第81話 北の軍勢
改稿済みです。
「状況は!?」
俺はガウの報告を受け、城郭内に作られた物見やぐらまで来ていた。
この城郭は出来て間もなく、防御的な意味合いは無いに等しいが、この規模の城に対しては上等な作りと言える。
俺が物見やぐらに入ると、既にソク、ゾノ、リンカ、シュウ、ガラといった面子は揃っており、すぐにでも軍議を始められる状態であった。
「来たかトーヤ殿。早速だが、あれを見てくれ。……北の軍勢は既にここから見えるくらいの距離まで来ている」
言われるまま覗き窓から外を見ると、かなり遠いが旗らしき物が見える。あれは北の住民を象徴する旗なのか?
自分達の領域を定めたり、旗を掲げたりと、一端の国気取りなのだろうか。
「ボタンの報告では奴等、本格的な武装はしていないらしい。だから、いきなり戦闘になるようなことは無いだろうと思う」
「……示威行進ってヤツか」
「恐らくは……、だがな」
話に聞いた限りでは、北の連中はかなり慎重な者達だという。
それにしてはかなり大胆な行為だと思うが、敵対者には容赦しないという彼等にとって、俺の行動は許しがたい行為だったのかもしれない。
「トーヤ様、俺の下に配属された元西の連中の話じゃ、奴等始めは必ず忠告というか、脅しから入るらしいですよ。だから今回も、まず間違い無く脅しが目的かと……。ただ、あれだけの規模は初めてのことらしいので、相当な内容を要求をされる可能性がありますよ……」
シュウの言葉に、同じく西の者を配属したガラが頷く。
相当な要求、ね……。恐らく俺の命もそこに含まれているんだろうなぁ……
「トーヤ殿、どんな要求も受けては駄目だぞ。屈すれば、平定など夢のまた夢。徹底抗戦すべきだ」
「……ああ。もちろんそのつもりだよリンカ」
しかし、北の軍勢は見えているだけでも100人を超えている。
対するこちらの人数は最大でも80人弱。恐らく倍近い戦力差があると思った方が良いだろう。
質の差については不明だが、こちらの主戦力がゴブリンやオークなことを考えれば、そちらも劣ると思われる。
もしやり合うことになるのであれば、可能な限り準備を整える必要がある。
その為には、少しでも時間を稼ぎたい所だ。
(内容次第だけど、条件を呑んだフリをすることも考えるか……)
「……よし、まずは念の為に戦闘に備えようか。各隊長はそれぞれ準備にかかってくれ! シュウは俺と一緒に上に来てくれ」
「護衛兼威嚇って所ですかね。了解です」
「ゾノ、ザルアさんは?」
「親父の部隊は城壁の上に均等に配置中だ。合図を出せば、いつでも術を仕掛けられる」
「流石ザルアさん。でも、基本的に攻撃はしないように頼む。仮に攻撃されても、土壁や空壁などで防御に徹するよう伝えてくれ」
「わかった」
「ライとスイセンは護衛を頼むよ。……じゃあ、行こうか」
「「ああ(はい)!」」
さて、あとはアチラがどう出るかだな……
◇
城門の前、正確にはその先に掘られた堀を挟んだ向こう側に、レイフの森北部の者達が集まっている。
その先頭、リザードマンらしき男が一歩前に出るようにして立っている。アレが代表者か?
「南の雑兵共よ!!! 俺の名はジグル・臥毘! ここの代表のトーヤという者を出せ!!!」
「……俺がトーヤだ! お前達は何の目的でここに来た!」
俺が反応すると、先頭のリザードマン達が一瞬シンと静まる。
が、次の瞬間それは嘲笑へと変わった。
「お、お前が!? オイお前ら! 聞いたか!? アレがここの長だとよ! 荒神から派遣された将軍だっつうから、どんなゴツイ獣人かと思ったら、あんな情けない薄血種だとはな! 魔王もついにボケたんじゃねぇか!? ガッハッハッハ!」
……うむ、ここまでの反応をされるとは思わなかったが、まあそれはいい。
隣のスイセンやライは少しムッとしているが、まあ二人なら迂闊なことはしないだろう。
「ちなみに、薄血種ってのは?」
「……獣の血が薄い獣人の蔑称です。私もどちらかと言えば薄血種ですが、トーヤ様は人族なので、そう勘違いされたのかと」
「……なるほどね」
まあ、やはり差別ってのはどこでもあるよな。
スイセンは確かに、他の獣人と比べれば若干毛が薄い気がするが、耳とかはまんま犬だし、獣人としては違和感が無い気がするけどなぁ……
「オイ! 何ボソボソ喋ってやがるんだ!」
「あ~、いや、別に。それより、さっきの質問に答えてくれないか?」
自分達のことは棚に上げ、随分な物言いだなぁ……
ここまで来ると腹を立てる以前に、呆れてくる。示威目的なのかもしれないが、これではむしろ逆効果だ。
「あぁ!? そんなこと、決まってるだろうが!? 先日の不法侵入に加え、幹部のバラクルまでヤッておいて、まさかしらばっくれるつもりじゃねぇだろうな!?」
「……バラクルの件は、アイツが先に売ってきた喧嘩を買っただけだ。 そっちにとっては不利益だったかもしれないが、俺達が責任を負う理由はないだろう。あと、不法侵入と言うが、別にこの森はお前たちの領土じゃない筈だ。不法も何もないだろう」
俺がそう返すと、再びリザードマン達が沈黙する。
俺に反論されるのが意外だったのだろうか?
まあ、俺の見た目が大人しそうなので、脅せばビビるだろうと思っていた可能性は十分あるな。
「……オイ、お前、新参者だからって、まさかここの掟を知らないってワケじゃないだろうな?」
「掟? それも、お前達北の連中が勝手に決めたことだろう? この亜人領の王である魔王キバ様が決めた掟ってことならともかく、ここに居座っているだけの者が決めた掟に従う必要なんてないと思うが?」
「……おいおい、見た目の割に善い度胸してるじゃねぇか。だが、あまり調子に乗るのも良くないと思うぜ? なんなら今からこの城を攻め落としてやっても構わねぇんだぞ?」
「……そっちがそのつもりなら、こっちも徹底抗戦するだけだよ。でも、最初からそんなつもりないんだろう? 下らない駆け引きは要らないから、さっさと用件を言ったらどうだ?」
俺の言葉に対し、なおも食い下がろうとする臥毘。
それを制するように、やや小柄だが緑色の肌をした男が前に出る。
「……臥毘、お前はもう下がれ。ここからは私が話をする」
前に出て来た男は、肌の色から判断するとトロール……なのだろうか?
体格といい、少し普通のトロールとは違う雰囲気なことから、恐らくはイオと同じ他の種族とのハーフか?
「私は一応、このレイフの森北方の軍勢をまとめているグラという者だ。……さて、トーヤ殿と言ったか。全く、本当に良い度胸だよ。こちらが武装していないことから強気に出たのだろうが、本当に攻め込まれたらどうするつもりだったのだ?」
「……北の連中は慎重だと聞いていたからな。それはないと思っていたよ。まあ、戦闘になっても良いように準備はしていたがね」
「クック……、成程な。では、望み通り茶番はこれで終いにしよう。早速だが、こちらの要求を述べさせて貰う。貴様らは、我々北の領域に対する不法侵入を行い、幹部およびその配下に手を出した。その対価として、我々は貴殿の首と、バラクルが狙っていたというエルフの身柄を要求する」
やはり、俺の首が狙いか。
しかも、ちゃっかりアンナ達まで要求してくるとは……
彼女達を狙っていたドグマは既に排除している。
その顧客リストに載っていた買い手についても、ソウガが対応しているハズだ。
まさか、他に買い手でも現れたのか? それとも、他に目的があるとか……?
「……しかしだ、少々気が変わったよ。なあ、トーヤ殿。我々の同士にならないか?」
「な!? グラ殿!?」
「……なんだ、異論があるのか? 臥毘」
「い、いや……、しかし……」
「私が決めたことだ。異論は認めんぞ。……さて、どうだトーヤ殿? 悪くない条件だと思うが? そちらの組織力から考えれば幹部待遇もしてやれるだろう。この地を平定するという、貴殿の目的も果たせるのではないか?」
……そう来たか。
グラという男の要求は、確かに前の要求に比べれば天と地程の差がある。
この森を平定する上でも、この要求は悪い条件ではない。
しかし……
「……無条件というワケではないだろ? 俺達を取り込んだとして、何をするつもりだ?」
「無論、この亜人領を支配するのに協力して貰うつもりだよ」
亜人領の支配、ねぇ……
まあ、そんなことだろうとは思っていたけど。
「……俺は一応魔王の配下なんだが」
「貴殿が魔王の配下になったのは、この地の安全の為なのだろう? それさえ叶えばどこに属そうと構わない筈だが?」
成程、俺が魔王についた背景も調査済ってことか。
あのリザードマンとは違って、この男は意外としっかりしているようだ。
「……まあ、確かに俺の目的は、この地の仲間を守ることだったよ。その為に魔王の誘いに乗ったというのも間違いじゃない。ただ、どこに属そうともっていうのは違うな。俺は少なくとも魔王と敵対する気はないし」
魔王の実力を知っているだけに、あんなのと敵対する気には到底なれない。
しかも、今は仲間内に魔王の家族までいるのだ。
「だから魔王側に属すると……。しかし、わかっているとは思うが、魔王にも敵は多いぞ?」
それは十分に理解しているのだが、それでもやはり、魔王と敵対するよりはマシだと思える。
確かにあの魔王には敵が多いようだが、それを理由にわざわざこの地を狙う理由は薄いだろうしな……
「……それは否定しないよ。でも、そもそも魔王に勝てる勢力なんてどこにもないだろ?」
「今はな。しかし、我々はその準備を着々と進めている。いくら魔王と言えど、数万を超える兵を相手にすることなどできまい」
数万って、そんな人数を用意できる算段があるのか?
……いや、それができるならここに来た人数が100程度であるのはおかしいだろう。
流石にちょっと盛り過ぎなのではないだろうか……
「……そんな人数が用意できるとは思えないが」
「今はまだ、準備を進めている段階だからな。とはいえ、10年後にはその準備も整う算段だ」
……何の保証も証拠も見せずにそんなことを言われても、信じろという方が無理な話だ。
まあ、仮に真実だとしても乗るつもりはないが。
「……悪いけど、そんな不明瞭な話に乗るつもりはないよ。仮に、本当に数万の軍勢が用意できたとしても、魔王を倒せるとは思えないしな」
「……まあ、そう思うのも仕方はないか。しかし、そうなるとやはり貴殿の存在は目障りだな。先程の要求を呑まないのであれば、戦になるぞ?」
「……それしかないのであれば、その覚悟はできているよ」
「そうか……。であれば、容赦はしないぞ。全力を以て貴殿らを殲滅してくれよう。今夜は精々、最後の晩餐を楽しむといい……」
そう言うと、グラ達は北へと引き返して行った。
グラの言葉を信じるのであれば、少なくとも今夜中の襲撃はないのだろう……が、安心はできない。
いつでも応戦できるよう、すぐに準備を始めよう。