第65話 未知との邂逅
――――???
「で、バラクルの奴はどうなったんだよ?」
「魔族領に逃げ延びた、ということ以外はわからん。ただ、奴自身の戦闘力は大したことが無いからな。魔族領で生き残れるとは思えんが……」
「いずれにしても、奴のような弱者を失ったところで、俺達には何の痛みも……」
「おい、小物臭い事言ってんじゃねぇぞ? 確かに奴は個の戦闘力で見たら大したことは無いが、軍として見たら十分な戦力を持っていた。だからこそ、この連盟に加えられていたんだろうが。それに、ソイツの話じゃ地竜まで飼ってたんだろ? この中に、地竜とまともにやりあえる奴がいるのか?」
「「「………………」」」
「そ、そもそもソイツの言ってること自体疑わしいことだらけだぞ? 仮に地竜を本当に飼っていたとして、それが倒されたと言うではないか! そんなこと、到底信じられん! 植物の操作などというお伽噺のようなことまで……」
「……俺の部下を疑う気か?」
「い、いや、そういうワケでは……。ただ、余りに荒唐無稽過ぎる内容なので……」
「フン、まあ確かにな。私も最初に聞いたときは耳を疑った。……しかし、ルーベルト殿は心当たりがあるのだろう?」
「……確信は無い。ただ、ドルイドの力であれば可能性はある。司祭クラスのエルフが存在するのであれば、だが」
「ミカゲ殿、その場にエルフはいたのか?」
「……双子の姉妹が。バラクル殿の狙いはその双子だった」
「成程な。奴がそこまで執着したということは、ドルイドとやらの可能性も十分ある、か。……欲しいな」
「……いずれにしても、奴らは我々の領域に踏み込み、連盟の一角を崩した。……落とし前はつける必要がある」
「ああ、荒神の左大将、トーヤといったか。そいつにはそれ相応の対価を支払って貰うとしよう……」
◇
「コルト、ここで間違いないか?」
「……はい。俺達はこの屋敷の地下に、捕らわれていました」
「……そうか」
豪商、ドグマ。
コルトの情報をソウガに伝えると、すぐにその名前があがってきた。
なんでもドグマは、亜人領でも上位5人に入る程の商人なのだそうだ。
荒神からは離れた地に私有地を持っており、そこには広大な屋敷が建築されている。
実際に今この目で見ている所だが、その規模は荒神城に匹敵するほどであった。
これだけで、凄まじい財力を持っていることが理解できる。
その屋敷を、荒神の獣人兵が数百人程で包囲していた。
武装した獣人兵が屋敷を囲う様は圧巻であり、その圧力を前にしてドグマの私兵達は抵抗することもなく投降しているようだ。
その包囲を抜け、一人の獣人がこちらに歩み寄ってくる。
「ソウガ殿、首尾はどうですか?」
「ええ、一通り片付きました。資産は没収。ドグマの有罪も確定です」
「そうか、わざわざ済まないな。本当は俺達だけでどうにかするつもりだったんだが……」
「いえいえ、むしろ財産的にも荒神にとっては美味しい話でしたので。むしろ情報提供に感謝いたします」
成程、そういう意図があったか。
情報を伝えただけなのに、やけに食いつきが良いとは思ったが……
「で、地下の者達なのですが、不当に攫われた者達は全て解放する予定です。ただ……、そうでは無い者も複数いますので、そちらの扱いについては少し相談したく……」
相談、というのはウチで引き取るとかそういった話だろうな……
「……乗り掛かった舟だ。生活できるようになるまではウチで面倒見るよ」
「……そうですか。では、案内しますので、ご確認を」
この時、一瞬だけ見せたソウガの苦い顔の意味を、俺はすぐ知ることとなる。
――ドグマの屋敷、地下牢。
(想像していたよりも清潔だな……)
しかし、そんな感想はすぐに撤回することになった。
捕まっていた者達の惨状や、その痕跡……
それらを見た瞬間、俺は反吐の出るような気分になる。
彼らの反応は実に様々だ。
何も反応しない者もいれば、何も言わずに服を脱ぎだす者もいる。
中には体中に色々な改造を施され、ヘラヘラを笑う子供も……
「……あまり感情移入しない方が宜しいでしょう。トーヤ様が病んでは救えぬ者も出てきます」
「……わかっている」
そして、一番奥の扉にさしかかる。
「こちらは実験室のようです。流石の私も不愉快になりましたので、粗方のモノは処分致しました。残っているのはこの屋敷で利用されていた商品以外の者達と、謎の扉です」
「謎の扉……?」
「はい。残念ながら開錠することも、破壊することもできませんでした……」
一体なんの扉だと気にはなったが、これ以上ソウガに問いただしても仕方ない為、とりあえず部屋に入ることにする。
ソウガの言った通り、その部屋は確かに何かの実験施設のようであった。
何かの器具があった形跡はあるが、これはソウガ達が処分したのだろう。
さらに奥の小部屋には三人の美しい少女と、愛らしさを感じる少年がいた。
俺達が部屋に入ると一人の少女が近づいてき、美しい黒髪を揺らめかせ、深々とお辞儀をした。
「よくぞいらっしゃいました。本日は新しい方々なのですね。既にご説明は済んでいると思いますが、こちらでは好きなようにお過ごし頂いて構いません。私達も含め、部屋のモノはどうぞご自由にお使いください。命じられれば、どのようなことでもいたしますので、存分にお愉しみ頂ければと」
その言葉に、後ろの3名はビクリとする。
俺は何故だか、その反応に少し安心を覚えた。
「……君は、ここの生活が長いのか?」
「はい、私は多分5年目でしょうか? 身も心も頑丈な為、ご主人様に重宝頂いています。後ろの3名はまだ3か月程ですので、多少無理の効かない所はありますが、消耗品ですので気にせずご利用くださいませ」
心が頑丈? 俺にはそうは見えなかった。
彼女の心は頑丈などではなく、閉ざしているようにしか見えない。
アンナと同じである。
目か、心かの違いでしかないのだ。
「……君達の主人はもういない。君達は自由になったんだ」
後ろの三人は俺の言葉をまだ理解できないのか、呆けたような表情をしている。
「それでは、貴方が新しいご主人様ということですか? 私の名はヒナゲシと申します。どうぞ、末永くご利用くださいませ」
「…………」
心を閉ざしている彼女に、今は何を言っても無駄だろう。
俺は彼女の言葉には何も応えず、部屋を後にする。
あのまま部屋にいると、気が狂いそうだったからだ。
「……ソウガ殿、謎の扉とやらは?」
何か別のことを考えないと、思考が悪い方向にばかり傾いてしまう。
今の俺がドグマと直接顔を合わせたら、なんの躊躇いもなく殺してしまうかもしれない……
「……こちらです」
ソウガの後を追う。
更に地下へと続く梯子を下り、ずいぶんと長い通路の先に、その扉はあった。
「これは……!?」
「開け方は不明です。魔力も通さず、我々の攻撃ではビクともしませんでした」
開け方は不明? それはそうだろう。
何しろこの扉は、俺の知識における科学の技術で作られているのだから。
「……この扉について、ドグマは?」
「それが、心当たりが無いようでした。少し体に聞きましたが、本当に知らないようです」
馬鹿な。こんな所にある扉、気づかないワケがない。
…………いや、本当に気づかなかったとしたら?
この魔界において、これだけの技術が存在しているのはどう考えてもおかしい。
だが、例外はある。
そう、俺自身だ。
俺は、この魔界に急に現れた存在だ。
ならば、この扉ももしかしたら…………?
「電子ロック……。指紋認証……」
なんとなく、確信がある。
この扉は、きっと開く。
俺は導かれるまま、電子パネルに手を添えた。
「なっ!?」
ソウガが珍しく驚愕の声をあげる。
ピピ、という電子音と共にその扉が開かれたからだ。
俺は慎重に部屋の中を覗く。
殺風景な石造りの部屋であった。
そして、その中心には……
「キュ?」
愛くるしい表情を浮かべた、小型のドラゴンが鎮座していた。