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魔界戦記譚-Demi's Saga-  作者: 九傷
第2章 レイフの森 平定編
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第75話 闘仙流

改稿(差し込み追加)済です。



 俺達は場所を地下の訓練施設に移し、組手形式で攻防についての研究を開始した。

 組手と言っても普段やっているような実戦形式とは異なり、一手一手の動きを確かめる為、非常に緩やかな速度で行っている。

 魔力の流れを感じ取り、自分がどのように動くのか常に考え、より最適に近づける為の訓練だ。


 俺達はこの組手を数時間程続けていた。

 通常の組手であれば、数十戦はこなせてもおかしくない時間である。

 だというのに、俺達はこの組手を始めてから、まだ4戦しかこなせていなかった。

 しかも、一戦一戦の時間は徐々に伸び続けている。

 そして……



「……参った。流石スイセンさんだ。もう大分慣れたみたいだね」



 5戦目にして、ついにスイセンの掌底が俺の顎先を捉える。

 元々魔力の扱いが上手かったとはいえ、驚くべき呑み込みの早さである。



「これは、獣神流の技かな?」



「はい。『振牙』といいます。『剛体』破りの一つで、触れて顎を押し込み、顎を外したり脳震盪をおこさせる技です」



「……成程。致命傷には至らないだろうけど、かなり効果的な技だね」



 噛む力――つまり咬合力は、運動能力と密接な関りがある。

 歯を食いしばるという行為自体が、強い力を出すのに必須と言っても過言では無いだろう。

 それ故に、戦闘中に顎を外されれば、攻撃にも防御にも大きな影響を与えるのことになる。

 当然、脳震盪を起こせば大きな隙をさらすことになるし、致命傷に至らずとも勝負を決する一打になり得るのは間違いない。



「はい。私のような非力な者でも扱える数少ない技ですので、重宝しています。……しかし、最初は少し疑問がありましたが、これは良い訓練になりますね……」



「だろう? 技の仕組みを理解するのに便利だし、特に防御の練習なんかにはもってこいなんだよ」



 この組手は、空手などでいう所の約束組手をスローにしたようなものである。

 一手一手の攻防を、あえて速度を落として行うことで、対処方や効果的な使い方を学ぶことができるのだ。

 受け手を間違えれば最終的に詰まされることもある為、ある意味詰将棋に近いかもしれない。



「獣神流は後の先の技がほとんどありませんからね……。こういった受けの技術を磨ける訓練方法は存在しませんでした」



 獣神流の基本思想は、常に先の先を取ることにある。

 速度を重視した体捌きに、最短を通る軌道、獣人の身体能力を最大限に活かすことのできる武術と言えるだろう。

 しかし、それはつまり自身の身体能力に大きく依存するということであり、非力な者には向かない武術とも言える。


 獣人の中でも非力な部類であるスイセンは、その理由もあって今まで伸び悩んでいたのだろう。

 当然と言えば当然の話だ。

 同じ道を走るのであれば、速く走れる者の方が有利なことくらい誰にだってわかる。


 そういう意味では、彼女が魔力操作という別の道に可能性を見出したの間違いではなかった。

 いくら走り方を変えた所で、人が車や馬に速度で勝てるわけでは無い。

 彼女が勝つ為には、彼女にあった道を探すしか無かったのである。



「武術や武道っていうのは本来、弱者が強者から身を守り、打ち勝つ為の(すべ)だ。そういう意味では、獣神流は少し歪な部分があると思う。だから俺は、この新しい武術が身体能力的に劣る者達の新たなる道になれば良いと思っている」



「…………薄々、気づいてはいたんです。同じ獣神流では、どんなに頑張っても他の人達に追いつくことはできないと。……随分と時間を無駄遣いしてしまいました」



「いや、無駄なんてことは無いと思うよ。確かに、スイセンさんは遠回りをしたかもしれない。でも、それは確かにスイセンさんの血肉になっているし、遠回りをしたことで他の色々なことを見て学べたと思う。それらの経験が養分になって、スイセンさんの中で実っているんじゃないか……って! 何故泣いて!?」



 しまった! 何かデリカシーに欠けることを言ってしまったか!?



「あ、いえいえ! その、すいません。なんだか感極まってしまって……。ここの所、涙脆いんですよね……。でも、本当にありがとうございます。私だって、今までの自分を無駄だっただなんて、思いたくありませんから。トーヤ様がはっきりと否定してくれて、なんだか救われた気持ちになったというか……」



 そう言ったスイセンは、本当に憑き物でも落ちたような、どこか晴れ晴れとした表情を浮かべていた。

 ……まあ、俺如きの言葉で彼女が少しでも救われたというのなら、良しとするか。



「……俺で良ければ、これからもスイセンさんの力になりますよ。もちろん、俺の方は俺の方で頼らせて貰いますがね?」



「……ふふっ、ありがとうございます。全く、これではどちらが年上かわかりませんね。私なんかで宜しければ、遠慮なく頼ってください。……あと、その、できればさん付けではなく、スイセンとお呼び頂ければ……」



 む……、俺的には頼れるお姉さんができた感じで、さん付けは結構気に入っていたんだが……

 まあ、いいか……。彼女がそれを望むなら、それに応えるべきだろう。



「……わかった。スイセン、これからもよろしく頼むよ」



「はい。よろしくお願いします。トーヤ様」



 俺達は改めて握手を交わす。

 が、すぐに気まずくなり、さっと手を引っ込めてしまう。

 何とも気恥しい雰囲気が、二人の間に漂っていた。



「……そ、そういえばトーヤ様! この武術……、流派の名前って決まっているのでしょうか?」



 気まずい沈黙を破る為か、スイセンがそんなことを切り出してくる。



「あ……、そういえば全然考えていなかったな。…………スイセン流とか、どう?」



「な、なんで私の名前なんですか……。開祖はトーヤ様なんですから、トーヤ流とかでは無いのですか?」



 ……いやいや、流石に自分の名前を付けるのはな。

 新種の星とか生き物じゃないんだし……



「なんかもっと、格好良いの無いかな……」



「…………あの、でしたら、トーセン流とか…………。い、いえ! なんでも無いです! 気にしないで下さい!」



 トーセン? トウセンか……

 一騎当千みたいで、なんか結構良い気がする。

 トウ……、闘とかがいいかな……

 センは……、どうするか……



「……なあ、スイセンの名前って花の名前から付けたのかな?」



「た、確かそうですが……」



 だよな。ボタンもいるし。

 ってことは漢字で水仙か……

 仙人の仙……っ! 仙術の仙か!

 闘うの闘に、仙術の仙! その組み合わせで闘仙流!

 いいんじゃないかこれで!?



「スイセン! それ、採用しよう! 闘仙流! これで行こう!」






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