SS:檀さんは普通の人
恥の多い青春を送って来ました。
幼い子供はいろんな物に興味を持ちます。
それは何も知らないからです。
中学生になったくらいから、行動に理由を持つようになります。
例えば、絵を描くのが好きだから、絵を描く。
そういう理由で、私は漫画を描き始めました。
きっかけは小さい頃に描いた絵を褒められて嬉しかったとか、そんなことだった気がします。
今になって思い出すのは黒歴史ばかりです。
初めて描いた漫画は、落書きのようなものでした。
創作とは不思議な物で、描いた後になればいろいろ気が付くのですが、描いている途中には何も気付けません。まさに、無我夢中という言葉が相応しいでしょう。
どれくらい夢中になっていたかというと、思わず学校で描いてしまうくらいです。
ええ、もう落ちが見えますね。
ヤンチャな男子に見つかって、見事に晒されました。
私は彼等が憎くて、憎くて、しばらく家に引きこもって不良が酷い目に合う漫画を描き続けました。
そして最後はネットに投稿しました。
私は満足しました。
次の日から学校に戻り、軟弱な精神をぷるんぷるんさせながら、なんとか中学校を卒業しました。
中学での余生で心がバッキバキに折れた私は、遠い高校を選びました。極普通のコミュ障だった私ですが、ガリガリ勉強したおかげで民度の高い仲間に恵まれ、見事に高校デビューを果たしました。
高校生になった私は、美術部に入りました。
やっぱり絵を描くのが好きだったからです。
ここに私を知っている人はいない。
それはそれは気持ちよく絵を描けました。
ああ、木の葉の舞い散る様を描く私……なんて優美な女子高生なのでしょう。
しかし、そんな日々も長くは続きませんでした。
「あれ、まゆちゃんの絵、どこかで……」
なんということでしょう。
あの日ネットに投稿した漫画が、私の知らぬところで祭り上げられていたのです。
「やっぱり! うそアレまゆちゃんだったの!? 私あれ大好き!!」
まさかの大絶賛でした。
調子に乗った私は、新作を投稿しました。
あの時の屈辱と失った中学校生活を思い出しながら、奴等がひぃひぃ言う漫画を描きました。
絵UMEEEEEEEEEEEEEEEEE!!
神が成長して帰ってキタァアアアアアアアア!!
またも大絶賛。
私は来る日も来る日も漫画を描きました。
クケケケケと魔女のように笑いながら、いじめっ子が酷い目に合う漫画を描き続けました。
ネットでは大絶賛。
リアルでも友達から「スッキリする!」と嬉しい声。
しかし、あるとき急にモチベーションを失いました。
私、何やってるんだろう。
漫画の中で、あの人達をねちねち虐めて、みんなで笑っている。
それって、私の漫画を取り上げてゲラゲラ笑っていた人達と何が違うんだろう。
すると不思議なもので、これまで一緒に笑っていた友達が、急に怪しい人に見えました。
ちょうどその頃は受験勉強の始まる時期で、自然と私は一人で過ごすようになりました。
高校では絵を描いてばかりでしたが、それでも最低限の学力はありました。
きっと真面目に勉強すれば、そこそこ良い大学に入ることも出来たでしょう。
しかし私は、そこに意味を見出だせませんでした。
大学に行って何をするのだろう。
その問に答えを出すことが出来ませんでした。
特技を活かして美大に入るという選択肢もありました。
だけど当時の私は、なんとなく絵を避けていました。
最終的に、服に関係する短大を選びました。
絵を描いてきた影響か、漫画を通じたオタク趣味の延長か、私は手先が器用でした。
好きなキャラクターのグッズを自作することもあったし、これでいいかな、そんな感じに決めました。
両親は「おう、応援するぜ」くらいの軽いノリでお金を出してくれました。良い両親です。
短大での日々は想像よりも大変で、私はアヘアヘ言いながら授業についていきました。
そしてある時、私はまた漫画を描くことになりました。
学校で自由課題によるコンテストが開かれたのです。
私は迷いながらも、服を作るのが好きな女の子達が頑張って服を作る漫画を描きました。
そこそこ受けました。
そこそこ。
それは過去に漫画を描いた時の大絶賛に比べたら小さなものです。
だけど、漫画を描いてきて一番嬉しいと思えました。
やっぱり漫画が描きたい。
私は絵を描くのが好きなんだ。
とりあえず短大は卒業して、そのあと就職せず漫画を描く道を選びました。
親とは少し喧嘩しましたが、それなりに本気です。最後は納得してもらいました。
今になって思えばガバガバな将来設計です。
だけど当時は、やっぱり無我夢中でした。
好きな漫画を描いていきなり成功すれば最高ですが、それは難しいです。
だから最初は漫画を描き続けられるだけの資金を集めようと考えました。
私のわがままなのだから、両親のスネをガブガブすることは出来ません。
真っ先に思い浮かんだのは、あの漫画です。
しかし、いじめっ子を酷い目に合わせる話を描くことは出来ませんでした。
その苦しみを知っているから、誰かを酷い目に合わせる話なんて描けませんでした。
私は悩んだ末、じゃあ自分を酷い目に合わせればいいんじゃね?
ということで男性向けのエロ同人を描きました。
同人といっても、ほとんど一次創作です。
エロは金になるというのは常識ですし、自分を虐めるのならギリギリ許せます。
結果は大成功でした。
気が付けば、鬼畜同人の神という微妙に喜べない呼ばれ方をされるようになりました。
ちょっと豪遊したくなるくらいのお金が手に入りましたが、ほとんど全て貯金しました。
とにかく切り詰めて、まずは例のボロアパートに引っ越しました。
月々の家賃は一万円。もう少し安くて、しかも綺麗な部屋もいくつかありましたが、駅との距離とか周囲にある施設とか総合的に考えて、あの場所が私にとってのベストでした。
食事も、安く済ませられる店を探しました。
お風呂は……正直なところ、みさきちゃんと一緒に入るようになるまでは入らない日も多かったです。
とにかく切り詰めて、いつか描きたい漫画を描いて生活出来る日を夢見て頑張っていました。
あらためて、恥の多い青春を送ってきました。
漫画のせいで傷を負って、漫画のおかげで立ち直って、
漫画のせいで冷めて、漫画によって夢を持ちました。
私にはこれしかありません。
毎年コミケに合わせてえっちぃ本を描きつつ、新人賞に送る漫画も平行して描いていました。
しかし、あまりにも薄っぺらな人生を送ってきたせいか、物語が頭に浮かんできませんでした。
そんな時です。
天童さんと話すようになって、みさきちゃんと仲良くなったのは。
そして――
「それ、半分ならどうだ?」
「……え?」
私は聞き間違えたかと思いました。
どう考えても、そういう意味です。
他の意味なんて想像できません。
い、いやまさか〜
落ちがあるに決まってらぁ〜
「小日向さんが良ければなんだが……同じ部屋に引っ越さないか?」
二度目の言葉は、疑いようのないストレートでした。
なんということでしょう。
長年の夢が叶い、新人賞で大賞を受賞。
そのうえ、初恋の相手から同棲のお誘い。
あまりにも夢のような話で、私は頭が真っ白になりました。
もしかしたら本当に夢なのではないかと思って、頬をギュッとつねりました。
痛い。
どうやら現実みたいです。
私は、とりあえず返事をすることにしました。
「……え、あ、はい」
小日向檀、職業そろそろ漫画家。
少し早い春が来ました。