第48話 露天風呂
改稿済みです。
救出した7人を連れ、俺達は集落に戻ってきた。
陽が沈む頃、周囲を捜査していた者達も戻ってきたが、残念ながら他の小人族を見つけることはできなかったようだ。
「トーヤ殿! 戻られましたか!」
「ああ。それよりソク、建設中の城についてはどうなっている?」
「ええ、それでしたらつい先ほど完成しました」
か、完成? 本当に……?
とりあえず屋根くらいは出来ていないかと思い聞いたのだが、相変わらず凄まじい建築能力だな……
「そ、そうか、助かるよ。じゃあ、早速で悪いんだけど、頼んでいた水場に案内してくれないか? 俺もこの子達も酷い有様でな……。主にイオのせいなんだが」
「私のせいとは、随分な言い草ですね。先程も説明しましたが、復讐者を倒すのはアレが一番なのですよ?」
「いや、まあそうなんだろうけどさ……。もっと周りに配慮して欲しかったよ……」
計4匹程いた復讐者は、イオの手によって全て首を落とされた。
結果、盛大に噴出された血液の雨が周囲に降り注ぎ、俺や周囲の者を真っ赤に染め上げたのである。
「ま、まあまあ、全員汚れが酷いのは確かなようですし、どうぞこちらへ」
ソクの案内で、俺達血まみれ集団は集落の真ん中を闊歩する。
あまりにも物々しい光景に、集まってきたザルア達は若干引いている様子であった。
そんな視線を浴びながら集落を抜け、俺達は出来上がった城の前に辿り着いた。
「お、おお……! 凄いよ、ソク! よくこの短時間でここまで……」
「皆の協力があったからからですよ。そう言って頂くと、こちらも建てた甲斐があります。さあ、こちらへどうぞ」
ソクの案内に従い、城の西側へ回り込む。
そこには、人が数十人ほど入れそうな施設が建てられていた。
「ここが?」
「はい。ご要望通りに作成出来たとは思いますが、念のため確認いただけますか?」
そう言って、ソクは施設の扉を開く。
木造の室内の奥には暖簾が付けられており、その向こう側には岩で囲われた円形の池が見えた。
「完璧だよソク……。見事な露天風呂だ……」
そう、これは池では無い。
露天風呂である。
魔王キバとの戦いで掘った大穴……、実はアレには副産物があったのだ。
それは……、源泉の発見である。
あの落とし穴を掘った事でわかったことだが、どうにもここいらの地下水は地熱で温められているらしく、温水になっているようであった。
そして温水が調達できるのであれば、最早やることは一つしかない。
俺は何人かの術士に協力をお願いし、温水を引き上げて貰った。
そして、ソクに頼んで露天風呂を設置して貰ったのである。
「それは良かった……。何せ私達はその、露天風呂というものを知りませんでしたから……」
魔界には、どうやら露天風呂というものは無いらしい。
湯に浸かるという概念はあるようだが、こういった広い浴槽を用いることは全く無いのだとか。
「いや、見事だよ! 俺の想像通りの出来栄えだ! これは楽しみだなぁ……」
「そんなに喜んでもらえるとは……。これはそんなにも良い物なのですか?」
「ふふ、功労者であるソクには、是非味わってもらいたいな。よし、ソクも一緒に入ろう。それと、協力してくれた術士も呼んでくれ。これだけ広ければ、皆で入っても問題無いだろう」
「は、はあ……、わかりました」
ソクは言われた通り、術士達を呼びに向かう。
「トーヤ殿……、これは一体……」
俺がウキウキしていると、リンカが不思議そうな顔で尋ねてくる。
「荒神の城にも、水場はあったろ? あれと似たようなものだよ」
「この池がか?」
「ああ。この池は露天風呂と言ってな、水の代わりに温水を使っているのが特徴だ。これに浸かると、疲れが取れるんだよ」
「浸かるのか? この池に?」
「まあ、入ってみればわかるさ。リンカ達はこの子達の面倒を見てやってくれ。ちゃんと湯に入る前に体は洗うんだぞ?」
俺は子供達のうち、女の子であるアンナとアンネ、エステルを見る。
全員、怪我などは無いようだが、アンナはどうも目が悪いらしい。
足取りはしっかりしているが、水場は少し心配なため、誰かが付いていた方が良いだろう。
「わ、わかった。……ええと、では、お前達はこっちへ来るんだ」
多少ギクシャクしつつも、しっかりと子供達を案内するリンカ。
アンナ達は、それにおっかなびっくりといった様子でついて行く。
一瞬、コルトという少年が何か言いたそうな雰囲気を出したが、そのまま何も言わずに押し黙ってしまった。
「……3人が心配かな?」
「……いえ、アンナが問題ないと判断したのなら、俺からは何もない、です」
「……そうか。じゃあ君達はこっちについて来てくれ。男は当然、一緒には入れないからな」
そう、露天風呂は当然男女別々である。
ウチの女性陣は気にしないという者も多かったが、そこは俺が譲らなかった。
大事な事なんでね……
各自、若干の戸惑いを見せつつも、いそいそと服を脱ぎだす。
トロールはもちろん、ゾノや獣人達も逞しい体つきをしているな……
それに比べると、俺の体は貧相に見えて仕方がない。
(これでも、結構鍛えているんだけどなぁ……)
まあ、それは追々頑張るとして、今は露天風呂に集中しよう。
まずは全員で丸太椅子に腰かけ、足湯から桶で湯を掬って、体にかけ始める。
おお! とか、これは……、という反応に、俺は思わずニヤニヤしてしまう。
「わ、わぁ! あったかい!」
子供達の反応も上々である。
「コルト君、君は特に汚れが酷いから、念入りに洗わせてもらうぞ」
俺は石鹸を手に取り、コルトを強引に洗い始める。
突然の俺の行動に、最初は抵抗しようとしたコルトだが、思いのほか気持ち良かったのか、途中からなされるがままになった。
「ところでさっきのことだけど、俺が殺されそうになった時真っ先に飛び出してきたよね? なんでかな?」
あの時……、俺が復讐者に殺されそうになったあの瞬間、コルト達は俺に向かって駆けだしていた。
その理由は俺を助けるためだと思うが、どうにもそれが腑に落ちなかった
いくら自分達を助けてくれた者とはいえ、普通見ず知らずの他人を助けようなどと思うだろうか?
「……自分でも、よくわかりません。気づいたら、飛び出していました」
「無意識ってことかな? でも、復讐者が洞窟に侵入しようとしてた時、君達は恐怖で震えていただろう? そんな相手に立ち向かうなんて、無意識でもできることじゃないと思うけどなぁ……」
「……確かに、無意識では無かったかもしれません。でも、あの時はなんとかしなきゃってことしか、頭にありませんでした……」
「そうか……」
まあ、俺の頭の中も、あの時はそんなことばかり考えていたように思う。
苦手意識のある復讐者に対し、逃げることより倒すことを真っ先に考えていたしな……
こういうのは、理屈じゃないのかもしれない。
「パパァ!」
それっきり黙り込んでコルトの頭を流していると、腰の辺りにセシアが体当たりをしてきた。
「セシア? なんでここに?」
「パパが帰ってきたって言うから、オジサン達に付いてきたの! そしたらみんな、裸だったからセシアも裸で来たの!」
よく見るとセシアの後方からはソクと、協力してくれた術士達が全裸で迫ってきていた。
幼女の背後から全裸の中年男性が迫ってくるのは、絵面的に中々怖い……
「……駄目だぞセシア。知っている人でもオジサン達にホイホイついてくのは良くない。あとパパはやめなさい。シアはどうした?」
「ママは今みんなのご飯を作ってる! セシアはパパと遊んできなさいって!」
シアさん!?
いつの間にか俺、育児担当にされている!?
ていうか、パパって教え込んだの、まさかシアさんじゃないだろうな……
「あの、トーヤさんの娘さんですか?」
「いいえ、違います。他所の子です」
コルトの問いにキッパリと否定し、セシアを抱え上げる。
まあ、ここで文句を言っても仕方ないし、とりあえず風呂の間は面倒を見るとよう。
水場で幼子を一人にするのは、少し怖いしな……
俺はセシアも湯で軽く洗ってやりつつ、自分の汚れも落としていく。
そして……
「……さて、いよいよ風呂に浸かるぞ」
水質の調整については、術士が精霊を介して行ったそうだ。
元々有害な成分は含まれていなかったようだが、念には念をというやつである。
温度は測れないためよく分からないが、体温より5度以上高いのは間違いないだろう。
戸惑っている者もいるため、まずは俺が先行して湯に浸かる。
他の者はそれを見て、おっかなびっくりといった様子で湯に浸かり始めた。
「ふおお!? こ、これは!?」
ふはははは! どうだ凄いだろう! 自然に息が漏れるだろう! これが温泉だ!
……まあ、俺も入った記憶はないんだけどな。
「トーヤさん、これ凄いです……。お湯ってこんなに……」
「パパ! 凄いあったかい! 気持ちいー!」
「よしよし、風呂の中では大人しくね」
少し肌寒いこの時期には、温泉は最高の効果をもたらすだろう。
冷えの解消や疲労回復にはもってこいである。
効能については不明だが、加熱して確認すると若干量の塩が出るので、炭酸水素系の効能はあるかもしれない。
まあ、異常な程回復力の高い俺やライ、トロール達にはあまり意味が無いかもしれないが……
「トーヤ! 体を流した後、どうすればいいのですか?」
湯船に浸かり、ほっこりとしていると度肝を抜かれる光景が目に映る。
イオが境界を越えて、こちらの露天風呂に入ってきたのである。
もちろん、全裸で。
「ちょ、待てーーーーっ! 戻れ! 全裸でこっちに来ちゃダメ!」
「む、そんなに無理やり押し戻さなくても良いでは無いですか」
「良くない! ここから説明するから! 戻って!」
「……仕方がありませんね」
はぁー、ドキドキした……
リラックスした気分が台無しだよ……
結局俺は、肌寒い中、向こう側の女性達に入浴の説明をする羽目になった。
風邪とか引いたらどうしよう……
「パパ? 何か大きくなってるよ?」
「メ! 見ちゃダメ!」
クッ……、記念すべき俺の初温泉の記憶が、別の映像で一気に塗り替えられてしまった……