第263話 『十震交』
「……よし、もう大丈夫だろう」
グラへの触診(というより魔力で内部の様子を確認しているので聴診に近い)を終え、グラの手を引き立ち上がらせる。
「確かに腹部の違和感は無くなっていますが、そんなこともわかるのですね」
「慣れればグラにもできるようになるよ」
身体機能に障害が発生すると、体内を巡る魔力にも乱れが生じる。
俺はそれを感じ取ることで、体の内部の傷の状況を確認したのである。
「それは闘仙流を学べば、ということですか?」
「いや、魔力の扱いを習熟すれば、誰にでも可能だよ」
闘仙流れを学べば、魔力の流れを読み取る能力が向上する。
それを応用すれば、体内の魔力の歪みを感じ取ることも可能にはなる。
だからグラの質問が見当外れということはないのだが、そのくらいのことであれば、わざわざ闘仙流を学ばずとも習得することはできるだろう。
「ほぅ……。それならば、今度ご教授頂きたいですな」
「わかった。今度機会を設ける」
グラくらいの年齢になると、魔力を感じ取る感覚を身に着けるのは大変かもしれない。
やるのであれば早い方がいいだろう。
「しかし、何故肝臓を狙ったのですか?」
「それは、肝臓が高い再生能力を持っているからだ」
肝臓は、内臓の中でも唯一と言っていい程高い再生能力を持つ。
他の臓器にも再生能力が全く無いワケではないが、肝臓のように切除したものが元通りになることはない。
トロールの血を引くグラであれば他の臓器でも高い再生能力を持つかもしれないが、念には念を押したワケだ。
「成程。であればこの治りの早さにも納得はいきます」
こういう言い方をするということは、グラは以前に他の内臓を損傷した経験があるのかもしれない。
いくらトロールでも内臓を損傷すれば回復に時間がかかる。恐らく過去の経験と比較したのだろう。
「相変わらずトーヤは博識だね。そんなこと、僕は知らなかったよ」
一緒になって聞いていたライが、感心したように言う。
周囲で聞いていた他の者達も、一緒になって「へ~」と声を上げていた。
「それで、先程の技は一体なんなのですか?」
そんな中、一人興味無さそうにしていたイオが質問を投げてくる。
グラの治療を優先したため保留していた質問だが、いい加減しびれを切らしたのかもしれない。
「あれは、魔力による内部破壊の技だよ」
「……魔力による? もしかして、私を騙そうとしていますか?」
「いやいや、本当だよ」
俺は本当に嘘など吐いてないが、イオが疑ってかかるのも無理はないだろう。
本来、魔力には直接的な攻撃力が無いからだ。
魔力でできることは多岐にわたるが、実は物理的に干渉をする場合はごく限られたことしかできない。
具体的には外精法(魔法)による万物への干渉と、『剛体』などによる反発力の行使だ。
前者は間接的な干渉であるため、実質は後者のみと言ってもいいだろう。
その理由は、魔力による物理的影響が極めて低いことにある。
「魔力では対象に物理的被害を与えることは不可能です。私でもそれくらいのことは常識として知っています」
「まあそうなんだけど、それはやり方次第かな」
「……それは、『破震』や『裂震』と同じ種類の技ということでしょうか?」
この場で一番闘仙流に精通しているスイセンが疑問をぶつけてくる。
「いや、『破震』や『裂震』とはそもそも原理が違う」
やはりスイセンでも、この『十震交』の原理は見抜けなかったか。
これは、今後遭遇する敵対者にも見抜かれ難いという参考値にもなるな。
……紫のような魔眼持ちには見抜かれるだろうけど。
「原理が違う……。確かに『破震』や『裂震』は直接的に人体を攻撃しているワケではありませんが、だとしたら一体……?」
『破震』は、自分の魔力と対象の魔力を同調させ乱すことで、対象部位付近の器官にダメージを与える技である。
これは言ってしまえば内精法に近い原理で、身体強化の逆を行っているに等しい。
『裂震』もその延長線上にある技で、こちらはそれをより乱暴にすることで物理的なダメージを発生させている。
しかし、先程俺が使った『十震交』は、内精法とは根本的に異なる原理を利用している。
「この技の名前は『十震交』という。その原理は、『剛体』を応用したものだ」
「『剛体』を?」
「ああ」
俺は頷いて原理について説明を始める。
「まず『剛体』についてだけど――」
説明をする前に、まずは『剛体』について正確な情報を知ってもらう必要があるだろう。
『剛体』はトロールが無意識化で行っている防御方法だが、その内容は魔力の放出である。
外敵による物理的な攻撃などに対し、指向性のある魔力を放出することで反発力を生み出しているのだ。
つまり、ある程度魔力操作に精通していれば、トロール以外の種族にも可能となる防御方法である。
しかし前述した通り、魔力には物理的干渉をする力が乏しい為、非常に燃費が悪いのだ。
だからこそ、常に魔力が回復するトロールや、膨大な魔力量を持つ獣人以外で取り扱うのは難しくなっている。
さて、この反発力は磁石の反発と似たような性質で、物理ダメージは無いに等しい。
さらに言えば、物理に影響を及ぼすほどの魔力放出は、効果範囲がかなり狭い。
だから『剛体』は、自分の周囲10センチ程度の範囲しか効果を発揮できなかったりする。
それを攻撃に利用しようと思えば、以前キバ様にやったような規格外の魔力放出を行うか、アンナが行ったような自爆覚悟の魔力暴走でも引き起こすしかないだろう。
では、どうやってそれを利用可能にしたのか?
それは、一点に対する集中的な放出である。
「このように魔力を放出しても、せいぜい腕の半ばくらいまでしか物理的影響を及ぼすことはできない。その影響も少し強く押す程度の力だ。しかし、それを一点に対し複数集中させれば、こうなる」
俺は先程グラに行ったように、十指から指向性を持たせた魔力放出を行う。
線で放たれた魔力は、対象となる木の枝で交わり――次の瞬間、枝はへし折れた。
「おお……」
「これが『十震交』の原理だ」
「成程。つまり先程は、私の内部でこれと同じ現象が発生していたということですね」
これは言ってしまえばガンマナイフと同じ原理である。
ガンマナイフは医療などに用いられる放射線照射装置だが、その特徴は複数のガンマ線を集中照射することだ。
一本一本のガンマ線は細く弱いが、幹部となる部分にのみ集中させることで人体への影響をほとんど出さずに体内の腫瘍などを取り除くことが可能となる。
その原理を魔力放出に応用したのが『十震交』だ。
部分単位の『剛体』を応用し、指先一本一本から細く研ぎ澄ました魔力の放出を行う。
この一本一本はほぼ無害だが、その全てが交差する一点にはかなりの負荷がかかる。
その衝撃は先程披露したように枝程度ならへし折るレベルであり、柔らかな内臓に穴を開けることも可能となるというワケだ。
「……しかしこの技、相当に高度な魔力操作が必要ですね」
「ああ、その通り。だからこの技も闘仙流の奥義の一つにしようかと考えている」
部分単位の『剛体』は、そもそも高い魔力操作能力が必要となる。
それを指先、それも十本全てでコントロールした上で、狙った場所に指向性を持たせる必要がある。
魔力操作に精通したスイセンでも、そう簡単に真似することはできないだろう。
「凄い技を引っさげて帰ってきたね、トーヤ」
「ふふん、まだまだこんなモノじゃないぞ? この二年、それはもう辛い辛い修行をしてきたんだからな」
「それは頼もしいですな。その調子で、この二年の間に溜まった書類仕事も片付けて頂きたいものですが」
「うぐ!?」
俺が調子に乗ってライに応えていると、グラから手痛い言葉が飛んでくる。
もしかしなくても、この二年のことをグラは恨んでいるのかもしれない……