第262話 グラとの試合
さて、ひょんなことからグラと試合をすることになったワケだけど、どうしたものか。
これだけ注目されては逃げるワケにもいかないし、ボロ負けして無様な姿をさらすワケにもいかない。
「…………」
俺は少し集中して、グラの魔力の波長を読んでみる。
(……うーん、やる気満々って感じだな)
グラの発する魔力は、アンナの判断基準でいう所の喜色。
恐らく好奇心や闘争心といった感情が占めていると思われる。
(グラって落ち着いた雰囲気だけど、なんだかんだトロールの血を引いているからな……)
トロールは闘争心の強い種族だ。その血を半分引いているグラも、やはり闘争心が強いのかもしれない。
「それじゃあ、審判は僕が務めさせて貰おうかな」
そう言ってライが審判に名乗り出る。
イオには務まらないだろうし、今いる面子の中では適任と言えるだろう。
「それで、勝敗はどちらかが参ったと言うまでで良いかな?」
「私はそれで構いません」
「……俺もそれで構わないよ」
師匠との組手ではそんなルールなど無かったので、こちらの方が幾分安全と言えるだろう。
ただ、問題となるのはグラの種族だ。
(トロールと鉱族のハーフ……。相手にしてみると厄介極まりない存在だな)
グラの皮膚は岩肌のようにザラザラとしており、硬度に関しても岩なみだ。
それに加えてトロールの回復力を持ち合わせているため、防御力が非常に高くなっている。
当然『剛体』も使ってくるため、通常の物理攻撃でダメージを与えるのは至難と言えるだろう。
ただ、その点に関して言えば、内部破壊系の技を持つ闘仙流はダメージを与えやすい部類に入る。
通りさえすれば、だが……
「それでは、始めましょうか」
「……お手柔らかに頼むよ」
グラが構えを取る。
俺もそれに合わせて、正中線を隠す闘仙流の構えを取った。
「それじゃあ、始め!」
ライが合図を出すと同時に、グラが一気に攻め込んでくる。
自分で無手でも問題ないと言っていたように、その動きは非常に滑らかであった。
「フッ!」
呼気と共に放たれた拳を、俺は距離を取ることで躱す。
それを見越してグラが距離を詰めようとするが、そうはさせない。
「シッ!」
前蹴りを放ち、グラの前進を潰す……つもりだったのだが――
「っ!?」
グラは俺の蹴りには構わず前進することを選んだ。
しかし、よくよく考えればこの対応は当然とも言えた。
(俺の蹴りじゃダメージを喰らわないんだから、そりゃそうか!)
師匠相手なら通じる布石も、グラ相手には通じない。
早々に感覚をアジャストしないと、マズいことになるだろう。
(感覚としては、蛮を相手にしたときに近いかもな……)
蛮が後半に使ってきた魔素による防御。
アレを相手にしているつもりであれば、攻めの方は問題なさそうである。
(問題は防御に関してだが……)
グラの攻めには、蛮のような過激さはない。
かといって師匠のような流麗さはなく、一つ一つの打撃が速く、重い。
まともに受けては、容易くこちらの防御を突破されるだろう。
その為、俺は距離で攻撃を捌いているが……
「っと!」
「ほう、これも躱しますか!」
グラが嬉しそうに咆えるが、俺としては堪ったものではない。
正直、今のもギリギリであった。
(距離を潰すのが、異様に上手い……)
トロールとは思えぬ繊細な距離の詰め方。
これは恐らく亜人流剣術の歩法か何かなのだろうが、これに関しては師匠以上の老獪さを感じる。
(師匠もこれくらい詰めが上手ければ、将棋も強かっただろうに!)
そんなことを考えながら、ギリギリでグラの拳を躱す。
しかし距離を取ろうとして、自分の立ち位置がマズいことを悟る。
(観客が近い! これじゃ後ろに躱せないぞ!)
恐らく、グラがそうなるように仕向けたのだろう。
俺も観客の位置は意識していたが、回避先にまで意識を割けていなかった。
「貰った!」
グラの拳の軌道は俺の正中線を捉えている。
後ろに躱せない以上、俺は真正面から防御するしかない。
が、グラの拳が岩と同等と考えれば、腕で防ぎきれるようなものではないだろう。
結果、俺が選んだのは『剛体』による防御であった。
「っ!?」
グラの左拳が、俺の腕を滑るように逸れていく。
俺はそのまますれ違うように立ち位置を入れ替えようとして……、途中で腕を掴まれた。
「闘仙流『流体』、見事です。が、甘いですな」
「しまっ――」
慌てて手から逃れようとするが、グラの握力は凄まじく、振りほどくことができない。
グラはそのまま、もう片方の腕の肘の部分を俺の胸に当ててくる。
同時に、凄まじい衝撃が胸を中心に広がった。
「亜人流剣術『刺槌』。の、無手版と言ったところです」
必殺を確信したグラが、崩れ落ちる俺の頭上からそう語る。
この場にいる誰もが、勝負はついた、そう思っただろう。
しかし――
「っ!?」
地面に倒れ込む瞬間、俺は縮地でグラの股を抜け、背後に回っていた。
「そっちも、油断大敵だぞ」
俺はそう言うと同時に、手首と手首を合わせた状態で両手を突き出す。
そして十指がグラの背に触れた瞬間――
「ッグッ……!?」
グラは脇腹を押さえ、膝から崩れ落ちた。
「こ、これは、一体……?」
立ち上がって振り向こうとするグラを、俺は手で制止する。
「あまり動かない方がいい。肝臓に穴が空いている」
「肝臓に……。これも、闘仙流の技、なのですか?」
「ああ。亜人流剣術の技を見せて貰ったお返しだよ。……それで、試合は俺の勝ちでいいかな?」
「……ええ、私の負けです。参りました、トーヤ殿」
恐らく、グラはまだ戦おうと思えば戦えたのだろう。
しかし、内蔵を破壊されたことが何を意味するかは、自然と理解できたようだ。
グラがそう言うのと同時に、駆け寄ってきたライが俺の手を掴んで高く掲げる。
「勝者、トーヤ!」
その瞬間、周囲の観客から大きな歓声が上がる。
いつの間にか、観客の量が凄いことになっており、ちょっとした見せ物のような状態になっていたようだ。
(なんだか異様に照れ臭いな……)
身内しかいないせいもあり、荒神の武闘大会以上に恥ずかしさを感じる。
居た堪れなくなった俺は、そのままこの場を去ろうとする、が――
「で、トーヤ。さっきの技は一体どういう技なんだい?」
ライを含む何人かが、俺を逃がしてくれないようであった。