第80話 迫りくる者達
改稿済みです。
――闘仙流の稽古を開始してから2週間目。
子供達は順調に魔力操作、魔力感知技術の腕を上げている。
中でもアンナ達姉妹は特に優秀で、既に基本技術に関してはほとんどマスターしてしまっていた。
アンナに関しては、正直もう俺を超えているかもしれない……
「ぜぇ……、ぜぇ……、た、大したものです……。アンナさん……」
「ぜぇ……、ぜぇ……、つ、次、はっ……、負け、ません……」
アンナの相手は、相変わらずスイセンが務めている。
しかし、その稽古内容は最早他の者達とは別次元のものになっていた。
本来この稽古は、こんなハイスピードで行うものでは無いんだがなぁ……
「……みんなはアレを真似しないように。悪い癖がつく」
「「「「大丈夫です! できません!!」」」」
「まあ、そうだよな……」
何事にも得意不得意は存在する。
才能の差と言ってしまえば身も蓋も無いが、種族の差などもある為そこは仕方のないことだ。
しかし、それは言い換えれば個性と呼べるものでもある。
それを踏まえ、子供達には武術以外にも魔法、裁縫、料理、読み書きなどの指導も始めていた。
配分としては、学校の時間割のように大体1時間~2時間程の区切りで、月の1刻(約18時)くらいまでを目安に、各授業を割り振っていた。
無論子供達だけでなく、希望者であれば誰でも参加できる形式にしているのだが、中々に好評で参加者は日に日に増えている。
寒くなるにつれ農業よりも内職等が増えており、時間の融通が利くようになったのも要因になっているようだ。
講師向けの人材も豊富な為、そういった人たちには給金(現物支給だが)を支払って指導をお願いしている。
魔法の講師をしているザルアなんかは、既にかなりの人気者となっていた。
彼の指導は非常に解りやすく、熟練の術士であるボタン達も感心している程だ。
俺も武術以外では、ライと共に裁縫の講師をやっていたりる。
参加しているのは主にアンナ達含む女性陣で、そこには意外にもリンカやイオの姿もあった。
「くっ……、何故トーヤ殿はそんなに裁縫が上手いのだ……」
悔しそうに言うリンカに、俺は苦笑いで返す
リンカは初め、講師陣の中に俺の姿を確認すると急に逃げ出そうとした。
それをイオに阻まれ、今では渋々といった感じで俺の始動を受けている。
「まあ、俺もライも服とかを作って売り物にしていたから、自然とな」
売り物にする以上、下手なモノは作れない。
その為、俺はライからしっかりと裁縫について学び、それなりの技術を身に着けていた。
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――レイフ城・調理室
「入らせて貰うぞ」
大きな体躯の割には控えめな態度で、ガウが調理室に入って来る。
「ガウ!? なんでアンタがここに!?」
「トーヤ殿がここにいると聞いてな。……そういうジュラこそ、何故こんな所にいる?」
「何言っているんだガウ。そんなの、料理を学ぶために決まってるだろ?」
現在、この調理室では料理の講習が行われている。
シア達オークのご婦人方が講師となっており、こちらも中々の人気を博していた。
「ジュラが料理だと……? 一体何故……」
ガウにとっては、そもそもジュラが料理をすること自体不思議なようである。
「ガウ、ジュラは母となる身なのですよ? 料理を覚えようとするのは当然のことでしょう」
ガウの若干デリカシーの欠ける言葉に対し、イオは呆れ顔で言う。
それに対し、ガウはとんでもないことを聞いたとばかりに目を見開いていた。
「…………今、母と言ったか?」
「言いましたが……、まさかガウ、貴方、ジュラが身籠っているのに気づいていなかったんですか?」
「身籠っているだと!? 馬鹿な! 誰の子だ!」
けたたましい程の大声を張り上げるガウ。
ここにいるのは基本的にか弱い女性ばかりなので、皆その大声に身をすくめてしまう。
「大声を出さないで下さい馬鹿ガウ。他の者が怯えています」
「す、すまん……」
「全く……。それにしても、貴方は本当に鈍い男ですね」
確かに、それは俺も思った。
はっきりと明言したワケでは無いが、ジュラが身籠っていることについては、多くの者が気づいている。
小人族の救出に向かう際に、俺がジュラの参戦を引き留めたのもそれが理由だしな。
「し、しかし、一体誰の……。いや……、まさか……」
「……そうよガウ。ここに宿っているのはゴウの子よ」
そう言ってジュラは、まだ膨らんでいない自分のお腹をそっと撫でる。
「そ、そうか……。やはりゴウの子か……」
複雑そうな表情見せるガウ。
正直に言って、俺としても複雑な気持ちではある。
あの日ジュラはゴウに襲われ、その結果として妊娠してしまったのだから……
「……ガウ、複雑な気持ちは私も一緒だ。だがそれでも、私はこの子を産み、育てると決めている。たとえお前が止めようとも、従う気はないぞ」
ジュラの決意は固い。
それを感じ取ったのか、ガウも言いかけた言葉を飲み込む。
「……ジュラがそう決めたのであれば、好きにしろ。……ただ、もしその腹の子が多頭であれば、わかっているな?」
「わかっている。もし手に負えぬと判断したら、私がこの手で……」
多頭のトロールは、残虐で狂暴な性質を持つと言われている。
実際、ゴウはその通りの性質を持っていたがゆえに、俺達の手で討つこととなったのだ。
しかし、多頭のトロールが生まれるのは非常に稀なケースであり、血とは関係なく突然変異的に生まれるという話であった。
そしてその可能性は本当に低いようで、ゴウを含めても歴史上3人しか確認されていないらしい。
つまり、ジュラのお腹の子が多頭である可能性はほぼ無いと言っていいだろう。
……ただ、それでもやはり、考えてしまうのは仕方が無いのかもしれない。
血は関係ないとしても或いは……、そう考えてしまうのも無理は無い。
そう思えるほど、ゴウの印象は強く残っている。
「……そうならないように、俺達も全面的に協力するさ。ゴウの時とは違って、多頭の特徴も少しは把握できているんだ。必ずしもそうしなければならないと、俺は思っていないよ」
「トーヤ殿……」
多頭のトロールは、頭以外の部位や欲望などについても、普通のトロールより多いことがわかっている。
そしてそれこそが、多頭のトロールの狂暴性に繋がっている……と仮定していた。
その仮定が正しければ、育成の段階で手を打てば、狂暴性を抑え込めるのではないか? と俺は考えている。
「……ありがとうございます。トーヤ殿」
ジュラもガウも、穏やかな笑みを浮かべている。
最悪の場合、戦闘になるかもしれないとすら思っていたが、杞憂だったようだ。
「……って、そういやガウは俺を探していたみたいだが、結局何しに来たんだ?」
「おお! そうであった! つい先程、元オークの集落で見張りをしていた者達から伝令があったのだ。北方から、100名程の集団がこちらに向かっているらしい」
「…………へ?」
ガウが報告してきた内容は、想像していたよりも遥かに重大な内容であった。
というか……
「そういうことはもっと早く言ってくれよ!?」