第253話 矢の雨
(なんだなんだ!? 何が起きてやがる!?)
敵襲の報に慌てて飛び出して来たら、目の前で何かが弾けて腰を抜かしそうになる。
どうやら矢か何かのようだが、驚くべきことに全く音が聞こえなかった。
景がいたから何とかなったものの、もしいなければ、俺は今頃……
「っ!?」
またしても飛来した無音の矢を、今度はしっかりと視認した上で撃ち落とす。
厄介な攻撃ではあるが、視認さえしてれば俺でも射ち落とすくらいは問題なさそうである。
しかし――
「お前ら! 俺を守りやがれ!」
もう一人の襲撃者がこちらに向かって駆けてくるのを確認し、すぐさま防陣を組ませる。
人数は心許ないが、最悪でも矢避けくらいにはなってもらわなければ話にならない。
(景は……、無理そうだな……)
もう一人の襲撃者は景がなんとか凌いでいるが、相当な手練れのようである。
こちらへの助力は期待出来なさそうであった。
(アレが俺の方に来なかっただけ、良しとするか……)
景が対峙している相手は元々俺の兵士だったようだが、あれだけの実力をよくもまあ今まで隠してこれたものだ。
まず間違いなくあの女の手の者なんだろうが、あんなのとやり合う気には到底なれない。
それに比べれば、こちらに向かってくる男の方が数倍やり易そうな相手であった。
(となると、やはり問題はあの弓兵か……)
弓兵は、無音の矢から通常の矢に切り替えて、こちらを射かけている。
その精度が凄まじく、兵士達は弾くので手いっぱいになっていた。
そこそこの精鋭のハズなのだが、全くもって使えない……
「おいお前ら! 矢だけは通すんじゃねぇぞ!」
「「「「「り、了解しました!」」」」」
こうなれば、面倒だが俺があの男を仕留めるしかないだろう。
(一騎打ちなんて、俺の主義じゃねぇんだがな……)
嫌々ながらも剣を構えようとすると、襲撃者の姿が霞んで消える。
(っ!? 朔を使いやがるのかか!)
急激な速度変化……、だが、俺の目はしっかりと襲撃者の姿を捉えている。
「見えてんだよ!」
死角に回り込んだ襲撃者を、巻き込むように剣で切り払う。
襲撃者はそれを杖のようなもので受け、力に逆らわないよう受け流した。
「……軍師と聞いていたが、武力も中々あるようだな」
「ああ? もしかして、そっちの奴から聞いたのか? だったら残念だったな。俺は滅多なことで戦わねぇから、勘違いしたんだろうよ」
大分薄まってはいるが、俺だって魔王の血を引く者だ。
魔眼だって使えるし、普通の魔族と比べれば遥かに優秀な素質を持っている。
ただの獣人に後れを取るほど落ちぶれてはいない。
「そうか。まあ、やることが変わるワケじゃないし、構わないさ」
ほぅ、中々強気じゃねぇか……
あの女将軍といい、どうして獣人はこう気が強いかねぇ?
「俺の首を取るってか? 流石に無理だと思うぜ?」
この男の武力は、どう見積もってもあの女将軍以下である。
魔眼を通して見える魔力も大したことが無いうえ、身体能力もそれほど高くないようだ。
そうでなければ、あの程度の剣戟をワザワザ受け流したりはしなかったはず。
「それは、やってみなければわからないんじゃないか?」
「ちっ……、面倒な野郎だな、お前。奇襲が失敗したんだから、さっさと逃げろってんだよ……」
奇襲が失敗した時点で、俺を仕留めるのはほぼ不可能だ。
こっちは守ってるだけで、時期に他の兵士達が駆け付けるからである。
仮にこの襲撃者があの女将軍以上の実力を隠していたとしても、ただ守るだけであれば何も問題はない。
「俺は面倒なことが嫌いなんだよ。しかも男相手とか、本当勘弁だぜ……」
暗に逃がしてやると言っているのに、襲撃者は全く退く様子がなかった。
男をいたぶっても何も愉しくはないというのに、面倒な話である。
「それは、俺が女だったら楽しめたと言いたいのか?」
「ああ。丁度使いきっちまった所だからな」
「……本当に、お前のようなヤツが相手だと助かるよ」
「あん?」
「外道が相手だと、割り切るのが楽だという話だ」
その言葉とともに、襲撃者の姿が再び霞む。
先程よりも距離が近いだけあって、視界から消えるのも速かったが、俺の魔眼はしっかりと奴の姿を捉え……っ!?
(しまった!)
奴が狙ったのは俺では無かった。
気付いた時にはすでに遅く、二人の兵士が仕留められていた。
(これで防御が手薄に……、って待てよ? そもそも、あの弓兵は本当に俺を狙っていたのか?)
いくら精度が高いといっても、流れ矢というものは必ず発生する。
どれだけ風を読むのが上手くても、着弾までに発生する他の外的要因は排除しきれないからだ。
つまり……
(俺としたことが、見誤ったぜ……)
あの弓兵は、この男が接近した時点で俺を狙っていなかったのである。
そうするよう見せかけ、牽制していたに過ぎなかったのだ。
(もう少し気づくのが早ければ、二人ほどこっちに回せたんだが……)
今となっては、それも難しくなってしまった。
いくら俺を直接狙いにくいとはいっても、防ぐ手を全く無くすワケにはいかないからだ。
恐らくこの男は、俺がそれに気づく前にこちらの手数を削ったのだろう。
戦況を読めない愚か者かと思ったが、意外にも状況把握はしっかりと出来ているらしい。
「成程な。だが、それでもまだ状況は――」
「いや、これで詰みだ」
こっちの方が有利、そう言おうとしたところに言葉をかぶせられる。
一体何が詰みなのだと返そうとした瞬間、無数の矢が俺に飛来した。