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魔界戦記譚-Demi's Saga-  作者: 九傷
第2章 レイフの森 平定編
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第52話 泣きたい時には、ちゃんと泣かなくちゃ駄目だ



 彼女達姉妹の境遇は、中々に凄惨なものであった。


 とあるエルフの集落の、ごく普通な家庭に、彼女達は生まれた。

 しかし、彼女たちの苦難は、生まれたその日から始まってしまう。

 白い肌、白い髪、そして赤い目……

 特異な容姿を持って生まれた彼女達は、忌み子として扱われ、10年以上の歳月を地下牢で過ごすこととなる。

 アンナはそれを、自分達は飼われていた、と形容した。


 ある日、見知らぬ一人の男が地下牢に降りてきた。

 その男は、赤く染まった剣で牢を斬り裂き、彼女達を外の世界へと連れだした。

 初めて出る外の世界に、彼女達は状況も理解せず、喜びはしゃいだそうだ。

 しかし、その喜びも束の間、彼女達はすぐに身を焼く光にさらされることになる。

 憧れた陽の光は、彼女達にとって有害なものでしかなかったのだ。

 男達は、痛みに泣き叫ぶ彼女達を箱詰めにし、どこかへと運ぶ。


 次に彼女達が見た光景は、またもや地下牢だった。

 以前暮らしていた地下牢と比べれば広い空間だったが、そこには自分達以外にも様々な種族の子供達が一緒に放り込まれていた。

 アンナはその地下牢のことを、養豚場と呼んだ。

 日々繰り返される屠殺や調教が、彼女にそう呼ばせたのだろう。

 ……想像するだけで、俺は反吐が出そうになった。


 その後、彼女達は自力で屋敷から脱出を果たし、この地へと辿り着く。

 あの洞窟は、彼女達が初めて手に入れた、安住の地だったのだそうだ。



「……でも、それも今日、失われました」



「…………」



 彼女達が歩んできた凄絶な人生……

 それに対し、俺はかける言葉を見つけられないでいた。



(当然、か……。記憶を持たない薄っぺらな俺じゃ、彼女にかける言葉が見つかる筈もない……)



「あの……」



「ん?」



「その、自分から話しておいて何ですが、あまり気にしないで下さい。私自身、過去のことはあまり気にしていないので……」



 気にして、いない……?

 それだけの過去を体験しながら、そんなことがあるワケ……



「本当です。私は……、壊れてますから」



 む……、また表情を読まれたか……

 それにしても、壊れているだって……?



「はい。私は、悲しみだとか怒りのような負の感情が、まともに機能していないんです」



 っ!?

 感情が、機能していない……?

 いや待て……、その前に、今のは……



「……はい。私は、他者の心を、ある程度読むことができます」



「……やはり、そういうことか」



 会話を始めた時から、なんとなく違和感を感じていた。

 アンナは、あまりにも察しが良過ぎたのである。

 俺はそれを、気流を通じて表情を読んだのだと仮定した。

 しかし、さっき俺は、表情を読まれないよう気を付けたにも関わらず、アンナは正確に俺の考えを読んできたのだ。

 そんなこと、なんらかの読心術でも使わない限り、できるハズがない。



「……ある程度、ということは、完全には読めないってことかな?」



「はい。私が読み取れるのは、感情や意思、思惑といった心の動きだけです。複雑な考えや、私の予測を超える内容までは読み取ることはできません」



 ……成程。

 つまり、彼女は心の声を聞いているというワケでは無いらしい。

 恐らく先程の会話では、自分が投じた言葉に対する俺の心の動きを見て、返答を予測したのだろう。



「このことは、コルト君達も……?」



「いえ、コルトどころか、妹にも言っていません」



 まあ、そうだろうな……

 俺はその答えを予測した上で、確認のために質問をしたのである。



「……じゃあ、何故それを俺に教えたのか……。当然理由があるんだよね?」



 心が読める、そんなことがもしバレでもしたら、確実に大きな問題になる。

 悪人には増々狙われるようになるだろうし、他人には避けられるようになるだろう。

 今まで親しくしてきた人達だって、きっと同じ関係を続けられなくなるハズだ。

 誰だって隠し事の一つや二つあるだろうし、親しいからこそ知られたくない、なんてケースもあるからだろう。

 それでも俺に打ち明けてきたということは、それ相応の理由が必ずあるハズ……



「それは……、トーヤ様が透明で、純粋な方だったから、です……」



 ……と、透明?

 完全に想定外の答えが返って来たぞ……?



「しょ、正直な所、私も自分の能力については、話すつもりが無かったんです。でも、あまりにもトーヤ様が真っすぐで、純粋だったから、つい口をついてしまって……」



 ついって……、それでいいのか……?

 こんなこと、もし俺が悪意のある人間だったら、間違いなく……



「で、ですから、その心配も無いと思ったのです……」



 ふ~む……、まあ信用されてるって受け取れば良いのか……?

 実際、彼女の言う通り、俺に悪意は無いワケだし……



「……ふふ」



 む……、今度は笑われてしまったぞ……

 理由がさっぱりわからない……



「いえ、本当にわかり易い方だな、と。あ、あの、決して馬鹿にしてるワケではありませんよ?



 アンナは取り繕うように手を振っているが、要するに俺が単純だと言いたいのだろう。

 ……別に、いいけどね!



「ほ、本当にそんなつもりじゃないんです! むしろ、凄いなと、思って……」



「凄い? 俺が?」



「はい! だって、トーヤ様はあの時、本当に私達を助けることしか、考えていなかったですから……」



 あの時とは、俺達が魔獣達の襲撃に駆け付けた、あの時のことだろう。

 ……しかし、そう言われても、俺からすればいまいちピンと来ない話であった。



「……それって、普通のことじゃないか?」



「っ!? 普通じゃありませんよ! 普通の人は、もっと雑念というか、別のことも考えているものなんです……。少なくともあの時、純粋に私達を助けるために戦っていたのは、トーヤ様だけでした」



 そう、なのか……

 確かに、トロール達は純粋に戦いを楽しんでいたような気がする。

 リンカについてはわからないが、義務感の強い彼女なら、俺を守ることを最優先としていた可能性は十分ある。



「……でもそれは、立場の違いによるものだよ。他のみんなも、俺と同じ立場なら……」



「いいえ、そんなことはありません。トーヤ様のように、自分の保身さえ考えず動く人を、私は見たことがありません」



 アンナの表情から、それが本気で言っていることだと理解はできる。

 ……いや、そもそも、本気でそう思ってなければ、自分の能力について打ち明けたりなどしないか。



「……理由には、とりあえず納得したよ。その上で、君は俺に何を望むんだ?」



「妹や、コルト達を守って欲しいんです。そして、できることなら妹を、この呪われた体から、解放してやって欲しい……」



「……そのために、自分は犠牲になると?」



「はい……。先程も申しましたように、私は既に壊れています。だから、私のことはいくらでも、どのように使って頂いても構いません。私の力は、必ずトーヤ様のお役に立てるハズです……」



 ……成程。

 どうやら、これが彼女のが本命だったようだ。


 俺を信用しているというのも、嘘では無いだろう。

 そうでなければ、仲間や妹のことを託そうなどとは思わないハズ。

 しかし、自分には支払える対価が無い。

 だから自分の能力を打ち明け、俺にそれを差し出そうとしたワケだ。

 ……まあ、最初は俺に打ち明けるつもりが無かったと言っていたし、利用する気満々だったのかもしれないが。



「………………」



「ど、どうしたのですか? もしかして、それでは満足頂けないという……」



「違う!」



 怒気をはらんだ俺の声に、アンナはビクリとして身をすくめる。

 恐らく彼女は今、俺の心を正確に読むことができていない。

 理由は簡単だ。彼女は何故俺が怒っているのかを、理解していないからである。

 そんな彼女がさらに、俺に暗い怒りを抱かせるのだ。



(こんな年端も行かぬ少女が自らを犠牲するなど、あっていいハズがないだろう……)



「……アンナちゃんの気持ちはわかったよ」



 俺がそう言うと、アンナは心底ホッとしたような表情を浮かべる。



「ただ、その代り、これから君には少し苦しい思いをしてもらう。……いいかな?」



 しかし、続く俺の言葉に、アンナの表情が強張る。



「苦しい、思いとは……?」



 アンナは相変わらず俺の心が読めないようだ。

 ならばこのまま、少し怖がったままでいてもらおう。



「やればわかる」



 俺の言葉に、アンナは気圧されたように少し後ずさるが、すぐに覚悟を決めた面持ちで踏みとどまる。



「……わかりました。構いません。どうか、トーヤ様の思うがまま、私をお使い下さい……」



「……じゃあ、始めるとしよう」



 俺は頷いてからアンナ歩み寄り寄り、そのまま強く抱きしめる。



「っ!?」



 その瞬間、アンナの体が強張ったが構いはしない。



「俺を、受け入れてくれ」



 精神を集中し、俺は彼女に、彼女の内に呼びかける。



 ドクン



「っ!? なっ……!? これ……、は……!?」



 彼女の合意は得た。

 あとは、この過保護な保護者(・・・)を説得するだけだ!



「ト、トーヤ、様!? い、一体……、何を……、っあ!?」



「……本当はわかってるんだろ? これじゃあ、本当の救いになんて、ならないことを……」



 壊れている……? 負の感情を感じない……?

 そんなのはまやかしだ。

 実際彼女は、俺の行動に怯んだし、体を強張らせた。

 それはつまり、彼女は俺を恐れたということである。

 彼女の感情は死んでいない……、ただ、そう感じないよう、麻痺させられているだけだ。



「これからは、俺がお前の半分を負担してやる……! だから、この子の感情を返してやれ!」



「ト、トーヤ……、様……!」



 俺は彼女のか細い体を、さらに強く抱きしめる。



「くっ……、あっ……! トーヤ、様……、…………っ!!?」



 アンナと俺の間で循環していた魔力が、解き放たれるように弾け、地面に波紋が広がる。

 あまりの高濃度の魔力に、爆発でもするのかと思ったが、流石にそうはならなかったようだ。



「ふぅ~、やれやれ、君の精霊は、中々に強情な奴みたいだな……。でも、ちゃんと納得はしてくれたようだ」



「……トーヤ様、わ、私は、一体……?」



 じわりと、肩に温かい染みが広がるのを感じる。



「気分はどうだい?」



 密着していた身体を少し離し、彼女の顔を覗き見る。



「な、なんで……? 私、泣いてる?」



「アンナ、君は壊れてなんかいない。ただ、君の中の過保護な精霊が、感情を麻痺させていただけだったんだよ。……勿論、君のためにだけどね」



 アンナはそれを聞き、不思議そうな顔をした。

 そして次に、悲しそうな顔をする。

 彼女は次々に表情を変え、最後に泣き笑いのような、複雑な表情を浮かべる。



「……トーヤ様、っく……、私、悲しくて、嬉しいです……! うっ……、あっ……、うあぁぁぁぁぁぁん!」



「……よしよし。やっぱり、泣きたい時には、ちゃんと泣かなくちゃ駄目だよな」



 俺は再びアンナを抱き寄せ、頭をポンポンと撫でる。

 上着が涙と鼻水で酷いことになっていたが、不思議と嫌な気分にはならなかった。





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