第261話 グラと子供達
俺はひとまず、早々にコンタクトを取れるレイフへの挨拶を済ませることにした。
「……っていう所かな。この二年は、本当にレンリの世話になったよ」
『ふむ。まあお前が色々と大変だったのは、娘の成長ぶりを見れば察せられるぞ』
レイフは現在レンリと同調中で、どこか異常が発生していないかチェック中しているらしい。
二年以上傍を離れていたこともあり、親としては心配なのだろう。
俺としても、栄養の問題に関しては心配していたので、レイフには診て貰いたいと思っていたところだ。
『……どうやら、その魔族領とやらの土はあまり良くないようだな。娘にも少し影響が出ておる』
「土による影響、ですか……?」
確かにレンリは定期的に土から栄養を摂取していたようだが、それが悪かったのか?
『うむ。これは魔獣共から染み出す成分を吸った土特有のものだな』
「魔獣……。そうか、多分魔素のことですね」
魔族領は、亜人領に比べて魔物の量が多い。
魔族も魔素を含有しているし、木や植物にも変質は見られた。
結果として、土や水に影響が出ている可能性は十分にあるだろう。
……いや、あるいは土や水に原因があるからこそ、その他の動植物に影響を与えているのかもしれない。
でもそれだと、俺達にも影響が出ている可能性はあるな。
「その影響って、俺にも出てるかどうかってわかりますか?」
『お主からは何も感じないな』
となると、やはり植物などは土の影響が大きいということなのかもしれない。
思えば俺達は、食物に関しては肉食が中心だったし、その肉も魔素を含有する部分は取り除いて食していた。
水に関しても、明らかに魔素を多く含むものは口にしないようにしていたので、あまり摂取されなかったのだろう。
『まあその魔素とやら自体、絶対に悪影響を及ぼすというものではない。こちらの土にも幾分かは含まれているしな。……もっとも、大量に摂取すれば話は別だろうが』
魔素は決して毒物というワケではない。
もし毒であったら、魔物も魔族も普通には生活できていないハズだからだ。
例えるなら、アルコールやカフェインと性質的には似ているかもしれない。
過剰に摂取すれば害になるし、体質的に弱いものは少量でも悪影響が出る。そんなところなのだろう。
だから魔素を含有する魔族も、肉などから直接魔素を取り込むことを忌避していたのだと思う。
……仮説に過ぎないが、中々良い所は突いている気がする。
機会があれば、稲沢に確認してみよう。
『さて、我は娘と二人で話したい。お主はもう行っていいぞ』
そう言われ、俺はしっしと追いやられてしまった。
これまでずっと一緒だったレンリと離れるのはなんとなく心許ないが、こればかりは仕方ないだろう。
親子水入らずというヤツだ。
(さて、次は……、ん? アレはグラか)
城の裏から表に回ると、中庭でグラが子供達に何かを指導しているようであった。
子供達が持っているのは木の棒のようだが、もしかして剣術でも教えているのだろうか?
「グラ」
「これはトーヤ殿、仕事の方は終わったのですか?」
「うっ……、いや、今は息抜きをしているところだよ。それよりグラは何をやっているんだ?」
「私は……、トーヤ殿が戻られて時間的余裕ができましたので、剣の才能がありそうな子供に亜神流剣術の手ほどきをしています」
時間的余裕があるのなら是非俺の仕事を手伝ってもらいたい……と言いたいところだが、今までグラに任せてきたことを考えると流石に言い出すことはできなかった。
「亜人流剣術か、俺もこの二年で多少習ったよ」
「ほう? 魔族領にも亜人流剣術が伝わっていたのですか?」
「いや、そういうワケじゃないんだけど、その元となった武術を使う人に師事していたんだ」
「っ!? 元となった、ですか。それは興味深いですね……」
グラが食いついてきた。
やはり亜人流剣術の話は、彼にとって非常に興味を惹く話題らしい。
さて、とりあえず話を逸らすことには成功したが、なんと説明しようか……
「グラ様! この方がトーヤ様ですか!?」
俺が暫し逡巡していると、ゴブリンの少年がグラに話しかけてくる。
この子はどうやら、俺がいない間に集落に加わった一員のようだ。
他の子供達も、半数以上が見覚えのない子供である。
まだ小さい子もいるから、新しく産まれた子も含まれているのだろうけど、随分増えたな……
「そうだよ。この方がこの集落の長である、トーヤ様だ」
「わー! ということは、凄い強いんですね!?」
「ああ、凄く強いよ」
って、ちょっと待ってくれ。
流石に子供に嘘は教えないで欲しい。
「グラ、子供に嘘を教えるのはちょっと……」
「別に、嘘を吐いたつもりはありませんが……」
そう言ってくれるのは少し嬉しい気もするが、流石に買いかぶりである。
少なくともこの集落には、俺より強い者がゴロゴロいるのだから。
「ねえグラ様! グラ様とトーヤ様なら、どっちが強いの?」
「それはもちろん、トーヤ様で……」
「いやいや、流石にそれはないって!」
二年の修行で、俺もそこそこ腕を上げたという自負はある。
しかし、達人級の相手と比べられては、まだまだ劣ると言わざるを得なかった。
「いえ、雰囲気でわかります。トーヤ殿は強くなられた。恐らく今の私ではもう……」
「いやいやいやいや……」
お互い謙遜しあうような状態になっているが、こちらとしては譲る気がない。
子供達に間違った認識をされると、後々面倒になるからだ。
「……っ! そうだ! それなら、グラ様とトーヤ様で試合をしてみればいいじゃないですか!」
「えっ?」
俺とグラの間で顔を行ったり来たりさせていた少年が、良いことを閃いたとばかりに提案をしてくる。
「試合、ですか。ふむ、それは中々良いかもしれませんね」
「グラ!?」
まさかの乗り気!?
「いえ、先程トーヤ様の話されていた亜人流剣術の源流となる武術のことも知りたかったですし、丁度良いと思いまして」
しまった……。先程振った話題に興味がありすぎて、グラのやる気に火が点いてしまったのか……
「いや、でも今俺、レンリを持ってないし……」
「それでは無手で良いでしょう。そちらの方がトーヤ殿もやりやすいでしょう」
「でもそれだと、グラの方が厳しいんじゃないか?」
「問題ありません。亜人流剣術は元々無手から派生した流派と言われていますからな。無手でも問題なく応用可能です」
俺が提示した断る要素はあっさりと潰されてしまった。
どうするか……
「良いではないですか。トーヤの成長、私も興味があります」
「僕も興味あるね」
「イオ!? それにライも……」
なんとか断れないかと考えあぐねていると、いつから見ていたのか、イオとライが後ろから声をかけてくる。
「ほら、見てみなよ。みんな二年振りに戻った君に興味深々なんだよ?」
そう言うライの視線を追うと、外でトレーニングしていた他の者達も、遠巻きにこちらの様子を窺っているようであった。
いつの間にか、俺はかなり注目を集めていたらしい。
(これは、逃げられないな……)
俺は観念してため息を吐く。
「……わかったよ。その代わり試合といっても俺は本気でやらせてもらうからな? そうじゃないと一方的にやられるだけになっちゃうし」
鉱族とトロールのハーフであるグラの防御力は非常に高い。
通常の攻撃では、まずダメージを与えることはできないだろう。
俺がそれなりの技術を駆使しなければ、そもそも試合として成立しない。
「望むところです。ふふ……、久しぶりに胸が高鳴りますな」
グラは心の底から楽しんでいるようだが、元々厳つい顔をしているので悪い笑顔をしているようにしか見えない。
実は二年間業務を押し付けていた恨みをぶつけるつもりなんじゃ……、と思ってしまう。
そんなこんなで、急遽グラと試合をすることになってしまうのであった……