第46話 魔獣討伐①
改稿済みです。
ドン!
もう何度目かになる振動が洞窟に響き渡る。
かなり頑丈に組み上げた土壁だが、最早破られるのも時間の問題だろう。
「コルトお兄ちゃん……」
「……大丈夫だ、魔犬は魔獣の中でも賢い部類だ。同じ場所に長時間とどまることは無いハズ。もう少ししたら、いなくなるよ」
震えながらも、なんとか絞り出した俺の言葉を、幼い妹は信じてくれただろうか?
……いや、賢いこの子のことだ、この壁が長くもたないことくらい、既に気づいているかもしれない。
この洞窟に立て籠もってから、もう二時間近く経過している。
魔犬が一度の狩りかける時間は、せいぜいが一刻程度……、これだけの時間同じ標的に執着するのは明らかに異常だ。
それに、もう一つ気になるのは、救援が一切来ないことだ。
普段、丁度今頃の時間は、近くの集落の大人達が、狩りの帰りに近くを通るはずなのである。
彼らが通れば、この状況に気づかないハズがない。
彼らは俺達を受け入れてくれはしなかったが、友好的に接してくれはしていた。
そんな彼らが、この状況に気づきながら見捨てるとは考え難い。
もしかしたら、彼らにも何かあったのかもしれない……
ドン!
衝撃が走り、土壁にヒビが入る。
その都度、精霊に呼びかけて補修を行うが、俺の魔力もそろそろ限界に近い。
「アンナ! 向こうの状況は分かるか!?」
「確認する…………」
アンナは目が見えない代わりに、精霊を介して気流を読むことに長けている。
その能力を駆使し、壁の向こう側の状況を探ってもらっているのだ。
「嘘よ……、こんなことって……」
その反応を見ただけで、状況がかなり悪いことはわかった。
しかし、聞かないわけにはいかないだろう。
「……アンナ、状況は?」
「……魔犬が8匹。これはさっきと変わらない。けど、何故かシシ豚までいるの。今体当たりを仕掛けているのは、そのシシ豚よ」
「なんだって!?」
確かに、先程から急に衝撃が強まったとは思ったが……、シシ豚だって……?
シシ豚と魔犬が、協力して狩りをするなど、聞いたことが無い。
むしろ、お互いが捕食関係にあったはず……
何故、そんなことが……
「……アンナ、アンネ、済まないけど、空壁も重ね掛けしてくれないか? このままじゃ、いつ突破されてもおかしくない……」
「「わかった!」」
二人は、俺の指示に従い空壁を展開する。
しかし、指示は出したものの、空壁は本来であれば炎や矢を防ぐ防御術である。
物理的防御力も無くは無いが、直接的な攻撃にはあまり意味を成さないだろう。
……それでも、少しでも防御力の足しになってくれれば……
「ハロルド! マリク! 奥から土と、何か重石になる物を持ってきてくれ!」
「う、うん……」
ハロルドが頷き、それに続いてマリクも奥へ駆け出す。
妹のエステルやハロルド達はまだ幼く、術も満足に扱えないため、外精法での助力は期待できない。
それでも、全員が協力しなければならない程、状況はひっ迫していた。
本当は狩りに出ていた四人にも助力を願いたい所だが、この状況では、恐らく既に……
ドン!!
悲嘆的なことを考えていると、ひと際大きな衝撃が洞窟内に響く。
たった一撃で、壁が崩れかけた!?
先程までとは桁違いの衝撃である。
一体、何が……?
「アンナ!」
俺が指示を出すまでも無く、アンナは既に気流操作で外の状況を探っていた。
「……っ!? ダメ! コルト離れて!」
「っ!?」
ドン!!!
アンナが叫んだ直後、再び凄まじい衝撃が走り、土壁は完全に崩れさってしまった。
辛うじて後ろに跳んだ俺とアンナ達は、目の前に現れた存在に震え上がる。
「ふ、復讐者……」
熊のような体格に長い手、鋭い爪、牙、そして醜悪な顔つき。
復讐者と呼ばれるその魔獣は、手出しをしなきゃ無害な魔獣言われているが、この姿を見る限り、とてもそうは思えなかった。
しかもこの復讐者は、間違いなく俺達を標的にしている……
「ごめんな……。エステル、みんな……」
何故狙われたのかという疑問は、それ以上の絶望感により完全に塗りつぶされていた。
自然と零れたのは、守ると誓ったはずの妹と、仲間たちへの謝罪の言葉である。
復讐者は、俺達を屠ろうと洞窟の中に入り込もうとする。
――しかしその瞬間、復讐者は横から現れた何かに弾き飛ばされた。
「ハァ、ハァ……、何とか、間に合った、かな?」
◇
「酷いな……」
ゾノの案内で小人達の集落へやってきた俺達は、その惨状に思わず呻いた。
原型の残った家屋はほとんど無く、辺りには夥しい量の血肉が飛び散っていた。
だというのに、小人達の死体はほとんど見つからなかった。
時折、何かの骨の様なものが見つかることから、住人達はほとんど食い荒らされてしまったのだろう。
「……駄目だ。生きている者どころか、死体すら見つからん。逃げたのでなければ、もう……」
集落の近辺をうろついていた魔獣は一通り始末したが、せいぜい魔犬が数匹程度であった。
群れと言うには、規模が小さすぎる。
あの程度の数で、これ程の惨状を引き起こせるとは到底思えない。
つまり、魔獣達の群れは既に別の場所に移動したと考えていいだろう。
「……北の隠れ家、だったか。ゾノ場所はわかるか?」
「いや、そこまでは俺もわからん……」
まあ、そうだろうな……
ここら一帯には小さな集落がいくつかあるが、基本的にあまり交流を持っていないらしい。
訳ありで流れ着いた者同士、不干渉を決め込むのは当然と言えば当然の話である。
そんな事情もあってか、集落自体の存在は知っていても、その周囲に何があるか等は知られていないようだ。
「とりあえず、北に向かってみるか……」
「……っ! 待ってくれトーヤ殿!」
「リンカ? どうしたんだ?」
「しっ……」
口元に人差し指を当て、沈黙を要求される。
リンカの狐耳が、ピクピクと動く。
「……捕らえた。複数の魔獣の呼吸だ。ここから先、一里程進んだ所に集まっている」
これは驚いた……
リンカは一里程進んだ所と言ったが、魔界の一里は現代日本で言う一里とそう変わらない。
つまり、七キロメートル以上離れた場所の音を聞き取ったということになる。
狐は聴覚に優れると言うが、やはり獣人はそういった能力も獣に近いのかもしれない。
「ありがとうリンカ、助かったよ。……案内できるか?」
「あ、ああ、もちろんだ! 皆、私に付いて来てくれ!」
顔を赤らめ、慌てたように駆けだすリンカ。
何故顔を赤らめたのだろうか……?
まあそれはともかく、リンカを見失わないよう俺達も駆け出す。
しかし、徐々にだが俺の足が追い付かなくなり始めていた。
(……内精法で強化しているとはいえ、流石に獣人に足を合わせるのは厳しいな)
それでもなんとか引き離させぬよう走っていると、リンカが急に停止する。
「ハァ、ハァ、……どうした?」
「小人だ。樹上を逃げ回っている」
っ!?
リンカの視線を追うと、数匹の魔犬が木の根元を行ったり来たりしているのが確認できた。
「助けるぞ!」
俺達は全員、ほぼ同時に駆けだす。
途中、魔犬がこちらに気づき、牙を剥いて飛び掛かって来たが、そんな単調な攻撃は避けるまでもない。
「ハッ!」
呼気と共に、レンリで魔犬の喉を突く。
そしてそのまま地面へ打ち付け、一気に止めを刺した。
他の皆も、各々の獲物で魔犬をねじ伏せたようだ。
「大丈夫か!」
「あ、あんた達は……?」
「俺達は小人達の集落から助けを求められて来た!」
「た、助け!? 本当に!?」
慌てたように木から飛び降り、近寄ってくる小人族。
少し毛深く、一見すると獣人のようにも見えなくはないが……
「……どうやら、怪我は無さそうだな」
「あ、あんた達、本当に助けにきてくれたのか?」
「ああ、小人族の集落の者に、北の子供達を助けてくれと言われてな」
「っ! そ、それじゃあ、頼む! 仲間を助けてくれ! アイツら、洞窟に立て籠もっていて……」
「……! トーヤ殿、マズイぞ。その子供の言うことが本当ならば、魔獣達はその洞窟の前に集まっているようだ」
「なんだって!?」
「音から察するに、攻撃を受けているようだ……。このままだと、走っても間に合わないな……。トーヤ殿、掴まってくれ。跳ぶぞ!」
跳ぶって……、ああ、アレか!
俺は慌てて、リンカに背負われるような状態で掴まる。
瞬間、景色が一気に後退し始める。
(す、すげ……)
これがあの試合の際、リンカの見せた高速移動術か。
とてつもないスピードだ……
この速度で攻撃や方向転換を行っていたというのだから、その身体性能の高さに愕然とする。
「……っ! 見えたぞ!」
リンカが空壁を蹴り、急速停止する。
俺はそれだけで三半規管が揺れ、吐きそうになってしまった。
「っぐ……、か、囲まれているな……」
「……トーヤ殿、私を踏み台にして囲いを抜けろ。奥のアレは復讐者だ。普通に突破しては間に合わない」
そう言って、両手を組んでこちらを向くリンカ。
魔獣達もこちらに気づいた、迷っている暇はない。
「すまん! ここは任せた!」
「ああ、任された! 行け!」
リンカの両手に足をかけ、振り上げる力を利用して思い切り跳躍する。
数十匹はいる魔物の囲いを抜け、着地。
前方を確認すると、壁を破り、今にも洞窟に突入しようとする復讐者が見える。
俺はそのまま一気に加速し、全力で復讐者の脇腹に突きを入れた。
復讐者は派手に吹っ飛んだが、手応えからして大したダメージを与えられていない。
奴から洞窟を守るように立ち、後方を確認する。
子供達が、恐怖と驚きが入り混じったような顔で、俺を見ていた。
「ハァ、ハァ……、何とか、間に合った、かな?」