第64話 復讐者 バラクル
――夜が明ける。
陽が昇ったことで、地竜との戦いの痕跡がより鮮明となった。
「……凄まじいな」
その痕跡は、地竜が如何に恐ろしい存在であったかを物語っているようであった。
ただ、魔王という存在を知っているせいか、皆の反応はそこまで大きいものではない。
「トーヤ殿、どうした? 疲れているのなら、やはり休んだ方が……」
「ああ、いや、大丈夫。作業に戻るよ」
リンカにそう返し、俺は再び作業に戻る。
地竜の解体作業は中々に骨が折れるため、手早くやらなければ今度は陽が暮れてしまいそうであった。
地竜……、というか竜種は、存在自体が希少であり、その身は余すことなく利用価値があるそうだ。
見た目は恐竜だが、やはり竜種というだけのことはある……、と言えるのだろうか?
……まあ、魔法を使う時点で普通の恐竜とはかけ離れているし、あまり気にしないでおこう。
さて、今回討ち取った地竜だが、分類としては中型種として扱われるようだ。
なんでも、これ一匹で小さな集落が一年以上裕福にくらせる程の財を得られるらしい。
そして、そんな価値を持つ地竜をこのまま放置することはできない為、解体した上で集落に運ぶことになったのだが……
「もう魔力が通っていないってのに、硬すぎだろ……」
そう、地竜は完全に息絶え、魔力も失われているというのに、異常な程硬かったのである。
特に竜鱗に関しては、イオの持つアントニオですら刃を通さない程であった。
仕方ないので、まずは竜鱗を剥ぐ作業を開始したのだが、これがなんとも面倒臭い……
こんなことなら、いっそ丸ごと引きずって帰れないかと思ったのだが、それはリンカ達に却下された。
理由としては、強力な生物であるがゆえにアンデット化する恐れがあるからだそうだ。
他にも商品としての価値が下がるだとか理由はあるようだが、一番の理由はそれらしい。
俺はまだアンデットの類を見たことがないが、聞く限り相当に面倒そうなので異論はなかった。
(それにしても、鱗の一枚一枚が金塊一つと等価とはねぇ……)
袋に集められた無数の鱗を見ると、思わずにやけてしまう。
想定外の事態ではあったが、この臨時収入はレイフにとって大きな助けとなるだろう。
(暫定的に軍を結成したとはいえ、ウチには軍資金なんて無いからな……)
軍資金が無いということは、つまり装備の類を揃えることができないということだ。
人材が揃っても装備が無いのでは、軍としてはお話にならないだろう。
それが改善されただけでも、今回の臨時収入は俺達にとっては恵みの雨に等しかった。
(それに、この爪や牙は、武器として使えば間違いなく役に立つはず……)
地竜の爪や牙は、魔力の干渉を受けないという性質を持つ。
その性質は、例え地竜が息絶えようとも失われはしなかった。
つまりこれがあれば、『剛体』による守りを容易く突破する武器を作り上げることが可能となるのだ。
『剛体』を突破するすべのない者達にとっては、とてつもなく有益な武器となるだろう。
「……そういえばトーヤ、結局バラクルについてはどうするつもりなの?」
俺があれこれと考えていると、一緒に鱗を剥いでいたライが尋ねてきた。
「……それについては、多分何もしなくても問題無いと思う。アイツに、アレをどうにかできる力は無いだろうからな」
「アレって…………、っ! ああ、そういうことか……」
一度経験しているからこそわかる。
奴の戦闘力では、アレから逃げ切ることなど、不可能だろう。
◇
「ゼェッ……、ゼェッ……、クソ……、がぁ……」
目の前で、自分の最後の手駒だった砂漠蚯蚓が八つ裂きにされる。
……何もかもが計算外だった。
今俺が居るのは、境界の結界を越えた先……、魔族領である。
ここまで来れば、奴等も迂闊には追ってこれない……
そう考えたからこそ、危険を冒してまで境界を越えて来たのだ。
ここで身を潜め、あとで地竜を回収すれば、何も問題無いと……
しかし、その地竜との契約が、先程プツリと切れたのである。
一瞬、他の魔獣達と同じように何か契約を弄られたのかとも思ったが、そもそも他の魔獣達も契約自体が切れたというワケでは無かった。
となると、まさか地竜が討ち取られた……?
(馬鹿な! そんなこと……、あるワケねぇ!)
そう否定しつつも、内心では徐々に絶望感が広がってくるのを感じていた。
そして、それを助長するかのように、目の前の『誤算』がゆっくりと近づいて来ていた。
「ち、近寄るんじゃねぇっ!」
俺は地面に転がった石を拾って投げつけるが、奴等は全く怯まずに歩み寄ってくる。
(クソがぁぁぁぁぁっ!!!!)
現在、俺は契約している魔獣の全てを失っている……
理由の大半は、自ら契約を破棄したからであった。
俺を追って来ていた魔獣は、俺との契約関係があったため、俺を追尾できていた。
だからこそ、自ら契約を切りさえすれば追尾を振り切れる……、筈であった。
実際、多くの魔獣はそれで撒くことに成功した。
しかし、奴等だけは、どうしても撒くことができなかったのである。
……そして、魔族領に入った辺りで、移動に使っていた大鴉が飛べなくなった。
元々、移動に使えるような魔獣では無かったので、仕方がないと言えば仕方が無いのだが……
「チィッ!」
迫りくる爪を、寸での所で回避する。
しかし、もう一方からの攻撃は躱しきれず、壁際まで吹き飛ばされてしまった。
これでもう、逃げ場は無くなった。
「み、認めるかよ……! こんなとこで終わりだ? ふざけんじゃねぇっ!!!!」
――復讐者。
いつも自分が操っていた魔獣に、まさか自分が追い詰められることになるとは……
苦し紛れに再契約を試みるも、やはり弾かれてしまう。
思わず悪態をつくが、それが自業自得であることも理解はしていた。
信頼関係が無ければ、精霊が再び契約を結ぼうなどと思うはずが無いからである。
そしてこの『復讐者』は、一度敵と認識した者を、絶対に許すことがない
どんなに逃げようとも、必ず標的を探し出し、報復をする。
『復讐者』は、標的が死ぬか、自らが死なない限り、決して動きを止めることはないのだ。
(アイツだ……。 全てアイツが原因だ! アイツさえいなければ…………。 許さねぇ……! 絶対に許さねぇ! ぜった……)
「ガハァッ」
復讐者の攻撃により、憎悪の念すらも妨げられてしまう。
無意識に後ろに下がろうとするも、そこは既に壁……
対して、目の前には十匹以上の『復讐者』が迫って来ていた。
……そして、醜悪な口が同時に開かれ、俺は生きたまま、奴等に貪られた。