第259話 女性関係の問題
レイフの森へ帰還後、色々な雑務を片付けた俺は、ようやく執務室に腰を落ち着ける。
まだまだ細かな業務は残っているが、グラとソウガがしっかりと業務を回していたらしく引継ぎはスムーズに行えそうであった。
「トーヤ、やっぱり僕は、あの扱いはあんまりだったと思うんだ」
そうして一息ついている俺の頭を、翡翠が文句を言いながらガジガジと噛んでくる。
どうやら暫く放置されたストレスからこんな行動を取っているようだが、地味に痛いのでやめて欲しい。
「その件については謝っただろう……。いい加減機嫌を直してくれ」
北方境界での戦いにおいて、翡翠とヒナゲシには基本的に何もさせていない。
理由は二人の戦闘が派手過ぎる為で、隠密性を重視する作戦では使えないと判断したからである。
その上、二人とも俺の命令しか聞かないため、炎達と共に陽動に参加させることもできなかった……
結果として二人には、森の中でひっそりと待機してもらうしかなかったのだ。
「僕の機嫌を直そうと思ったら、言葉だけじゃ足りないよ。ちゃんと誠意を見せてくれないと」
「……具体的に、何をすればいいんだ?」
「そうだねぇ……。一番は僕と子供を作ってくれることかな?」
「そんなの、ダメに決まっているだろう……」
「なんでさ? 僕、ちゃんと子供を産めるよう準備はできているよ?」
「そういう問題じゃない」
翡翠が人化した姿は、どう見ても10歳程度の少女である。
そんな少女と子作りなど、正直俺には考えられない。
「じゃあどういう問題?」
「年齢とか、色々だ」
「年齢は問題ないでしょ? 僕、これでも500歳は超えてるよ?」
500歳って、キバ様より年上じゃないか。
そんな年齢いってたのか……、って、俺も純粋な年齢で言えば人のことは言えなかったな……
「……見た目の問題だ。翡翠はまだ成龍になっていないんだろ?」
翡翠は俺と同様、コールドスリープのような機器で眠らされていたらしい。
俺よりは早く目覚めていたようだが、それでも未だ成龍にはなっていないそうだ。
「そうだけど、そんなの待ってられないよ! 僕だってトーヤだって、いつ死んだっておかしくないじゃないか!」
そう言われれば確かにそうなのだが、そんな退廃的な理由で子作りなどしたくない。
もし子を成すのなら、もう少しちゃんとした段取りが欲しいところだ。
「……トーヤが子種をくれないと、古龍族は滅んじゃうんだよ?」
翡翠は、古龍族唯一の生き残りなのだという。
稲沢達は翡翠を保護することで、古龍族の絶滅を免れたのだそうだ。
しかし、本当に絶滅を防ぎたいのであれば、つがいで保護する必要があったのでは?
と思ったのだが、残念ながらその時点では既に男の古龍族は絶滅していたのだそうだ。
「でも、俺じゃなくても、上位の龍族となら子を成せるんだろ?」
「みたいだけど、その場合産まれてくるのは全て龍族だよ。古龍族は、古龍族同士か人間との間にしか産まれない」
通常、生物の異種交配はほとんどの場合成立しない。
この魔界においては、精霊と混じりあった影響からその制限はかなり緩和されているが、やはり成立しない種族というのも存在するらしい。
どうやら、古龍族の交配には色々と制限があるようであった。
「ってことは、本当に俺とじゃなきゃ古龍族の子は宿せないってことか……」
「そういうことだよ」
稲沢達は、本当に難儀な役目を俺に押し付けてくれたな……
鬼族との交配についても勧められたし、俺のことを種馬か何かだと思っているんじゃないだろうか?
「……だったら、なおのこと今はダメだ」
「なんで!?」
「さっき俺や翡翠だっていつ死ぬかわからないって言ったろ? でもそんな状況なら、子供を作っても安全に育つという確証は無いよな?」
「う……、確かに……」
それに、本当に古龍族を復活させようと思ったら、子供は一人生んだだけでは足りない。
何人も産んだ上で、近親交配というリスクのある方法で増やしていく必要があるのだ。
その為には、それが可能となる安全な環境を作っていく必要がある。
「だから、少なくとも亜人領の平定、そして魔族との争いに決着をつけてからじゃなきゃダメだ」
「う~……」
翡翠は俺の言っていることを認めざるを得ないようで、唸るだけで反論してこない。
どうやら、なんとか乗り切ることができたようだ。
俺は『縁』経由で翡翠にバレないよう注意しつつ、ホッと一息つく。
「でも、それなら他の女の子達にも手を出しちゃダメだからね!」
「なんだよ他の女の子達って……」
「アンナに、スイセンに、リンカに、カンナに、それにイオも怪しいよね。鬼族の紅も僕と同じ条件だからダメだし、大人っぽくなったからってセシアもダメだよ。あ、もちろん雀や紫も論外だから!」
ちょっと待ってくれ! 今10人近い女性の名前を挙げなかったか!?
「翡翠は俺のことをなんだと思ってるんだ! 俺がそんなにポンポンと女性に手を出すと思ってるのか!?」
「思ってるも何も、みんなに粉かけてるじゃないか」
「かけてないよ! 確かに成り行き上助けたりなんてことはあったけど、俺からみんなを誘うようなことはした覚えないからな!」
年上の優しさに甘えたくてスイセンに頼るような場面はあったが、それ以外で俺から何かアプローチみたいなことはしたことがないと断言できる。そして、さっき名前を挙げた中にイオや紫、セシアまでが含まれていたことにも納得がいかない。
「でも結果的にはみんなトーヤに惚れてるじゃないか! ツバキやリーヤ達もなんだか怪しいし!」
自分の名前が挙がったことに、部屋で掃除をしていたツバキがビクリと反応する。
彼女は以前、豪商ドグマの屋敷で俺に主従権を委託された奴隷なのだが、今では家事などに習熟し、立派なメイドとなっている。
長いこと城を離れていたから、彼女達との関係は希薄になっているのだが、それを怪しいってどういうことだろうか。
というか、リーヤ達って今言ったよな? 彼らはツバキ同様俺の奴隷だが、立派な男だぞ?
「ツバキ?」
「はい! あの! 私はその、違います! ……いえ、トーヤ様には感謝していますし、尊敬もしていますが、決してそのような感情は……! し、失礼します!」
ツバキは顔を真っ赤にしながらそう捲し立て、最後には部屋を飛び出していってしまった。
「……」
「ね? 怪しいでしょ?」
確かに今の反応は、勘違いしてもおかしくないような反応であった。
しかし俺自身、彼女達に何かしてあげた覚えはないし、惚れられる要素なんかコレっぽちもないと思っている。
一体何故こんなことになっているのか。
「……理由がわからない」
「これだからトーヤは……」
翡翠はそう言って俺の頭から離れ、フワフワと机の上に着地する。
「いいかいトーヤ? 弱ってる女性やツライ思いをしていた女性っていうは、少しでも優しくされるとコロッと落ちちゃうものなんだよ」
「……そんなバカな。それだけで惚れるなんて、普通あり得ないだろう?」
「普通じゃないからあり得るんだよ! 命を救われたり奴隷から解放されることが、普通だなんて思わないでね!」
そう言われてしまうと、そうなのかもしれない。
もし俺が命を助けられたり、拷問されているところを誰かに助けられたりしたら、きっとその人に対し凄まじい感謝の念を抱くだろう。
それが異性であれば、惚れる可能性だってないとは言い切れない。
「……どうしよう。困ったな」
いくらなんでも、全員の気持ちに応えるなんてことはできるハズがない。
亜人領には一夫一妻制とか一夫多妻制とかいった制度は全くないようだが、流石に限度というものはあるだろう。最初から全員に手を出す気なんてサラサラ無いが、紅や翡翠のような特殊なケースもあるため、中々に難しい話である。
「ともかく! トーヤはその辺のことを弁えつつ、今後の行動には注意を払うように!」
「……はい」
自分の頭ほどのサイズしかない子龍に、女性関係のことで説教を受けてしまった。
なんとも情けない状況だが、このことについては今後しっかりと考えるべき案件でもある。
(やれやれ、本当に厄介事ばかり増えていくな……)