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魔界戦記譚-Demi's Saga-  作者: 九傷
第2章 レイフの森 平定編
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第69話 つかの間の平穏 それぞれの思い②

改稿済みです。



「姉さん……」



 私も姉さんも、隠形術に関しては少し自信がある。

 特に姉さんの隠形は、気流操作での感知すら欺く程であり、今まで誰にも見破られたことが無かった。

 それを勘だけで見破るトーヤ様は、やはり凄い人なんだなと思う。



「アンネ……、ごめんなさい。アンネのことを思って何も言わないようにしてたんだけど、それが逆にアンネに重圧を与えていたなんて思わなかった……。姉失格ね……」



「そ、そんなことない! 姉さんがいつも私を気遣ってたのは知ってるよ! それを素直に受け取れない私が悪いの! 悪いのは、いつも気遣わせている、私なんだよ……」



「アンネが悪いだなんてことは、絶対無い。私がアンネを気遣うのは、貴方が大事だからよ? それを負担に思ったことなんて、今まで一度も無いもの」



 嘘だ……。そんなわけは無い。

 だって姉さんは、いつも私のせいで損な役回りをしていた……

 あの時だって、私を庇って自分を差し出さなきゃ、目が見えなくなることも無かっただろう。



「……嘘だよ。私のせいで姉さんの目は見えなくなったし、その後もずっと苦しんでいた……。負担にならなかったワケ、ないよ」



「本当よ。それに、アンネは勘違いしている。私の目が見えなくなったのは、この身に宿る精霊が私を守る為だったの。だから、決して貴方を庇ったからじゃない。むしろ貴方がいなければ、私は確実に壊れていた……」



「嘘、だよ……」



 目が見えなくなる、それは想像するだけでも恐ろしいことだ。

 それが姉さんの負担にならなかったなんてことは、絶対にあり得ない。



「嘘じゃない。今私がこうして生きていられるのは、間違いなく貴方のお陰だもの」



 私のお陰で、生きていられる……?

 そんな私の疑問を読み取ったのか、姉さんはそのまま続ける。



「さっきも言った通り、アンネがいなければ、私は確実に壊れていた。それだけの悪意や悲哀が、あの場所には渦巻いていた……」



 あの頃のことを思い出したのか、姉さんは自分の身を抱くように体を強張らせる。

 今でこそ全く気にしていないように振舞っている姉さんでも、やはりあの地下牢のことを思い出すのは辛いのだろう。

 ……いや、誰よりも感受性の強い姉さんだからこそ、その辛さは私達の比ではないのかもしれない。



「もし私が壊れていれば、きっと私は廃棄されていた。そうならなかったのは、アンネが私を繋ぎとめてくれたからよ。だから私は、貴方に感謝こそすれ、負担だなんて絶対に思わない」



 姉さんの言葉から、強い意識が流れ込んでくる。

 私も姉さん程では無いけど、感受性は強い方だ。

 だから、姉さんが本気で言っているのはわかった。

 でも……



「……姉さんが本気でそう言ってくれているのはわかる。でも、同じように姉さんは、私がどう思っていたか、わかっていたんでしょ? それでも否定しなかったのは、それが真実だからじゃないの?」



「……それは違う。私はただ、貴方から目を背けていただけよ。貴方がどんな気持ちでいるのか、知るのが怖かったから……。トーヤ様がさっき、私も悪いって言っていたでしょう? あれはそういう意味……」



 その言葉に、私は少し驚く。

 いつも人の心を見透かす姉さんであれば、私の気持ちになどとっくに気づいていると思っていたからだ。

 部屋に入って来た時言った言葉も、絶対に嘘だと思っていた。

 でも、今の姉さんの言葉に、嘘は一切感じられない……



「怖、かった……?」



「ええ、私って結構怖がりなのよ?」



 そう言って姉さんは、私の隣に腰かけ、肩を寄せてくる。



「私ね、アンネにも言ってなかったけど、少しだけ相手の心を読むことができるの」



「っ!? 心が、読める……?」



「ええ。貴方達は勘が良いとか、察しが良いってくらいしにしか認識してなかったけど、違うの。少しだけ、人や動物の感情を、見ることができるのよ」



 思わぬ姉さんの告白に、理解が追い付かない。

 確かに姉さんは、まるで心を見透かしているように察しの良い時がある。

 でもそれは、あくまでも気流操作などで表情の微妙な動きなどを察知しているのだと思っていた。

 それが……、心を、読める……?



「まあ、正確に何を考えているかまではわからないのだけどね。……でも、感情の強さや表情、目の動きなんかから、ある程度のことは読み取ることができる。……気持ち悪いでしょう?」



「そ、そんなこと無いよ! むしろ、今までのことに納得がいったというか……」



 姉さんは自嘲気味な笑顔でそんなことをいってくるが、そんな感情は一切沸いてこなかった。

 むしろ今までのこと考えると、逆に腑に落ちたくらいだ



「……良かった。私ね、怖かったの。このことを話すのも、アンネが私をどう思っているか知るのも……。だから私は、アンネの心は見ないようにしていた」



「姉さん……」



 姉さんの気持ちは、私にも理解できた。

 私だって姉さんにどう思われているか、知るのが怖い。

 その恐怖が段々と私の中で悪い考えを増幅させ、いつしか姉さんの負担になっていると思いこむようになっていたのだろう。



「でも、それは間違っていた。トーヤ様と出会って、私はそれを理解することができた」



「っ!? もしかして、トーヤ様にも、姉さんの力のことを……?」



「ええ、私のことも、私達の過去のことも、トーヤ様には全部話した。そしてトーヤ様は、そんな私達を受け入れてくれると言ってくれた。ううん、言葉だけじゃない……、心で証明してくれたの」



 正直、信じられない話だった。

 子供の私でも、姉さんの能力がどれだけ危険なものかくらい理解できる。

 もし誰かに知られれば、姉さんはまた狙われることになるだろう。



(それを、トーヤ様に話した……?)



 余りにも迂闊な行為……

 しかし、それはつまり、それ程の信頼をトーヤ様に寄せているということ……



(この短期間で、姉さんがそれ程人のことを信頼するなんて……)



 一瞬、嫉妬にも似た感情が胸を過ったが、同時に納得もできてしまった。

 何故なら、さっき姉さんは「心で証明してくれた」と言っていたからだ。


 恐らく姉さんは、トーヤ様の心を読んだのだろう。

 ……いや、あの言い方からして、多分トーヤ様の方から読ませた可能性が高い。

 そしてそこまでされたからこそ、姉さんはトーヤ様に信頼を寄せているのだ。

 


「トーヤ様の心は、今まで見たことのないくらい、真っすぐで綺麗な色をしていた。だから私は、思い切って全てを話したの。そして、トーヤ様は全てを受け止めてくれた。私の話を信じ、私達を救ってくれると言ってくれた……」



「……………………」



 上手く言葉が出てこなかった。

 それが本当なら、トーヤ様は姉さんの能力も含めて全てを受け入れるつもりだということになる。

 私にはそれが信じ難かった……

 でも、心を読める姉さんが言うのであれば、それはきっと真実なのだろう。



「だからね、私も、もう目を逸らさないって決めたの。アンネの思いや気持ちとしっかり向き合って、話し合おうって……」



 姉さんはそう言って、私のことを抱き寄せる。

 思わず涙腺が緩み、涙が溢れそうになるのを何とか堪える。



「……姉さん、私達のせいで、たくさんの人達が死んじゃったよね……。小人族の人達や、ニックにギーナ、ドルテだって……。みんなのことを思い出すだけで、私は心が潰れそうになる……」



「ええ、私もよ」



「私達は、みんなに謝らなくちゃいけない。……でも私は、アレが私達のせいだって、皆に知られるのが怖いの! 自分勝手だけど、本当に怖いんだよ!」



「そうね……」



「……なんで? なんで姉さんは、落ち着いていられるの?」



 そう口にして、ああ、自分はなんて酷いことを……、と思った。

 姉さんがそのことを気にしていていないワケない。

 それでも、落ち着いて諭すような姉さんの態度に苛立ち、思わず口をついてしまった。



「私が落ち着いていられるのは、トーヤ様や貴方達のことを信じているからよ」



 信じている……

 またその言葉だ。

 でも、私には姉さんのように心を読むこともできなければ、無条件で信じられる勇気も無い……

 私には、無理だ……



「無理じゃない。トーヤ様やみんななら、絶対に大丈夫よ」



「そんなの、私にはわからないよ! 姉さんは心が読めるんでしょう!? だからそんな風に信頼できるだけだよ!」



「勿論、それも多少はあるけど、それだけじゃない」



 それだけじゃない?

 じゃあ姉さんは、何を根拠にみんなを信じれるというのか。



「ねえ、アンネ? もし貴方がトーヤ様達と同じ立場だったとして、私達と同じ境遇の子供達を守る為に、危険な相手と戦ったりできる?」



「っ!? それは……」



 そうだった……

 助かった安堵から忘れかけていたが、そもそもトーヤ様達は、最初から私達を守る必要なんて無かった筈だ。

 普通なら、私達が狙われているとわかった時点で放り出したとしてもおかしくない。

 それに、わざわざ危険な賞金首を相手に戦う必要だってなかった。



「少なくとも、私にはできない。そんな力が無いからっていうのも勿論だけど、立ち向かう勇気だって無い。でもね、家族の……、アンネ達の為なら、私は自分の身を差し出せる」



「家族の、為……」



「ええ、そしてそれは、トーヤ様も同じよ。以前トーヤ様は、私達のことを家族として扱う、と言っていたでしょう?」



 確かにトーヤ様は、私達のことを家族として扱うと言っていた。

 でも、それは真の意味での家族ではなく、部族や集落単位での意味だと思っていた。

 まさか、本当にトーヤ様は、私達を家族だと……?



「トーヤ様はそういう人よ」



「信じ、られない……」



 でも、本当に家族だと思っていなければ、私達を助ける理由なんてない筈。

 あるとすれば、姉さんを手元に置いておきたいから……?

 いや、そうであれば、姉さんが見抜けない筈が無いし、そんな相手をここまで信用するとも思えない。



「トーヤ様がね、この城の外、少し外れた所にお墓を建ててくれたの」



「お墓?」



「ええ、死んだニック達や、小人族の人達の、ね」



 墓を建てるという習慣は色々な種族にあるけど、他種族の為に墓を建てるという話は聞いたことが無い。

 そんなことを、わざわざトーヤ様が……?



「信じられないでしょ? トーヤ様からすれば、他人なのにね……。でも、トーヤ様は自分がもう少し早く気付ければッて嘆いていたの……。本当に、お人好しだよね」



 信じられない。信じられないけど、姉さんがそんな嘘を吐く理由もない。



「でも、そんな人だからこそ、私は信じたいと思ったし、家族になりたいと思った」



「姉さん……」



 姉さんは私を抱きしめながら、慈しむように頭を撫でてくる。

 その手の温かさから深い慈愛を感じ、温かい気持ちがこみ上げてくる。

 その温かさは、私の不安な気持ちを少しずつ溶かすように広がっていった。



「私は臆病で弱い。でも、これからは少しずつ強くなるよう努力する。だから、お願い……。私を、信じて」



 耳元で聞こえる優しい声に、私はついに堪えきれず、涙を流す。

 一度流れ出したらもう止まらず、自分でも信じられない量の涙が流れていた。



「うぐ……、ごめんなさい、姉さん……。私、姉さんのことを信じたかったのに、信じられなくて……」



「あらあら、ちょっと待ってね」



 姉さんは私の涙の量に慌てたのか、発光石に魔力を通わせて光を灯す。

 そして手ぬぐいで、優しく涙を拭ってくれた



「こんなに目が赤く(・・)なるまで涙をためて……。ずっと我慢してたの?」



 私は姉さんにされるがまま、頷くことしかできなかった。

 でも、姉さんの言葉に何か引っ掛かりを覚えたような……



「……………………えっ?」



 涙を拭われ、ぼやけていた視界が段々と鮮明になる。

 視界に映し出されたのは、当然姉さんの顔だ。

 でも、それはいつもの姉さんとは明らかに違っている。

 何故ならば……



「ね、姉さん……? え? なんで?」



 私の顔を映し出す深紅の瞳。

 閉ざされていた筈の姉さんの目が、確かに開かれていた。



「貴方の顔を見るのは久しぶりね、アンネ」



 そう言って微笑む姉さんの瞳から、涙が零れ落ちる。

 その瞬間、まるで鏡写しのように、私の目からも涙が零れ落ちた。



「ふぇ、んぐ、ぃっく、ねぇ、さん……。目が、目が……」



「あらあら、折角拭いたのに、またこんなに……」



「だって、だってぇ……! ふあぁぁぁぁぁぁぁん!!! 」



「よしよし」



 さっきまで我慢できていたのが嘘だと思えるくらい、私は泣き続けた。

 そんな私を、姉さんは子供あやすように、いつまでもいつまでも、撫でてくれたのであった……






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