第248話 交錯する思惑
「崩様、襲撃者達が動き出しました」
「…やっとかよ」
薄暗い中、音もさせずに現れた景を不気味に思いつつ、手探りで衣服を探す。
寝床には自分の衣服しか転がっていないのですぐに見つける事はできたが、色々な汁気にまみれており、着心地は最悪であった。
「チッ…。動くならさっさとしろってんだよ…」
服を汚したのは自業自得なのだが、その苛立ちは自然と襲撃者達へと向けられる。
ここまで焦らされなければ、こんな行為には及ばなかっただろうからだ。
「それで? もう少し詳細な説明をしてくれ」
「はい。まず、物見からの報告では、襲撃者達は近隣の山岳地帯から現れたとの事です」
俺はそれを聞いて眉を顰める。
想定していなかったワケではないが、相手が本当にあの紫だとすれば、より面倒が増えると思ったからだ。
「数は凡そ二千程度のようですが、どうやら奴らは西軍の方へ向かっているようです」
「っ!? 西だと!?」
そして、続いた情報は完全に想定外の内容であった。
(くそ…。奴らの狙いはなんだ…?)
先日の襲撃にて、奴らは亜人軍の逃亡を幇助した。
あのリンカという女将軍を助けに来た男も魔族では無かったと聞いているし、襲撃者達と亜人軍は何らかの協力関係にあるのは間違いないだろう。
ただ、協力関係にあると言っても、色々と不可解な点は多い。
特に気になるのは、亜人軍側が劣勢になってから動き始めた事だ。
最初から手を組んでいたのであれば、わざわざそんな状況になってから動き出すのは不自然と言える。
(紫の側から、何らかの取引を持ち掛けたって所か?)
不利な状況となった亜人軍に、取引を持ち掛ける形で協力したという事であれば、納得出来なくはない。
紫らしくないやり方ではあるが、今のアイツにはあまり手駒が無い筈…
それを増やすために、こっちの内通者を通じて亜人軍を取り込もうとしたという事ではないだろうか?
(…その上で、今度はアッチを狙う、か)
何となく読めてきた。
恐らく、奴らの狙いは西の亜人軍との挟撃だろう。
「…景、警戒にあててた隊を引き揚げさせろ」
「宜しいのですか?」
「ああ。恐らくだが、奴等の戦力は相当少ない筈だ。防衛は最低限でも十分だろうよ」
元々奴らの狙いは、こちらの進軍を待って背を狙うか、亜人軍の防衛戦付近で挟撃するつもりだったのだろう。
手駒が足りないであろう奴らには、そのくらいしか有効な戦略が無いからだ。
当然だが、俺はそんな奴らの狙いには乗ってやるつもりが無かった。
だからこそ、俺は荒ぶる兵士達を宥め、進軍させなかったのである。
もし仮に、亜人軍の方が先に防衛戦を押し上げてくるようであれば、迷わず魔族領に引き揚げてやろうとも思っていたくらいであった。
凱には後で文句を言われるだろうが、こんなお遊びで被害を出すのはまっぴら御免である。
奴等にもし十分な戦力があれば、先に仕掛ける事で同じ状況を作れた筈だが、それをしなかったという事は想定外の戦力も無かったという事だ。
そして、今の戦力だけで取り得る、西軍への挟撃作戦に切り替えたに違いない。
(だったら、逆にこっちから挟撃をしかけてやるぜ…)
奴等が自分から動いたのであれば、こちらが動かす兵は少数でも問題無い。
相手が二千程度であれば、甲牙隊と五百程度の兵を回せば十分食い破れる数字だろう。
「景、甲牙隊を呼べ。襲撃者共の背後を取らせる」
「…既に待機させています」
「…流石だな。じゃあ、兵を五百ばかり見繕って、一緒に向かわせろ」
「承知いたしました。条件等は…」
「好きにさせて構わねぇ。その代わり、遊びすぎるなと伝えておけ」
「はっ!」
返事とともに、景は再び音もなく天幕から去る。
それと同時に緊張を解き、再び寝床に転がって大きく息を吐く。
(やれやれ…。獲物が取り放題だと乗せられて参加した戦だが、結局いつも通り面倒事だらけになっちまったな…)
だからは戦は嫌いなのだ。
…しかし残念ながら、自らの欲望を満たす事が出来るのも、戦場だけなのである。
(全く…、どこかに狩りだけ楽しめる楽園みたいな場所は無いものかねぇ…)
◇
「…行ったようだな」
魔族軍の野営地から、数百ほどの兵士が発つのを確認する。
遠目からで正確な人数は確認できないが、先頭を走る騎馬の大きさから判断するに『破砦牛』と思って間違いないだろう。
「一番厄介そうな奴らが出ていってくれましたね」
「ああ。でも、その分あっちは大変だろうし、こっちも手早く片付けたい所だな」
甲牙隊は間違いなく精鋭部隊である。
いくらこちらの最高戦力が殿を務めているとはいえ、全体の練度で負けている以上苦戦は必至だろう。
「ま、露払いは任せて下さい。長年生活していただけあって、陣の配置は頭に入ってますから」
「…頼りにしてます。陸殿」
「んじゃ、行きましょうか!」