翌朝
朝だ、朝になった。
あのロリコンの会社も三が日は休みということで、今日までは休日である。
「………………………………………………」
なんとなく手を伸ばす。
もう片方の手で、それを握ってみる。
「………………………………………………」
にぎにぎ、にぎにぎ。
「…………………………」
もみもみ、もみもみ。
「…………」
パンッ、パンッ!
「やべぇ!」
思わず飛び起きた。
何故って、耐えられないからだ。
「俺は、俺は……」
思い浮かぶのは昨日のこと。
――一緒に探すとか、
「やめろぅぉおお!」
俺は、俺はなんて恥ずかしい事を口走って……ああぅぁっ、ああぅ! 過去の自分を殴ってやりたい!!
あれから部屋に戻るまで結衣のやつ一言も喋らなかったけど、まさか笑いを堪えてた!?
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!」
これはもう!
叫ばずには!
いられない!
「ッ!?」
そこでふと気が付いた。
寝起きに暴れ回ったということは、つまり……
「うぉぉみさきぃ! 無事か!?」
咄嗟にみさきの姿を探して、直ぐに体がいつもより重たい事に気が付いた。
視線を落として自分の腹部を見ると、いつも通りみさきがくっ付いていた。
「……うそだろ」
意外な握力を発揮していることもそうだが、あれだけ騒いだのに、まるで聞こえていなかったかのように安らかな寝顔。
「なんという順応力ッ」
思わず刮目した。
その先で、みさきの口がもにょもにょ動く。
「……トマト、たべて」
どんな夢を見ているのか想像することは容易くて、なんだか和んだ。
だから俺は、のんびり二度寝することにした。
*
「ママ! おはようございます!」
「はい、おはようございます」
戸崎家の朝。
顔を洗ってパッチリ目が覚めたゆいは、朝食の準備をしている結衣に元気な挨拶をした。
そこで、むむむと首を傾ける。
ママに様子がいつもと違う。
「ママ?」
「はい、どうしましたか?」
すっごい、ニヤニヤしている。
「……一緒に探すとか、そういうことなら、興味ある。ふふっ……興味あるっ」
なんか、言ってる。
「ママ?」
「はい、ママですよ」
これは、何かあったぞ。
「……興味ある。ふふふっ……一緒に探すとかっ、ふふっ、ふふふふ」
ゆいは思う。
きっと昨日のデートが成功したに違いない。
「ママ!」
「はい、先程からどうしましたか?」
ちゃんと聞こえている。
ゆいはそれだけ確認して、
「きかせて!」
ピタリと、結衣は動きを止める。
「聞かせてあげましょう!」
待っていましたとばかりに目を輝かせて、結衣は語り始めた。
「単刀直入に言って、ママ達は相思相愛でした」
「そうしそうあい!」
「相性も抜群。好みもピッタリ一致しています」
「あいしょうばつぐん!」
「それから見てください、この服! プレゼントしてくれました! 七万円、現金一括ですよ!?」
「かわいい!」
「はいっ、ありがとうございます。次の仕事までは絶対に脱ぎませんからね」
「ひゅー!」
よかったねママ!
ゆいは全身全霊で祝福を表現する。
その様子を見て結衣は満足しつつ、いくらか改竄された昨日を思い出していく。
ちょっとした失敗はあったような気がするけれど、果たして通じ合うことが出来た。
繋いだ手の感触は今でも残っている。
帰り道、あの幸せな時間を結衣はきっと忘れない。
いつまでも続くと思われた時間は――みさきを怒らせたゆいによって終わったのではなかっただろうか。
「ゆい、朝食はトマトにしましょう」
「え!?」
天国から地獄。
ゆいは過酷な戦いを強いられることになったのであった。
*
「……二度寝、できない」
久々だ。
次から次に浮かぶ言葉が睡眠を許してくれない。
「逆に、みさきは良く寝るようになったな」
俺より早く起きて寝顔を見ていたみさきは、どこへ行ってしまったのだろう。最近では俺の方が先に起きて、みさきの寝顔を見ている。というか見る度に寝ているような気がするけれど、眠りが浅かった日々の反動だろうか?
「交際って、何をするんだ?」
さておき、最も俺を悩ませている疑問はこれだ。
恋とか愛とか、そういう類の感情は良く分からない。
ネットで検索してみると、辞書には以下のように記されていた。
恋:異性に愛情を寄せること、その心
愛:そのものの価値を認め、強く引きつけられる気持
言葉の意味は分かる。
愛情とか、価値を認めるとか、強く引きつけられるとか……。
みさきへの感情が、最も近しいのだろうか。
俺はみさきの為なら何だって出来る。
だけど、この感情は恋や愛とは違うのだろう。
同じ愛情でも、あくまで親が子に向ける当たり前の――特別な感情だ。
そういう意味の愛情は、すんなり理解できる。
だけど別の意味の、異性へ向ける愛情というのは、まるで分からない。
ひとまず、辞書にあった単語と結衣を照らし合わせよう。
異性に愛情を寄せること。
俺は結衣に愛情を寄せているのか……これは、違う気がする。
ならば、そのものの価値を認めていること。
俺は結衣の価値を認めているのか。そんなことは考えるまでもない。
では最後に、強く引きつけられる気持ちがあるか。
俺は結衣に……どうなのだろう。
自分と良く似た相手だとは思う。
似ているというのは、境遇のことだ。
逆に考え方とか趣味嗜好とか、そういうところはまるで違う。そんな彼女に引きつけられる気持ちは……意味合いは異なるけれど、興味はあるのだと思う。
結衣と過ごす時間は心地よい。
あの無駄にトゲのある言葉を聞いていると妙に落ち着く。
なんというか……そう、壁が無いのだ。
そこまで考えた時、聞き慣れた着信音が耳に届いた。
確認するまでもなく、相手は結衣だろう。
直前まで彼女のことを考えていたからか、俺は少しだけ電話に出るのを躊躇った。
……いやいや、電話に出るだけだろ。
『おはようございます』
「おはよう。今日はどうした?」
『なんですか、その嫌そうな態度』
「ああ悪い、多分寝起きだからそう聞こえるだけだ」
『寝起き? もう八時ですよ』
「マジか。みさきがまだ寝てるから、てっきり七時くらいかと」
『まったく、しっかりしてください』
いつも通りやりとりだ。
昨日の事を考えると、どこかほっとしたような、がっかりしたような。
……がっかり? 何に?
『さて、早速ですが要件を言わせて頂きます』
電話の向こうから呼吸を整える音が聞こえて、
『……もう一度、手を繋ぎたいです』
俺は一瞬だけ頭が真っ白になって、
「そ、そうか」
『……はい、そうです』
ちょっと待て。
おかしい、お前そんな感じだったっけ?
『何か予定がありますか?』
「特に、無い」
俺もおかしい。
こんなカタコトで話すタイプじゃなかったはずだ。
『では……今から、会えますか?』
「今からは、難しい」
『……そう、ですか』
「だから、みさきを起こして飯を食べて、その後に、またかけなおす」
何だこれ。
まるで違う二人が勝手に会話をしているような気分だ。
『分かりました。待っています』
「ああ。それじゃ、また」
短い会話の後、あっさりと電話が切れる。
俺はケータイを片手に、みさきが寝返りを打つまでの間、放心していた。
「……りょーくん?」
「おはよう。起きたのか」
「……ん」
うーんと背伸びをするみさき。
大きな欠伸をひとつして、大きな目でゆっくり瞬きをする。
「おなかすいた」
その一言で、また新しい今日が始まった。
まったく新しい、今日が始まろうとしていた。






