第249話 鬼神
襲撃者達は、基本的に歩兵のみで構成されているようであった。
その為、騎兵が中心となるこちらの部隊は、すぐに追いつくことが出来た。
先行させている者達は甲牙隊ではないが、景殿が選抜しただけあり、そこそこの精鋭達である。
寄せ集めの雑兵達ではひとたまりもない…、筈であった。
(…なんだ、あれは?)
瞬く間に瓦解するであろうと予測していた襲撃者達の軍勢は、その予測に反して全く崩れる様子が無かった。
それどころか、完全に拮抗しているようにさえ見える。
(寄せ集めの雑兵では無い、という事か…? いや、単に殿に精鋭を配置しただけか…)
装備の類を見る限り、やはり正規の軍人には思えない。
しかし、練度だけ見れば明らかに先行した精鋭部隊を凌駕している。
(紫紺の戦旗か…。あるいは、本当にあの女直属部隊の残党なのかもしれないな…)
思わぬ強敵の気配に自然と口角が上がってしまう。
内に眠る獰猛な獣が、甘美な戦いを求めてたぎっているようであった。
「隊長、これは俺達も行かないと不味いのでは…」
「当然、行くに決まっているだろう? 奴らには勿体ない獲物だ…」
このまま前方の兵を踏み荒らして進みたい所だが、流石にそれでは後々の処理が面倒になるだろう。
私は手綱から手を放し、両腕を広げて声を張り上げる。
「我が牙達よ! 左右に分かれ、奴等に噛みついて来い!! 今回は細かい制限は無い! 好きに食い荒らせ!!!」
「「「「「「ハッ!!!!」」」」」」
◇
予定通り崩の部隊が釣れた事に、内心でほくそ笑む。
紫様とは全く異なるやり方だが、こういった戦も中々に楽しいものである。
(しかもアレは陸から聞いている甲牙隊とやらか…。大物が釣れたな)
甲牙隊は間違いなく崩の主力部隊だ。
これで幾分かトーヤ殿達の方も楽になる筈である。
「炎殿、敵後方の部隊が左右に分かれました。恐らく回り込んで左右から挟み撃ちにするつもりでしょう」
「だろうな。左は槍お前に任せる。私は右を潰そう」
「了解しました。右に来た奴らは自分達の不幸を呪うでしょうね!」
そう言い残し、槍は部隊の半分を率いて迎撃へと向かう。
「我々も迎え撃つぞ! 『破砦牛』如きに押し負けるなよ!」
「「「「「応!!!」」」」」
応じる者達は全て、かつて紫様の元で戦場を共にした歴戦の兵士達だ。
長い間戦場から離れていた事で多少の勘は鈍っているだろうが、皆その刃だけは鈍らぬよう研ぎ続けていた者ばかりである。
例え相手が主力部隊であろうとも、簡単に押し負ける者はいないだろう。
勿論、私も負けてはいられない。
「さあ来い! 無法者共!!! 我が戦棍にて、全て打ち砕いてくれよう!!!」
◇
(っ!!!?)
前方より叩きつけられる強烈な殺気に『破砦獣』達が一斉に慄く。
恐怖知らずと恐れられる『破砦獣』がこれ程怯えるのは、どう考えても異常だ。
「落ち着け! 駄獣!」
手綱を引きしぼり、喝を飛ばして『破砦獣』の動きを制する。
他の隊員も各々『破砦獣』を落ち着かせる事に成功していたが、動きは完全に鈍っていた。
「この凄まじい殺気…、まさか龍でもいるんじゃ…?」
そう考えるのも無理は無いが、これは恐らく龍の放つ気配ではない。
もし仮に龍族であったとしたら、意思を持つ上位種という事になるだろうが、そんな者がこの場に居る可能性は無に等しいだろう。
つまり、相手は同族、或いは亜人種である可能性が高いという事だ。
「クック…、どうやら、とんだ当たりを引いたようだな」
ここまでの覇気を放てる者は、魔界全土を見ても一握りしかいないだろう。
もし魔族であれば、魔王の血を色濃く受け継いだ大物と思って間違いない。
「お前達、アレは私の獲物だ。手を出すなよ?」
「流石にアレには手を出しませんよ…。周りの奴等だけでも十分楽しめそうですしね」
確かに、奴の周囲の者達も十分に手強そうである。
しかし、やはりアレは別格だ。
こちらも、相手を誘うように気を放つ。
それに呼応するように、戦棍を肩に担いだ偉丈夫が前に出てくる。
「甲牙隊の隊長、甲だな?」
「左様。して、そちらは何者だろうか? さぞ高名な武人だとお見受けするが」
「私は、紫様の元直属部隊所属『炎』という者だ。まあ、ただの古参兵だと思ってくれ」
「っ!?」
(炎だと!? 鬼神とまで呼ばれた、あの…!?)
心臓が高鳴り、自然と震えがこみ上げてくる。
無論、武者震いである。
「クックック…、まさか、あの鬼神が出てくるとは。私は本当に運がいい…」
「ほう…、私を前にして、そのような事を言う者も珍しいな」
「でしょうな。私も実際この目にして、噂が本当であった事を痛感している。崩将軍辺りであれば、今頃逃げ出していたでしょう」
あの方は強者ではあるが、私とは好みが違う。
もしこの場にいれば、迷わず逃げの一手を取るだろう。
「まあ、私はあの方とは違うのでね。この出会いを、しっかりと楽しませて貰おう」
『破砦獣』から降り、剣を構える。
「願わくば、その腕が衰えていない事を祈るぞ! 鬼神よ!!!!」