第250話 地下行軍
「それでトーヤ殿、作戦は臨機応変にって事でしたが、どのようにするつもりで?」
先頭を歩く陸が、前方を警戒しながら尋ねてくる。
陸が警戒を続けているのは、ここが敵地の真下という事もあるが、伏兵や罠に対して警戒している為である。
いくら放棄されているとはいっても、ここは崩という男が掘らせた脱出口なのだ。
リンカ曰く、相当に性格が悪いようなので、そのくらいの事はしていてもおかしくはない。
「まずは、捕虜が捕まっている場所まで案内してくれますか? 甲牙隊が出払っているのなら、捕虜の確保を優先したいです。さっきの話を聞く限りだと、不可能ではないんですよね?」
「…本気ですか? 確かに不可能じゃないとは言いましたが、捕虜が無事な可能性は相当低いですよ?」
俺の言葉に対し、陸はわざわざ立ち止まってまで再確認をしてくる。
当初の予定では、生かされている理由が低い事から、捕虜については見捨てる方針となっていたからだ。
しかし、甲牙隊が出払っているのであれば話は変わってくる。
「もちろん、本気です。拾える命があれば、拾うべきでしょう」
俺もある程度覚悟はしていたが、仮に捕虜の命を盾に取られた場合、動きが鈍らないとは言い切れない。
捕虜が全員殺されているのであれば割り切る事も出来るが、一人でも生きているのであれば助ける方が精神衛生上良いのである。
…だから少なくとも、生死の確認だけはしたいのだ。
「…炎の旦那も言ってたが、本当にお人好しですね。ま、嫌いじゃありませんが」
そう言って、陸は再び前進し始める。
俺の考えは打算にまみれているので決してお人好しなどとは言えないのだが、そう判断してくれたのなら、それはそれで構わない。
今は共闘関係にあるが、いつか敵対した際にその印象が有利に働く可能性もあるからだ。
(まあ、紫と敵対するなんて絶対嫌だけど)
そんな事を考えつつ暫く進んでいくと、再度陸が立ち止まる。
「今はもう埋め立てられてますが、この先が崩の軍の駐留地後方に続いています。位置関係から考えて、ここから横に進んでいけば捕虜を捕らえていた場所の下に着くでしょう」
「わかった。それじゃあコルト、宜しく」
「はい。では、少し下がっていて下さい」
コルトに言われた通り、俺達は後ろに一歩下がった位置で待機する。
地面に屈み、手を当てたコルトが小さく呟く。
「土よ、流れろ」
その言葉に反応するように、コルトの前方の土壁がうねり始める。
そして、次第にそのうねりはは一定の方向に流れ始める。
「ほう…、こんな事も出来るとは」
陸が感嘆の声を漏らす。
実際、俺から見てもコルトの外精法は見事なものであった。
「俺も初めて見せられた時は驚きました。いや、子供の成長って本当に凄いですよ」
「…いや、そういう単純な話でも無いと思いますがね。少なくとも、魔族にここまで外精法を使いこなせる奴はいませんよ」
俺も最近知った事だが、魔族は外精法をあまり得意としていないらしい。
これは種族的な問題らしく、使える者でも簡単な温度の調節が限度のようだ。
だからこそ、リンカや他の将軍達も、魔族がこれだけ広大な抜け穴を掘るとは想像すらしなかったのである。
「亜人にだってそう多くはいませんよ。まあ、彼の資質と、師が良かったからでしょうね」
コルトはエルフと鉱族の混血であるが故、土の精霊との親和性が高い。
その優れた資質に加え、荒神の筆頭術士たるザルアが手ほどきをした事で、コルトの外精法の技術は最早達人と言っても過言では無いだろう。
いずれは師であるザルアを超えるのでは、と思わせる程の成長ぶりである。
「その言い方からすると、師はトーヤ殿じゃないという事ですか。人材が豊富で羨ましい事ですね…」
「いやいや、陸殿を見てるとこちらの方が紫様に言ってやりたいくらいなんですが…」
陸にしても炎にしても、紫の元には優秀な配下が集中している気がする。
まだ魔族全体を把握しているワケではないが、実際に見て来た中では陸も炎も、雀もですらも、荒神で言えば将軍クラスの人材と言って差し支えないだろう。
まあ、あれだけのカリスマ性を持っていれば、優秀な人材が集まるのも不思議ではないのだが…
「まあ、あの方は特別ですからね。俺や炎の旦那みたいな異端児を扱えたのは、あの方だけだったってだけですよ」
紫と炎、それに陸は古くからの関係だとは聞いていた。
異端児という言葉から考えて、それは幼少期も含めてという事なのかもしれない。
しかし、陸や炎を子供の頃から仕えさせていたってなると、紫は一体いくつなのだろうか?
もしかすると、俺の想像以上に紫は高齢なのかもしれない。
…本人には口が裂けても尋ねられないが。
「親父殿、もう大丈夫ですので、今度は俺の後方へお願いします。土は駐留地方面に流し込んでいきますが、容量が足りなそうであれば進んだ後に戻していきますので」
「わかった。それじゃあ、皆は俺とコルトの後ろから続いてくれ。陸殿は殿を宜しくお願いします」
「了解です」
各自ポジションを決め、進行を再開する。
振動で勘付かれては意味がないので、その速度は緩やかだったが、それでも時速で言えば10キロは出ているだろう。
こんな速度で地面を掘り進む事は、俺の知る最新の技術でも難しい。
そう言った意味では、外精法は科学技術の先を行ってると言えるかもしれない。
そうして掘り進めていくうちに、俺の探知網が弱々しい魔力を感じ取る。
波長からして、獣人のものである事は間違いなかった。
「陸殿」
「はい。距離的にはこの辺りで間違いありません」
「じゃあ、ここからは俺の出番ですね」
そう言って、ロニーが肩を回す。
ここからは真上に上っていく事になる為、ロニーの登攀技術が活かされる。
「なるべく土を落とさないように割きますので、穴は小さくなります。人数が多いようであれば…」
「いや…、その心配は無いよ」
感じ取れた気配は辛うじて二つ。
それも、生きているのが不思議と言える程弱々しいものであった。
「それより、二人は何を見ても動揺しないように注意してくれ」
俺の言葉から不穏なものを察したのか、ロニーとコルトは静かに頷くのであった。
改稿作業を進めるために次週はお休みします。