第254話 あっけない幕切れ
「クック……、行かないでいいのかい? 景副将軍」
「……」
崩に矢の雨が降り注ぐのを尻目にしながらも、景に動揺した様子はない。
微塵の焦りすら浮かばないのは、あの状況をどうにかできる策があるのか、それとも……
「景! おい景! さっさとそいつを蹴散らして、こっちの援護をしやがれ!」
無数の矢をなんとか切り払いながら、こちらに支援を求める崩。
随分と焦っている様子だが、実際はまだまだ窮地と呼べる状況でも無いだろう。
「……崩様にはもう少し頑張って頂きましょう」
「っ!?」
初めて声を発したと思った瞬間、視界の外から無数の刃が飛来する。
「あぶねぇ……、魔眼を発動してなきゃ、直撃してたぜ」
俺の魔眼は視野を広めるだけという平凡な性能しかないが、奇襲などは防げるし十分に便利だと思っている。
「魔眼持ちか。それすらも隠していたとは、本当に優秀な兵士だったようだな」
「お褒めに預かり光栄だ。俺も、アンタがここまでやれるなんて思っていなかったよ」
この男が戦場に立っている所は何度か見たが、まさかここまで出来るとは思っていなかった。
ほとんど戦闘をしない崩の武力を見誤ったこと以上に、意外だったと言っていいだろう。
「……この策は、お前の仕組んだものか?」
「ああ……、と言いたいところだが、俺にそんな高尚なことができると思うか?」
「……」
そんなこと、聞くまでもないだろうに……、ってそうか、単純に時間を稼ぐ目的だったのかもしれないな……
いやしかし、この状況で時間稼ぎに意味なんてあるか?
……駄目だ。俺の頭じゃ、考えても答えが出るワケがないな。
「よくわからんが、時間稼ぎのつもりなら……っと!」
俺の言葉を遮るように、魔素の刃が飛んでくる。
十分に避けられる速度だが、逆にそれが少し気になる。
とはいえ、迎撃するのは得策ではないため、結局は躱すしかないのだが……
(む……? 消え……、いや、隠形か!?)
魔素の刃を躱した瞬間、しっかりと目で捉えていたはずの景が霞んで消える。
先程よりも高度な隠形のようだが、居るとわかれば見破ることは容易い。
「って……、逃げるのかよ!」
五感を研ぎ澄まし、景の姿を捉えた時には既かなり距離を取られていた。
あれだけの隠形であの機動力を出せるのであれば、ひょっとしたら俺以上の使い手なのかもしれない。
(しかし、となると……)
「おい! 景! どこ行きやがった! まさか、逃げたんじゃねぇだろぉなぁぁぁぁっっっ!」
崩は決して馬鹿ではない。
だから景が消えた時点で、大体の状況は察していたはずだ。
それでも認めたくないという気持ちが、あんな台詞を吐かせたのだろう。
「クソがぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
なんともあっけなかったが、これが崩の断末魔になったようであった。
◇
「本当にあっけなかったですね」
「ああ……。ただ、少し腑に落ちない点もあるんだがな……」
「……何か気になる点でも?」
「気になる点はいくつもあるさ。副官があっさり逃げたこともそうだし、追撃が温かったのにも違和感がある……」
「それは、考え過ぎじゃないですか?」
確かに、拍子抜けするほどあっけなかったのは間違いない。
しかし、実際に崩は討ち取れているし、この首だって間違いなく崩本人のものだ。
「あまりに作戦が鮮やかに決まったので、余計な心配をしているだけだと思いますよ」
この男、トーヤの立てた作戦は、即席だったとは思えない程鮮やかに決まった。
まず、矢で周囲の兵に防御を固めさせ、自分は崩を狙い、一対一の状況を作り出す。
しかし、本当の狙いは別にあった。
一対一となったことで崩の意識はトーヤに向けられ、自分の兵士に対する意識が疎かになる。
これがこそがトーヤの真の狙いであり、まんまと嵌まった崩はあっさりと自分の兵士を討たれてしまった。
崩はこれを、トーヤが挟み撃ちを避けるための対応だと思ったようだが、そもそも崩のことなど、最初から眼中になかったのである。
トーヤはただ、有利な状況で兵士を討ち、ゆっくりと崩を料理するつもりだっただけなのだ。
この状況を防ぐためには、崩が一対一でトーヤを釘づける必要があったのだが、我が身の安全を第一に考える崩ではそこに頭が回らなかった。冷静に、ただ矢が切れるのを待てば良かっただけだったというのに……
「……まあ、予定通り事は進んでいるし、ひとまずは良しとしておくよ」
「そうしてください。それより、少し急ぎましょう! トーヤ殿のお仲間が踏ん張っているうちに、この首を届けないと意味がありませんからね!」
何にしても、まずはこのいつ崩れるかわからない地下から、早く抜け出したい。
考えるのはそれからでも遅くないだろう。