第252話 奇襲と交戦
ようやく身辺が落ち着いてきましたので、ちびちび更新を再開いたします。
捕虜となっていた女性の治療については、問題無く完了した。
俺の血液を介して注入されたナノマシンは、彼女の中で正常に機能を働かせている。
(本当に、上手くいって良かった……)
陸に言ったように、彼女を絶対に助けられるという保証があったワケではなかった。
ナノマシンを他者に譲渡した経験はあるが、こういった治療で用いることは初めてであり、絶対的に経験が不足していた為である。
幸い、俺の血液ごと譲渡することで制御は上手くいったが……
「…さて、彼女についてはもう大丈夫だろう。ロニー、上の状況はどうだった?」
「上は、予想通り、廃棄場のようでした。見張りも遠目には見えましたが、近くにはいません」
「そうか。であれば、予定通りここから侵入することにしよう。陸殿、案内を頼めますか」
「……ええ、任せて下さい。ただ、流石に隠形無しじゃ崩の所までは無理ですよ」
「わかっているます。ということで、コルトとロニーはここで退路の確保を任せる」
コルトもロニーも隠形を使えないワケではないが、その練度は俺やアンネに比べると低い。
どの道、助け出した女性の保護も必要であるため、二人にはここに残ってもらうことにする。
「はい!」
「…わかりました」
コルトは返事に少し間があったが、冷静に俺達だけの方が有利と判断したようである。
「それじゃあ、行ってくるよ」
◇
縦穴を抜け外に出た俺達は、隠形を駆使して慎重に敵陣を進む。
(……しかし、本当に見事な隠形だな)
先行する陸は、目の前にいながらもその存在を希薄に感じる。
隠形の技術に関しては、恐らく自分より上と見ていいだろう。
もしかしたら、ソウガに匹敵する程の技術をもっているかもしれない。
「トーヤ殿、アンネ殿、この辺でどうですか?」
使われていない天幕の陰に隠れてから、陸が尋ねてくる。
それに対し、俺はアンネに目で確認を求める。
「大丈夫です。ここからなら、届きます」
そう言ってアンネは、矢筒からひと際長い矢を取り出す。
そして、音を一切立てず、夜空に向けてそれを放った。
「……この距離でも無音とは、本当に驚かされますね」
俺も全くもって同意見である。
アンネに弓を勧めたのは俺だが、ここまでの射手になるとは思ってもみなかった。
「しかし、本当にこれで届くんですか?」
「大丈夫。今反応があった。まもなく攻撃が始まる筈だよ」
俺が言うや否や、遠方に土煙があがる。
朝陽に照らされて見えるのは、『荒神』の戦旗であった。
「て、敵襲ーーーーーっ!!」
見張りの兵士達がそれを確認し、即座に情報が伝わっていく。
炎達の追撃に大きく戦力を割いたとはいえ、流石に防衛用の戦力くらいは残していたようだ。
(だが、この規模であれば最低限といった所か……。少し上手く行き過ぎている感があるな……)
甲牙隊が釣りだされたことも、捕虜を救い出すことができたことも、想定以上の成果と言えるだろう。
しかし、作戦が上手くいっているのは良いことなのだが、上手く行き過ぎているとむしろ不安になることもある。
それが違和感となり、疑心暗鬼に駆られるのだ。
……とはいえ、慎重になり過ぎて事を仕損じては元も子もなくなってしまう。
警戒は必要だが、今は作戦に集中すべきだろう。
「トーヤ殿、出て来たぞ。あれが崩だ」
陸の視線の先、陣の中心辺りの天幕から、長髪の魔族が姿を現す。
「……一応再確認しておきますが、本当に崩は戦線に加わらないんですよね?」
「ええ。俺は十年以上配下をやっていましたが、一度だって奴が前線で指揮を執ったことなんてありませんよ」
「……わかった」
であれば、あとは機を窺うだけである。
「アンネ、俺が合図をしたら、奴の周囲の兵士を射抜いてくれ」
「わかりました」
崩の周囲を固める兵士の数は五名。
アンネであれば、一息で仕留めきれる数である。
「よし、今だ」
他の兵士が十分に距離を取ったのを確認し、合図を送る。
しかし――
「なっ!?」
放たれた矢が、敵兵に当たる直前で唐突に爆ぜる。
一瞬何が起きたかわからなかったが、ほぼ同時に駆けだした陸がその原因を見破る。
「やはり景副将軍か!」
「そういう貴様は我が軍の兵士だったはずだが、そうか、貴様が裏切り者だったか」
どうやら、景という男は隠形を使って崩の傍に控えていたらしい。
こちらも警戒していなかったワケではなかったのに、それでも見破れなかったということは相当な使い手ということだ。
「アンネは援護を頼む!」
言うと同時に、俺も崩の元へと駆け出す。
奇襲は失敗したとはいえ、作戦はまだ継続中なのだ。
(兵が引き返してくる前に、決着を付ける!)