表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/100

SS:眠れない夜 ー朱音ー

 ……プロポーズ、しちゃった。


 夜、朱音は布団を強く握りしめた。そのまま布団を持ち上げて顔を隠すと、逆に足が出る。それが冷たくて身体を丸めると、落ち着かなくて手足がもぞもぞ動く。


 朱音は布団の中で何度も姿勢を変えて、やがて勢い良く身体を起こした。


「…………どうしよう」


 あの時は勢いに任せて口が動いてくれたけれど、時間が経って熱が冷めた今、激しい後悔に襲われている。


「何であんなこと言っちゃったんだろ……」


 あの言葉に嘘は無い。

 あの女と龍誠が話しているのを見て、龍誠が手の届かない所に行ってしまうような気がした。それが嫌で、堪らなくなって、気が付いたらあんな話になっていた。


 龍誠と一緒に遊べるのは嬉しい。だけど今度の約束は遊ぶ約束じゃなくて、結婚を前提にデートしてくれというもので……そう思うと、途端に顔が熱くなる。


「頷いてくれたってことは、その気があるってことなのかな?」


 そしたらどうしよう。そのまま結婚しちゃうのかな。結婚ってなんだろ、どういうことなんだろ。というか、そもそも次の、で、デートで、失敗とかしたらどうしよう。つうかデートって何すればいいんだ? 服とか場所とか、話とか……いつも通りでいいのかな? でもそれじゃデートとは違うっていうか、なんかもっとイメージ的には特別な――


「……」


 朱音はキュっと唇を結んで、スマホを手に取った。そのままポチポチ操作して、いつも使っているアプリを起動する。それから、この時間も起きていて、かつ恋愛経験が豊富そうな知り合いに向けて短いメッセージを送った。


 相談がある。


 その僅か五秒後。

 着信、あり。


「……こわ」


 自分から連絡しておいて、あまりの反応の早さに恐怖する朱音。

 軽く息を吐いて、頬を叩く。それから電話に出た。


「……もしもし?」

「姉さんこんばんは! 相談って何すか?」

「うん、大したことじゃないんだけど……今って平気か?」

「全然平気っすよ。ネジ眺めてただけなんで」


 ほんとにネジ好きだな。

 心の中で呟いて、どういう質問をしようか考える。


 出来れば遠回しに聞きたい。

 でもちゃんと伝わらなきゃ意味ないし、どうせ隠してもバレる。

 それならいっそストレートに聞いてしまおう。


「あのさ、デートって何すればいいの?」

「え、え、え?」

「……だから、デートって何すればいいの?」

「ちょ、待ってください。もうちょい詳しく教えてください」

「なんつうか……プロポーズ、しちゃった」

「……」


 電話の向こうで絶句しているのが分かる。


「で、今度の土曜にデートすることになった」

「……マジっすか?」

「マジ」

「……マジなんすか?」

「マジ」

「マァジっすか!? マジなんすか!?」


 声でかい。

 朱音は少し音量を下げて、もう一度。


「マジ」

「いいいぃぃぃぃぃぃやっほぉぉぉぉおおおおおおぅ! 流石姉さんっす! ぱねぇ! マジぱねぇ!」


 スマホから鳴り響く大音量。

 朱音はビクリと身を引いて、電話を切った。


 直後、着信。


「ちょ何で切るんすか」

「声でかい。壁薄いから、隣のヤツに聞こえる」

「隣って松木と竹下じゃないっすか。むしろ聞かせてやりましょうよ! この華麗なる勝利宣言を!」

「やだ。恥ずかしいじゃん」

「これからもっと恥ずかしいことする人が何言ってんすか!」

「そんな、恥ずかしいこととか、しないし」


 朱音は限界まで音量を下げて、会話を続ける。


「それで、何すればいいのかとか、分かるか?」

「そっすねぇ……手っ取り早く既成事実を作っちゃうのがいいんじゃないすか?」

「既成事実?」

「はい!」


 朱音は目を閉じて自分の記憶に語りかける。


「それって、その……手を繋ぐとか?」

「……はい?」

「だってほら、恋人って、なんか、みんな手を繋いでるだろ?」


 電話の向こうで、朱音の相談相手である茶髪のしーちゃんは絶句した。


 これギャグ?

 それともマジ?

 姉さんピュアだけど、流石にここまでピュアってことは……いやでも姉さん小学校もまともに行ってなかったらしいし、ガチで天然モノって可能性も……。


「そこに気が付くとは……流石姉さんです」


 果たして彼女は可能性に賭けた。


「ですが、姉さんは世のカップル達がどうして手を繋ぐか知っていますか?」

「知らない」

「それはですね、実は……子供を作ってるんすよ」

「こ、子供!?」


 思わず大きな声を出した後、朱音はハッとして口を手で塞ぐ。


「……それ、マジなのか?」


 その言葉を聞いて、しーちゃんの目は煌めいた。


「はい、マジです」

「……そう、なんだ」


 衝撃の事実(嘘)に困惑する朱音。

 一方で無垢な大人に嘘を吹き込んでいる汚い大人は、悪い笑顔で話を続ける。


「姉さん。これから言うことをよ〜く聞いてください」

「……分かった」


 それから日が昇るまでの間、二人は話し続けた。







 龍誠は、誰かに好かれた経験が殆ど無い。

 もちろん誰かに恋をしたことも無い。


 それは彼に好意を寄せる三人も同じで、誰にとっても初めての経験だ。


 朱音は自分の感情に任せて行動した。

 結衣は理詰めで考えて、想定外の出来事に悶えた。

 檀は悩み、不安と恐怖から感情を押し殺してしまっている。


 どうするのが正解かなんて、きっと神様にだって分からない。だから誰もが不安を抱え、ひとつひとつの出来事に一喜一憂する。とにかく手探りで、真っ暗な世界で綱渡りでもしているかのように。


 どこかに答えが書いてあったらどれだけ気持ちが楽になるだろう。

 どこかで練習出来たら、どれだけ不安を自信で塗り替えられるだろう。


 もちろん答えなど存在しなくて、練習も出来ない。

 だってこれは、世界でたったひとつの、人生で一度きりの、初恋なのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

▼この作者の別作品▼

新着更新順

 人気順 



▼代表作▼

42fae60ej8kg3k8odcs87egd32wd_7r8_m6_xc_4mlt.jpg.580.jpg c5kgxawi1tl3ry8lv4va0vs4c8b_2n4_v9_1ae_1lsfl.png.580.jpg
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ