第73話 スイセンとの『繋がり』
改稿済みです。
何故スイセンはこんなに驚いているのだろう?
そう思ったのは一瞬のことで、すぐにどう伝わってしまったかに思い至る。
「ご、ごめん! 言葉を端折り過ぎた! そういった意味ではないんだ!」
俺としては言葉通りではあるのだが、スイセンからしてみれば間違いなく誤解を招く発言であった。
これでは完全にセクハラである。
魔界にそんな概念は無さそうだが、配慮に欠けていたことは間違いないだろう。
しかし、どう説明したものか……
「い、いえ! 私の方こそ、取り乱してしまい申し訳ありません!」
スイセンは俺の否定を聞き入れてくれたようだが、依然として混乱状態のようであった。
その証拠に、完全に目が泳いでいる。
「いや、誤解させるような言い方をした俺が悪かった。決してスイセンさんに何かしようってワケじゃないので、どうか落ち着いて欲しい……」
俺は誠心誠意、謝罪の意思を示す為、深く頭を下げる。
「そ、そんな! 頭を上げて下さい! 私は大丈夫ですから! すぅーーー、はぁーーー……はい! 落ち着きました!」
スイセンは慌てふためいていたが、一応深呼吸をしたことで少しは落ち着きを取り戻してくれたようだ。
「……ありがとう。……それでなんだけど、さっき言った『繋がり』について説明させてくれ。……実は、俺にはちょっと変わった能力があって、それを暫定として『繋がり』と呼んでいるんだ」
「……『繋がり』、ですか? 聞いたことの無い能力ですね……」
当然だろう。
むしろ、聞いたことがあったら驚きである。
「呼び方については俺が勝手にそう呼んでいるだけだよ。だから暫定なんだ」
「成程……。それで、その『繋がり』とは一体どのような能力なのでしょうか?」
「簡単に説明すると、精霊同士で協力関係を結ぶ……、みたいな感じかな」
俺自身、『繋がり』について完全に理解しているワケではないので、説明も曖昧になってしまう。
ただ、決して間違った認識ではない筈だ。
「協力関係、ですか……?」
「ああ。工程としては外精法を使用する際の仮契約と同じなんだが、あれは一方的に自分の意思に精霊を従わせる技術だろう? 『繋がり』はそれとは違って、こちらからお願いして精霊に協力して貰うんだ」
スイセンは俺の説明を聞いて真剣そうに考え込むが、やはりしっかりとしたイメージはできないようである。
「……それは外精法の亜種のようなもの、ということでしょうか?」
「そうだね。ただ、決定的に違う部分がある」
俺はそう言ってから、部屋の壁に触れる。
すると、壁の一部から枝のようなものが生えてくる。
「こ、これは、まさか、トーヤ様が地竜相手に使った……」
「そう。植物の操作だよ」
この壁にはレイフの一部が使用されており、『繋がり』を利用して形状を変化させることができる。
レイフといつでもコンタクトが取れるよう、ソクに頼んで仕込んで貰ったものだ。
「……驚きました。てっきり死んだ古木を利用したのかと思っていましたが、まさか本当に植物自体を操っていたとは……」
スイセンが驚くのも無理は無いだろう。
外精法では、基本的に生物を操作することができないからだ。
意思や本能が存在するものに宿る精霊は、「他の精霊から命令を受け付けない」というのが理由らしい。
一部魔獣使いなどの例外もあるのだが、植物に関しては、長い魔界の歴史上でも操れる者は存在していないようである。
「知っての通り、外精法では植物や生物を操ることはできない。でも、俺の『繋がり』であれば、協力関係を結ぶことで、限定的にだけどそういったことが可能になるんだ。……もっとも、そのせいなのか、俺には通常の外精法が使用できないんだけどね」
原因についてははっきりしていないが、恐らく俺の中の精霊に何か問題があるのだろう。
どうにも、俺の中の精霊は少し特殊らしいからな……
「通常の外精法が使用できない、ですか。そのようには見えませんでしたが……」
「さっきも言った通り、工程自体は似ているからね。似たようなことはできるよ。ただ、通常の外精法とは違って協力をお願いしているだけなワケだから、発動が遅かったり、或いはそもそも発動しなかったり、出力の匙加減が難しかったりと、結構癖が強いんだ」
「そうだったのですね……。しかし、それを補って余る程、優秀な能力にも思えます。あの時、バラクルに魔獣達を仕向けたのも……」
「ああ。『繋がり』を通じて、魔獣達の精霊に干渉したんだ」
バラクルの発言を信じるのであれば、仮契約は上書きできないということになる。
しかし、俺の『繋がり』であれば干渉自体は可能なようであった。
詳しい仕組みはわからないが、魔獣使いの仮契約は、精霊の宿主が持つ意思や本能を希薄にする性質を持つらしい。
その上で、本来成立しない仮契約を無理やり成立させているようだ。
だから俺は精霊を介し、宿主に直接働きかけることで、バラクルの仮契約に抵抗するきっかけを与えたのである
「……それで、ここからが本題なんだけど、この『繋がり』は人同士でも干渉することができるんだ」
「っ!? 成程。だから先程……」
今の説明で、先程の失言についてはとりあえず納得してくれたようである。
その様子を見て、俺は内心ホッとした。
……今後、発言には気を付けるようにしよう。
「あんな言い方になってしまったのは申し訳ないけど、要するにそういうことなんだ。あ、ちなみに当然だけど、この能力で人を操ったりとかはできないからね?」
『繋がり』には魔獣使いの仮契約のように、宿主の意思や本能を希薄にする性質は無い。
当然だが、宿主に何かを強制するようなことは不可能である。
「それは精霊の本質からもなんとなく理解できますが、であれば人同士で『繋がり』を持つことに、どういった意味があるのでしょうか?」
「俺もまだ全部を理解しているワケじゃないんだけど、人同士で『繋がり』を持つと一部の経験や感情といった、情報を共有することができるんだよ」
「っ!? それは……」
「以前組手の時、俺は少しズルをしているって言っただろ? あれは、『繋がり』のことだったんだよ」
スイセンとは、以前から何度か組手の相手をして貰っている。
その際、スイセンは俺の成長の早さを褒めてくれたのだが、別に俺自身は凄くもなんともないのだ。
ライやリンカ、イオの経験やセンスが、俺の動きを最適化してくれただけなのである。
「……つまり、トーヤ様は既に他の方とも『繋がり』を?」
「ああ。ライとイオ、そしてリンカと『繋がり』を持っている。三人共、ほとんど偶然だったけどな」
ライと『繋がり』を持った時は、この力の存在すら知らなかった。
リンカの時は、リンカを蘇生する為、ほとんどなし崩し的に『繋がり』を持った。
イオの時は……、意図していたような、そうでないような、微妙な所だが。
「ということで、こうして自分から頼むのはスイセンが初めてなんだけど……、駄目かな?」
「……私が、初めてですか」
「うん」
俺が頷くと、スイセンは少し思案するように俯く。
暫し黙って見守っていると、やがて彼女は顔を上げ、決心したような眼差しで俺を見る。
「……正直、身に余ると栄誉だとは、感じました。……ですが、トーヤ様が私を、その『繋がり』に加えて頂けるというのであれば、私は謹んでその申し出をお受けしたいと思います」
「……ありがとう」
俺は礼を言ってから、握手を求めるようスイセンに手を差し伸べる。
そして、スイセンがその手を取った瞬間、ゾワリという感覚が体を抜けていった。
「っ!? い、今のは!?」
「……どうやら、何事もなく上手くいったようだね。……改めて宜しく。スイセンさん」
「は、はい! こ、こちらこそ、宜しく、お願いします」
彼女はそう言って、照れたような笑みを浮かべる。
それと同時に、嬉し恥ずかしな感情が俺の中に流れ込んでくる。
「っ!? ス、スイセンさん!?」
「えっ……?」
しまった……
あまりにもあっさりと成功してしまった為、注意点を説明しそびれた……
「……えっと、その、さっきも言った通り、『繋がり』を持つと、感情なんかの情報が俺と共有されるんだ。だから、ちゃんと制限をかけないと、その、色々とダダ洩れになってしまって……」
「…………………………………………っ!?」
バッ、と慌てて俺から距離を取るスイセン。
しかし、距離を取った所で『繋がり』がある以上あまり意味は無い。
「まままままさか、今のを!?」
「……その、うん、まあ触り程度にだけど。……なんて言うか、とりあえず嫌々じゃなかったのは良かった、かな?」
「/////////!!!!!」
見たことも無いような、凄い反応をするスイセンさん。
そして、その複雑な心情も、全てダダ漏れなのであった。