貴なお利巧さん達は何を考えてる。ウチのアホみたいに薬のキメ過ぎで神の言葉でも聞いたのか?」
戦況は明らかに皇国が劣勢だった。バカでもわかる。
そもそも現在の主要戦線が相当程度皇国領内に食い込んでいるのだ。最低でもこれを押し返さなければ領土の割譲は免れないだろう。
既に何度も行われている停戦交渉では到底受け入れられない条件を突き付けられ、その度に決裂していると聞く。そして次回の交渉では更に状況が悪化しているという悪循環だ。
戦争初期から皇国側に付いた黒の大剣としては最終的に皇国に勝ってもらいたいところだ。それが無理だとしても、せめて負けていないと喧伝出来る程度の損失で済んでくれれば、建前を通すためにもボーナスは支払われるだろう。
そしてそのためには一人でも多くの戦力が前線に必要だ。余裕なんて無い。
「そう言うなエージ、これは重要な任務だ。帝国の―――しかも魔導士を生け捕りにした。情報と魔導資源確保のために確実に移送する必要がある。とても光栄な任務だし、何より報酬も破格だ」
「で、本当のところは……?」
エージが声のトーンを落とすと、へらへらと笑っていたオルガが急に真顔になる。
褐色の尖った耳が小刻みに動いた。エージが目だけで周囲を伺う。
オルガがそのしぐさを見せるのは、決まってあたりを警戒している時だ。おそらく、人ごみに紛れて二人の様子を伺う気配を感じ取ったのだろう。
オルガが無造作にエージに近づき、耳元で囁いた。
「実は帝国側から接触があった。そしてその事を皇国側も把握してる。あたしらみたいに使い勝手の良い駒、皇国としては引き抜かれでもしたらたまらんってとこだ。前線に行くほどその可能性は上がる。いざという時の遊撃にとって置きたいんだろう。お偉方の考えそうなこった」
「俺達がお客サマを裏切るとでも……?」
「その言葉をお客様が信じるとでも?」
息詰まるような数秒間の沈黙。
睨み合うように交錯させた視線。
均衡を破ったのはオルガだった。エージの肩を大袈裟に叩きながらカラカラと笑う。納得いかない表情を見せたのはエージだ。
「こんな諺を知っているか団長? 『不誠実な聖人より誠実な盗っ人』だ」
「いつの間に脳にシワをこさえやがったんだエージ? ワリャグ聖典22章12節だ。自然的善悪論で解釈の分かれるところだが……ならあたしはこう返そう。『然もありなん、然もありなん。英雄、清浄為る人道征く事能わず』」
難なく返して見せたオルガの顔にイタズラ小僧のような笑みが浮かんだ。
面白くなさそうに鼻を鳴らしたエージが吐き捨てる。
「所詮、人殺しは人殺しって事か……?」
「違う。そう拗ねるなエージ。あたしらは傭兵だ。報酬次第で何でもやる。ケツを舐める以外なら大概の事をこなすお行儀の良い犬だ。しかし残念ながら…… あたしたちに首輪は無い」
「…………」
「いくら大人しくお行儀良く賢い犬だと言いきかせても、首輪が無ければ安心出来ない連中というはいる。クソったれた事にな。たまたま今回のお客サマが玉無し野郎だった、それだけの事さ」
昼時を過ぎたガヤの大通りは、いつの間にか人波も収まり行き交う人の数もまばらになっている。その通りの向こうから、数人の衛兵が固まって二人の様子を伺っていた。
隻腕のダークエルフと、荒事の臭いを強く滲ませた男が通りのど真ん中で足を止めて向かい合っていたのだ。不安を感じた町民が通報したのだろう。
やましい事は何もないし変な事になる可能性は限りなく低いが、いちいち説明するのが億劫だった。そして、そんなエージの考えに同意するようにオルガが苦笑する
「そういえば皇国の諜報武官が面会を求めてきた。明日会うからお前も予定を開けておけ」
「ちょッ、待てよ。俺はただの操縦士で折衝なんかは――――」
「うるせえ、これは命令だ。明日は面会。2週間後には出発。そして4週間後には皇都の洒落たバーで喉が焼けるような酒を呷る。出発までに軽い依頼をこなしてセコセコ酒代を稼ぐとしよう。ところで―――」
そう言って言葉を切ったオルガが、エージの背後を覗き込むようにして目を向ける。
すると、視線を向けられた人物がエージの背後でビクリと震えた。
「エージ、お前たちは何をしてたんだ?」
つままれた裾から小刻みに震えが伝わってくる。
エージは首だけで振り返ってその様子を確認すると、困ったように肩を竦めた。
「昨日、整備班の連中と食堂でカチ会ってから『風呂に入りたい』って煩くてな。公衆浴場に連れてくところだ」
背中に隠れた少女を見ると、髪は脂っぽく埃だらけ、移動の際に苦労したのだろう、顔もわずかながら土やら煤やらがこびりついている。
風呂自体は貴族しか利用出来ないとか、大金持ちしか入れないとか、それほどお高いものでも珍しいものでもない。街によっては上下水道があるし、魔導具を使った湯沸かし器なんてものも存在するので、多少稼ぎの良い一般家庭ならば、入ろうと思えば入れる程度のものだ。
ただ荒野を移動する機会の多い傭兵にとっては無くて当たり前過ぎて、ないがしろにされがちなものでもある。2,3日もすれば体臭はして当たり前だし、いちいち指摘していたらキリがないうえ、当たり前すぎて気にもならなくなっていた。
だが少女は衛生至上国家、現代日本から転移して来た女の子だ。
温かい風呂、温かい食事、暖かい団欒。今まで当たり前だったもの全てが当たり前ではなくなってしまった。
何もない。誰もいない。それが彼女の現実だ。
整備班の連中の臭いに顔を顰めつつ、少女がさり気なく自分の臭いを確認した事を、エージは横目で見ていた。
同情はするな。感情移入は禁物だ。しかし同時に風呂ぐらい連れてってもバチはあたらないとも思うのだ。
「ああ、あのアホ共、臭いからなぁ。そんで? 自分も臭くないか気になっちまったってわけだ?」
「オイオイ、デリカシーってのは大事だぜ団長。臭くても黙ってるのが礼儀ってもんだ」
「ち、違うんだからっ! 私は臭くなんてないんだからッ! 言いがかりはやめて!」
シャーッ とオルガを威嚇する少女。
耳まで真っ赤にしているあたり、羞恥心は忘れていないらしい。
じんわりとアーモンド型の瞳に涙が
威勢は良いが、エージの背中から顔だけ出して歯を剝いている姿はまるで野良猫だ。
「コイツがお風呂に入りたいって言うから私が一緒に行ってあげるだけよッ!」
「エージ、てめぇ……」
「ガキ、頼むから不適切な表現をやめてくれ」
「ガキって呼ばないで! 失礼ねッ!」
「あー ミス………なんだ、とにかく黙りやがって下さいませんかお嬢様、俺の名誉にかかわる問題だし、今なら命に係わる問題だ。おい団長、その物騒な刃物をしまってくれ。対魔獣兵装持ち歩くんじゃねえ」
刃渡り約60cmの断頭鉈。
オルガ自慢の黒鉈が陽を浴びてヌラリと光る。
魔導を通せば中型魔獣も一撃で切り裂く凶悪な武器も、完全に座り切った琥珀色の瞳も、とてもじゃないが息子と呼ぶ男に向けるものではなかった。
「エージ…… お前いつもは仲良しの首と胴が喧嘩してるクチか? あたしが今すぐ仲裁してやってもいいんだぞ」
「するかよっ! 何度も言うがガキは趣味じゃねえ。俺は胸と腰にたっぷりと脂が乗ったむっちりした女が好みだ。男に跨って積極的に腰を振るのが好きだとなお良い」
「ああ、なんてこったチクショウ、ウチのアホタレは小躍りしながらガキと一緒に風呂に入るなんて言いやがる。おお神よ、いい加減仕事しやがれクソったれめ! 次に会ったらアホみたいに太いのをブチ込んでやる!」
「話聞けよ団長」
教会関係者には絶対に聞かせられない罵詈雑言を喚き散らすオルガ。
天を仰ぎ、祈りになっていない祈りを捧げるオルガを横目に、通行人がヒソヒソ話をしながら通り過ぎる。
普通ならば咎められてもおかしくない場面だが、表立って突っかかってくる者はいなかった。
市民は隻腕のダークエルフ率いる傭兵団がこの街を救った事を知っているし、黒の大剣のエンブレムを胸に掲げた男に因縁をつけるほど命知らずでもない。
すると、一連の会話を聞いていた少女があわあわと手を振りながら割り込んできた。
「な、何言ってるのよッ? 銭湯に行くだけなのに何で一緒に入る事になってんのよッ! 私は女の子だしコイツはオッサンよッ! 別々に入るに決まってるでしょう!」
少女がビシっとエージを指さす。エージのこめかみにビキッと青筋が浮かぶ。
そしてオルガは「コイツは何を言っているんだ?」といった風に首を傾げた。
「あン? 公衆浴場は男も女も一緒に決まってんだろ。何言ってんだお前?」
その台詞に、少女は石のように固まった。
◇ ◇ ◇ ◇




