第63話 スイセン
改稿済みです。
――あの日、トーヤ様と出会わなければ、私は間違いなく戦士の道を閉ざしていただろう。
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(リンカ様が、自らを賭けて決闘を行う!?)
伝令はそれを伝えると、次の場所へと忙しなく駆けていく。
もう少し詳しい話を聞きたかったが、あの焦った様子を見ては流石に引き留めることはできなかった。
「まさか、リンカ様が決闘とはねぇ……」
シュウは面白そうに呟くが、他の近衛兵は皆困惑している様子だった。
しかし、それは当然の反応と言えるだろう。
何故ならば、王族が決闘を行うのは、非常に珍しいことだからだ。
決闘自体はお国柄というか、王の性格の関係上認められており、そう珍しいことでも無い。
しかし、それが王族となれば話は変わってくる。
私の知る限り、最後に王族が決闘したのは数十年前だったハズ……
それが、何故今になって……
「ま、ここで考えても仕方ないだろ? 行こうぜ?」
シュウの軽い態度に対し少し苛立ちを覚えたが、確かにここでいくら考察した所で答えは出ないだろう。
私達は、決闘の行われる地下演習場に向かった。
地下演習場には、既にかなりの兵士達が押し寄せていた。
そんな彼らの会話内容を拾って、情報を集めていく。
真っ先に判明したのは、リンカ様の対戦相手となる男の情報だった。
本日、レイフの森より客人が招かれる話は聞いていたが、どうもその内の一人が王直々に左大将に任命されたらしい。
ある意味、決闘以上の大事件であった。
さらに、キバ様はその者に対し、リンカ様を餞別として渡すとまで言ったらしい。
事の発端は、リンカ様がそれに反発したからだそうだ。
「成程ねぇ……。でもリンカ様、実は勿体ないことしたんじゃないか?」
「……シュウ、冗談でも今のは酷い」
シュウの軽口に、ボタンが非難を示す。
私も正直、耳を疑った。
この男は、一体何を考えているのだろうか……
「いやだってさ、リンカ様って立場も立場だし、性格もアレだから、絶対行き遅れるだろ?」
ボタンはそれに反論しようとするも、少し納得する部分もあった為か押し黙ってしまう。
代わりに、強かに蹴りを入れていた。
「ってて……。蹴ることないだろ……っと、現れたな。……へぇ、アイツがねぇ」
獰猛な笑みを浮かべるシュウの視線の先には、苦笑いを浮かべながら演習場に入って来る男の姿があった。
「あれが……」
正直、どう見ても強者には見えない。
しかも、なんとあの男は人族の生き残りだという話であった。
人族と言えば、千年以上昔に絶滅した種族である。
言い伝えによると、彼らは精霊を扱えぬらしく、身体能力も低いことから、最も弱い種族と認識されていたようだ。
滅んだ原因は定かでは無いが、それだけ弱い種族が生き残れる程、この世界は甘くない。
言い伝えの情報が正しければ、彼らが滅んだのは必然だったと言えるだろう。
……ただ、だからこそ興味深くもある。
人族が本当に最弱の種族なのであれば、キバ様が興味を持つとは到底思えない。
あの男には間違いなく、キバ様の興味を惹く何かがあるのだろう。
(……………………っ!?)
そう考えると、一つの仮説に至った。
(左大将に、任命された……。まさか、あの条件を満たした……?)
『キバ様を本気にさせる』……
ここに集まった者達の中に、この条件を知らぬ者は恐らく存在しないだろう。
何故ならば、軍に配属される際、キバ様本人から必ず伝えられる内容だからだ。
そう考えれば辻褄が合うが、逆に現実味が薄れたようにも感じる。
何故ならば、キバ様は獣人族の王にして、九大魔王の一人なのである。
それを本気にさせるなんて、とてもでは無いが信じられない。
あのタイガ様ですら、未だキバ様には遠く及ばないと言われているのに……
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期待と、疑惑。
そんな視線が飛び交う中、決闘は開始された。
そして始まって間もない内に、誰もが期待を裏切られたと感じていた。
先手を取ったのは、トーヤという男の方であった。
トーヤは何か術を仕掛けたのか、リンカ様の踏み込みを潰し、棍棒の一撃を放つ。
その一撃は致命打にこそならなかったが、リンカ様の上体を崩すことには成功した。
見た目からは想像出来ない洗練された一撃に、観客は一気に盛り上がりを見せる。
しかし、残念ながら彼の攻勢はそこで終わってしまった。
リンカ様の《疾駆》によって防戦一方になってしまったのだ。
彼はなんとか防いでいるものの、目に見えて反応が悪い。
勘か読みで誤魔化しているようだが、あれではいずれ防ぎきれなくなるのは明白である。
その時点で、観客は皆がっかりした表情を浮かべていた。
誰がどう見ても、劣勢……
この状況では、決着など見なくとも、勝敗は容易に想像できてしまう。
「あ~あ~、ありゃ駄目だな」
シュウがつまらなそうに嘆く。
しかし、今回ばかりは他の近衛兵達も同じ感想のようであった。
トーヤという男の反応速度は、戦闘向けでない獣人と比べても明らかに劣っている。
魔力が使えるとは言っても、アレでは言い伝えの通り最弱の種族と言われても納得してしまいそうだ。
リンカ様もそれを理解してか、かなり手を抜いているように見える。
恐らく、先程の屈辱に対する意趣返しのつもりなのだろう。
わざわざ単調な動きで攻め、釣るつもりなのかもしれない。
「そこだ!」
リンカ様の横の突進に合わせ、彼はリンカ様を棍棒で地面に引き込もうとそうとする。
案の定、それはリンカ様の罠であった。
急激な方向修正で、死角となる上へ……
あれは、動体視力に優れる獣人ですら、消えたように見えたハズだ。
(終わった……)
誰もがそう思っただろう。
しかし、次の瞬間目に映ったのは、床に叩きつけられるリンカ様の姿であった。
(あれは剛体!? しかも、弾くのではなく、受け流した!?)
《剛体》による攻撃の受け流しは、高度の魔力操作が必要となる為、高等技術とされている。
……いや、そもそも獣人でもトロールでもない彼が、《剛体》を使用できること自体驚くべきことだ。
不測の状況に対し咄嗟に距離を取ろうとするリンカ様を、彼は尻尾を掴むことで阻止する。
そしてそのまま床に叩き落とすと、リンカ様の反撃を躱しつつ、腹部に掌底を叩き込んだ。
そしてリンカ様はその一撃で完全に意識を失い、勝負は決した。
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キバ様に率いられ皆が去っていく中、私はただ一人茫然としていた。
実の所、私は少なからずこの試合に期待を抱いていた。
かつて最弱言われた種族の秘密を知りたかったから……、というワケではない。
私は見たかったのだ、強者の前に敗れ伏す、弱者の姿を。
その姿を見れば、私は戦士としての未練をきっぱりと断ち切れると思ったから……
しかし、それと同時に、ほんの僅かにだけど期待もしていたのである。
……弱者が、強者を倒す姿を。
そして彼は、そんな私に確かな希望を見せてくれたのである。
彼は戦いに勝った。
しかしだからと言って、彼は決して強者と言える存在では無かった。
彼は間違いなく、私と同じ弱者だったのである。
そして弱者のまま、強者であるリンカ様に勝利してみせたのだ。
絶大な攻撃力も、強固な守りも、圧倒的な魔力量も……、彼は持っていなかった。
ただ、奇手や技術の秘匿といったからめ手、そして繊細な魔力操作だけで、勝利をもぎ取ったのである。
それはまさに、今の私が目指す戦闘の理想系そのものであった。
そして、最後に見せたあの技……
あれこそは、私がかつて考案しつつも、不可能だと諦めた技術……
私は、自分の進むべき道を見失っていた。
しかし、彼の戦いを見て、私は……
「スイセン! まだ残っていたのか……って、お前、なんで泣いているんだ?」
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それから私達リンカ様直属の近衛兵は、リンカ様と共にトーヤ様の指揮下に入ることとなった。
大将軍の任を解かれたリンカ様に同行するかは任意であったが、近衛兵はほぼ全員が付いて来たかたちだ。
ただ、ほとんどの者がリンカ様に対する忠誠を理由としている中、私は少しだけ邪な願望を秘めていた。
……そして、その邪な願望は、思いのほかすぐに叶うこととなった。
組手をしていた私達に対し、トーヤ様が自分も参加させて欲しいと頼んできたのである。
私は真っ先に、彼の組手相手に立候補した。
他の隊員達の中にも興味を持っていた者はいたが、こればかりは譲ることができない。
「宜しくお願いします」
配下との相手だというのに、礼儀正しい人だなと思った。
そして、おおよそ予想通りとはいえ、私はトーヤ様に勝利してしまった。
近衛兵になって、組手で勝利したのは初めてのことだったが、そんなことは最初からどうでも良かった。
私の頭の中には初めから、この人との戦いの中で何か得ようとすることしか考えていなかったからである。
そして二戦目にして、私の予想を遥かに超えるかたちで、トーヤ様は驚くべき成長を見せたくれた。
私が切っ掛けを与えることで、トーヤ様が何かを見出してくれればという軽い気持ちはあったのだが、まさかたったの一合でここまで進化してくるとは思っていなかった。
「くっ……、今のは右に反発力を発生させたあとに、それを利用して転がされたのか……」
「はい、その通りです。今のを防ぐには《剛体》の反発力を極力抑えるか、トロール達の様に全身で《剛体》を行う必要があります」
本当に呑み込みが早い。
今の技は、部隊長になる者が昇格の際に打たれる、言わば入門用の技である。
右から打たれたのに対し、何故か右に転がされる為、仕組みを聞くまで何をされたかわからないのが普通なのだが……
トーヤ様は三戦目にして、この《反打》にしっかりと対処してみせた。
恐ろしい対応力……
現時点で、既に5年前の私を超える技術力を持っているかもしれない。
しかし、本来であれば嫉妬してもおかしくない程の才能であったが、不思議と悔しさは感じなかった。
むしろ、楽しい……?
こんな感情は初めてで、正直よくわからなかった。
そして最後となった5戦目にて、ついに私は一本取られる結果となる。
「お、お見事です……」
気づけば、私は地面に押さえ込まれていた。
彼が放ったのは、先程私が放った入門技、『反打』である。
正直な所、私は少し期待していたのだが、それを裏切らない成長速度に内心ほくそ笑んでいた。
むしろ、この状況を楽しんでいたと言ってもいい。
そして、そんな少し不純な私に対し、トーヤ様は師匠になって欲しいなどと言ってきた。
一瞬何を言われたのかわからなかったが、理解した瞬間即座に否定を口にする。
しかし、トーヤ様はそんな私の手を握って、私を素晴らしいなどと力説してくる。
顔が一気に熱くなるのを感じた。
胸は高鳴り、思考能力が奪われる……
こんなことは……、初めての経験であった。
トーヤ様と別れた後も、胸の高鳴りは一向に収まらない。
目を瞑っても、浮かび上がるのはトーヤ様の無邪気な笑顔……
ああ、もしかして私は……
◇
目が覚める。
地竜に攻撃を放った辺りから、記憶が曖昧だ。
「スイセン、目覚めたか?」
「……シュウ? ……ここは?」
「城の診療所だそうだ。今日はここで寝てろとよ」
「そう、ですか……」
「おいおい、何を不景気そうな顔しているんだ。竜殺しなんて偉業を成し遂げたんだぞ? もう少し嬉しそうにしてもいいだろう……」
竜殺し……
それは正に偉業と言っても良い筈なのだが、正直手放しで喜べる心境でもなかった。
何せ私は、最後の一撃しかまともな仕事をしていないのである。
他の皆の助力が無ければ、とてもじゃないが決めることなどできなかった……
むしろ、一人でで地竜を翻弄したシュウこそ、功績を称えられるべきだと思う。
「お前のことだし、どうせ私は美味しい所持っていっただけで、大したことはしてないとか考えているんだろ? でも、それは違うからな? アレを屠れたのは、お前が居たからこそだ。そこは誇るべきことで、卑屈になるのは間違っている」
「……すみません」
言いたいことは、わかる。
しかし、止めをさしたあの技だって、トーヤ様なくして完成には至らなかった技である。
そもそも、トーヤ様がいなかったら、私はあの場所に立っていたかさえ怪しい。
「……まあ、それでも今回の件で、俺はお前を見直したよ」
「それは……、ありがとうございます」
シュウが素直に他人を褒めるのは珍しい。
一体、どういう風の吹き回しだろうか?
「ああ、なんたってアレはもう、宣戦布告みたいなもんだろ? 良い度胸してるぜ。リンカ様、複雑そうな顔してたなぁ……」
そう言ってシュウは、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべた。
その顔を見て、どうやら素直に私のことを褒めたのではないと理解する。
いや、それよりも、宣戦布告……?
「……………………はっ!?」
暫しの思考……
そして記憶の中で、シュウの発言に思い当たるものを発見してしまった。
その瞬間、曖昧だった記憶が鮮明になり、気を失う直前に感じた温かさと、自分が何を言ったのかが反芻される。
あぁぁぁぁぁぁ! 私ったらなんてことを!!!?