みさき、りょーくん結婚してもいいかな?
朝だ。朝になった。
何処からか入り込む光で部屋の中が少し明るくなっていて、なにより、みさきが動き始めたことで分かった。
みさきはいつも六時くらいに目を覚まし、何故か俺の上に乗る。
冬だから暖かい場所を求めているのだろうか。
なんとなく、手探りでみさきの頬を突く。
パクリと甘噛みされた。
「こらこら、食べ物じゃねぇぞ」
「……」
……寝てるのか。
みさきは食べるのが好きだから、夢の中で何か食べているのかもしれない。
それを微笑ましく思いながら、そっと指を引き抜く。すると今度は手で掴まれた。みさきの手は俺の指を一本掴むのがやっとの大きさで、力だって相応にしかないけれど、一度掴まれたら逃れることは出来ない。
俺はこの上ない幸せを感じながら、またぼんやりと天井を見上げる。
……小日向さんが東京に、か。
頭に浮かぶのは、もちろん昨日のことだ。
あの後、小日向さんは直ぐに話題を変えた。どういう意味の言葉だったのかとか、いつまでに返事をくれとか、そういうことは何も言わなかった。
あの言葉の意味。
それを考えた時、引っ越す直前に結衣が言っていた言葉を思い出した。
――交際もしていない女性と、同棲するのですか?
成人した男女が同じ場所に住むことが持つ一般的な意味。しかし一般社会に疎い俺はまるで意識していなかったし、小日向さんも似たような感じだと思い込んでいた。
……勘違いだったってことだよな。
だけど、何故あのタイミングなんだ?
口調だって普段と変わらない感じだった。
純粋に東京へ行こうかどうか悩んでいるって考え方も出来る。
でもそれなら、あんな言い方にはならないはずだ。
――このまま私と一緒に暮らすかどうか、天童さんが決めてください。
この言葉だけ切り取ったら、漫画のことなんて口実くらいにしか思えない。
小日向さんは今の生活……いや、今の俺達の関係について言及していたとしか思えない。
だからこそ、何故あのタイミングなのだろう。
あまりに唐突で、全く思考が追いつかなかった。
……とにかく、返事をしねぇと。
期限は設けられていないけれど、話の流れから考えると、次の休日だろうか。
その日は小日向さんと一緒にアニメを見る約束をしている。あれも意味のあることだったとすれば、そこで返事をしなければならないのだろう。
「……返事って、それって」
――小日向さんと一緒にいたいか、そうじゃないか。
そんなの一緒にいたいに決まっている。
でも彼女が言ったことの意味は、そうじゃない。
この先もずっと一緒にいたいかどうか。
つまりは、遠回しなプロポーズ……なのか?
「……マジか」
思わず声が出た。
上手く表現出来ないけれど、まさに、そんな心境である。
朱音の件だって返事を保留にしたままだし、そのうえで小日向さんにも……どうすんだよこれ。
「……頭痛くなってきた」
ほんと、俺、どうすればいいんだ?
溜息混じりにそう考えた時、何かが頬に触れた。
何かって、みさきの手だ。
「あたま、いたい?」
「起きてたのか。ありがと、大丈夫だ」
「……ん」
みさきは頷いて、うーんと背伸びをする。
実にマイペースな姿を見て、俺もすっかり脱力した。
「なあみさき、りょーくん結婚してもいいかな?」
あまりにも力が抜けて、思わずそんなことを聞いていた。
バカか俺。みさきに聞いたって仕方ねぇだろ。
「……だめ」
「悪い、忘れてくれ」
可愛らしく首を傾けている姿が目に浮かぶ。
結婚がどうこうって、そんなのみさきに分かるわけ――
「みさき、今なんて言った?」
俺は視線を下に向けて、みさきに問いかけた。
みさきは少しムっとした表情で俺を見ている。
そして、もう一度同じ言葉を口にした。
「だめ」
ほんの少し前の話である。
みさきは、龍誠の様子がおかしいと感じていた。
だけど理由が分からなくて、なんでだろうと不思議に思っていた。
そんな時、漫画でこんな言葉を見た。
結婚は人生の墓場。
墓場、はかば、おはか。
おはかは、かなしいところ。
結婚という言葉には聞き覚えがある。
思えば、りょーくんの様子がおかしくなったのは、その言葉を聞いた後からだ。
りょーくん、かなしい?
良く分からないけれど、結婚という悪者がりょーくんを悲しくしていることは分かった。
だから、ダメ。
りょーくんは、結婚しない。
昨日、龍誠が家に帰った後、みさきは密着して離れなかった。
決して甘えていたのではない。
半分くらいはそうだけれど、もう半分は違う。
あれは、龍誠を守ろうとしての行動だったのだ。
「……まかせて?」
唖然とする龍誠に向かって、みさきは言った。






