第257話 これからのことについて
ザジ殿が予測した通り、東軍と合流した魔族軍は、魔族領へと撤退をしていった。
自軍の半数近い兵力を失った上、将まで討ち取られたという被害状況から考えれば当然と言えるかもしれない。
……つまり、この戦は亜人軍の勝利という結果で終わったことになる。
ただ、残念ながらその勝利を手放しで喜ぶことはできなかった。
リンカの率いていた東軍は、魔族側よりもはるかに大きな被害を受けていたし、サジ殿の率いていた西軍も少なくない被害を出している。かたちだけの勝利とは、まさにこのことであった。
「全ては私の責任だ」
「いやいや、指揮を頼み込んだのは俺ですぜ。責任は俺にありますよ」
「それでも、引き受けたのは私だ。だから私が……」
「待て待てお主ら。総指揮である私を置いて勝手に話を進めないでくれんか?」
「「しかし……」」
自らの責任だと主張し合うリンカとトウジ将軍を、ザジ殿がやれやれと窘める。
しかし二人に強情であり、中々主張を譲ろうとしない。
(こういう所が、亜人軍の緩いところだよな……)
少なくとも紫の配下達は、そういった面でしっかりと統制が取れていた。
あのキバ様がトップであることを考えれば仕方ないのかもしれないが、こういう部分は今後見直していく必要がありそうである。
「ザジ大将軍の言う通りです。リンカ様もトウジ将軍も、暫く発言は控えて貰えますか?」
そう言って最終的に二人の言い争いを止めたのは、数刻ほど前にこの北方領域に辿り着いたソウガである。
現在、俺達は報告を含めた情報の共有を行っているところであった。
「……さて、大体の状況については把握できましたが、やはり気になるのは左大将、貴方の連れてきた魔族達のことです」
戦の話が終われば、やはりその話になるだろう。
俺がここにいるのは、ほぼそのためであったと言ってもいい。
「もちろん、説明はさせてもらうつもりだ。その前に、一人追加でここに迎え入れても構わないか?」
「……ここで一番立場が上なのは貴方ですよ左大将。貴方が迎え入れると言うのであれば、我々に拒否することはできません」
……まあそうなのだろうが、今の俺にその権威が残っているのかは甚だ疑問である。
そんなもの、とっくに剥奪されていてもおかしくないのだから。
「……まだ俺にその資格があるかはわからないが、今はその言葉に甘えさせて貰うよ」
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………………………
……………
「この人は、魔王ゾットの娘である紫殿直属の親衛隊隊長、炎殿だ」
「炎と申します」
「「「「…………」」」」
炎の自己紹介に、言葉が返ってくることはなかった。
代わりに伝わってくるのは、驚愕や警戒といった感情である。
そして暫しの沈黙ののち、それを最初に破ったのはサジ大将軍であった。
「……私がかの女傑と相まみえたのは遥か昔のことですが、その際にひと際強烈な戦士がいたことを覚えております。あの頃と比べれば随分と見た目が変わっていますが……、この気配、間違いないでしょう」
「私も、ザジ殿のことは覚えています。厄介な相手は、全て記憶に刻んでおくよう命じられていますので」
どうやらサジ大将軍は、かつてあの紫ともやりあったことがあるらしい。
……それで無事だったことからも、この老将軍の優秀さが伺えるというものだ。
「……サジ将軍が言うのであれば、間違いないのでしょうね。私も立場上聞いたことはありましたが……、なるほど。このただならぬ気配は、噂に違わないですね」
あのソウガですら動揺を隠せていないことからも、どんな情報が伝わっているか大体想像できてしまう。
やはり紫は、昔からとんでもない存在だったようだ。
「知っているのであれば話は早い。俺は今、彼の主である紫殿と協力関係にある。今回彼らに助力を仰げたのも、その関係によるものだ」
ここまでは話の流れで想像がつくだろう……、と予測したのだが、ソウガもザジ殿も、俺の言葉に驚いている様子であった。
「……炎殿がいることでまさかとは思いましたが、本当に生きていたとは」
っ! そうか、荒神の情報では、紫は死んだことになっていたのか……
「紫様は幽閉されていたのです。それを助け出してくれたのが、トーヤ殿だったのです」
「そういうことですか……」
表情には出していないが、感情に若干の揺らぎがある。
敵将を救い出したのが俺だったのだから、ソウガとしては複雑な心境だったのだろう。
俺も今更ながら、とんでもないことをしてしまったのかもしれないと思い始めている。
……しかし、もう後には退けない。
「……もう予想はついているかもしれないが、俺はその紫殿と荒神とで、同盟関係を結びたいと思っている」
やはり、といった感じで溜め息を吐くソウガ。
「……内容を、もう少し詳しく説明してください」
「ああ、もちろんだ」
そして俺は、紫とどんな取引を交わしたか、そしてこれからのことについてを説明した。