第56話 アンナとお呼びください
改稿済みです。
「ふぁあ……、眠い……」
俺達が夜間偵察から帰ってきたのは、今から数時間程前だ。
ある程度の収穫は見込んでいたが、予想以上に捗ったため、空が明らむまでせっせと働いてしまった。
お陰で、寝床に入るや否や一瞬で眠りについてしまい、今に至るわけである。
深い眠りではあったが、流石に3時間くらいでは物足りなさを感じてしまう。
それでも相変わらず、尋常じゃない回復力により、体力自体は完全に回復しきっていた。
それはいいのだが……
「ん……、すぅ……」
目を擦る。……うん、幻じゃないね。
俺は冷静に魔力感知を行い、周囲の状況を確認する。
とりあえずは誰もいない……、と思う。
もしソウガであれば感知など容易く抜けてくるだろうが、彼に匹敵する隠形の使い手など、俺は一人しか知らない。
そして、その一人はと言うと、
「んぅ……、ヒリヒリします……」
聞き様によっては、何か非常にマズそうなことを呟きながら、布団に潜っていくアンナ。
ヒリヒリ、とはもちろん肌のことである。彼女の肌は陽の光に弱いからな。
決して他に意味など無い。
(……何故俺は一人で言い訳をしているのだろうか)
ほんのりと香る花の香りから、どうやら日焼け止めはしっかり使っているらしい。
そうでなければ、ヒリヒリするくらいでは済んでいないハズだ。
布団を少し持ち上げ、中の少女の様子を見る。
「…………」
幸せそうな表情の彼女を見て、俺はとりあえず頭を撫でてしまった。
小動物などを思わず撫でてしまいたくなる、アレである。
それはともかくとして、俺は先程よりも精度を高めて感知網を広める。
その範囲は、この城の全体にまで及んでいた。
(……改めて思うが、本当に凄い力だな)
俺の感知能力は、アンナに触れることで、これまで以上に精度が高まっている。。
その理由は、アンナと結んだ『繋がり』から、彼女の経験が共有されているためである。
さらに、これは先日の偵察時にわかったことだが、『繋がり』による感覚供給は、直接触れ合うことでより精確性を増すということである。
これは恐らく、有線と無線のような関係なのだと思う。
俺は、より精密になった魔力感知で、城に居る全員の動向を探る。
ひとまず、周囲には誰もいる様子が無いが、問題は地下で忙しなく動いている存在だ。
恐らく、これはコルトとアンネだと思う。
彼らの行動や、焦りのような感情から考えて、恐らくアンナを探しているだろうことが理解できた。
そして、姉同様感知能力に長けるアンネであれば、そう時間をかけずしてアンナの所在を突き止めるだろう。
俺はあらぬ誤解を受けぬよう、彼女を起こすことにする。
「…………」
目が合った。
いや、アンナの目は常に閉ざされているため、正確に言うと顔が合ったという方が正しいか。
どうやら、俺が感知に集中している間に目が覚めたようである。
「…………おはよう」
俺は撫で続けていた手を引っ込めつつ、まずは挨拶をする。
一日の始まりは挨拶から。基本中の基本である。
「……やめてしまうのですか?」
「……まあね」
そう返す俺に、アンナは少し不満そうな顔をしつつ、布団を被ったまま上体を起こす。
「おはようございます、トーヤ様。本日も良い天気のようですね。少しヒリヒリしますが、暖かな日差しを感じます」
「ああ、良い天気だな。……ところで、君はリンカ達と湯で汗を流してから、ちゃんと自室に向かったと思うんだけど?」
「ええ、自室には戻りました。ですが、その後少しトーヤ様とお話がしたくなりまして、お部屋を訪ねたのです。ですが、ノックをしても反応が無く、少し覗いてみるとトーヤ様は既に眠りについている様子でした。仕方ないので、私もお傍で休ませて頂くことにしたのです」
…………何が仕方なくてそうなったのだろうか?
「それは、私もそこで限界が来たから、ですよ?」
俺の心を正確に読み、疑問に答えを返してくるアンナ。
でも、そういう問題じゃ無いと思うんだよなぁ……
「……まあ、それなら仕方ないかもしれないけど、今度はそんな状態で部屋を訪ねないようにね?」
「ええ、善処致します」
…………今度、部屋に鍵を付けられないかソクに相談してみよう。
「……さて、ともかく一旦部屋を出ようか。コルト達が心配しているみたいだぞ」
「……確かに、その様ですね」
「だろ? だから早く……」
「あと、凄い速度でリンカさんが向かってきています」
「!?」
俺はその言葉を聞いた瞬間、自分でも驚く程の速度で部屋を飛び出す。
その一瞬後に、リンカが曲がり角から姿を現した。
「ど、どうしたリンカ? そんなに急いで」
「トーヤ殿、おはようございます。いえ、先程アンネが、姉が姿を消したと言ってきまして、その報告にと」
そう言うことか……
さて、この状況をどう説明したものか……
「おはようございます、リンカ様。先日は色々とお世話になりました」
ってなんで出てくるんだ!?
こと空気を読むことに関して、アンナは誰よりも優れているハズだ。
だから部屋で大人しくしていてくれると思ったんだが……
「アンナ、ここにいたのか。しかし、何故……」
「ア、アンナちゃんは何か俺に話があったらしいぞ? なあ?」
「ええ、間違ってはいませんね」
二コリと微笑むアンナ。
この笑顔……、これって確信犯だよな……
「ところでトーヤ様。私のことは、先日のようにアンナとお呼び頂けますでしょうか」
この流れで急に話題を変えつつ、要望を伝えてくる。
恐らく、雰囲気的に断り辛いタイミングを狙ったのだろう
やはり彼女は、空気を読むのが抜群に美味いようだ……
「わ、わかったよ……」
そんなやり取りを見て、何か取り残されたような状態で固まっているリンカ。
でも、できれば固まっていないで、この何とも言えない空気を換えて欲しい
そんな俺の視線に気づいたのか、リンカの石化が解除される。
「あ、ああ、そうだったのか。しかしアンナ、コルトやアンネに黙っていくのは良くないぞ。二人とも心配している」
「そうですね。お騒がせして申し訳ありません。では、私は戻りますので」
ぺこりとお辞儀をしてリンカの横を通り過ぎるアンナ。
なんだか、とても疲れたぞ……