第245話 魔族の隠れ里にて
敵軍の包囲網を抜け、俺達は魔族領の東に存在する山岳地帯にやって来ていた。
「トーヤ殿、ここは一体…」
「ここは、魔族領におけるレイフの森みたいな場所だ。規模は大分小さいけどな」
魔族の中でも、力の弱い者、脛に傷を持つ者は当然存在する。
そういった者達は辺鄙な地に身を寄せ合い、ひっそりと貧しい暮らしているのである。
俺達は亜人領へと向かう道中、そういった隠れ里に立ち寄り食料や物資などの支援を行ってきた。
「っ!? トーヤ様が戻られたぞ!」
山の中腹まで登って来た辺りで、見張りらしき兵士がこちらに気づき声を張り上げる。
「…トーヤ、様か。本当に、魔族達の信頼を得ているのだな」
「信頼って言っていいかはわからないけどな…」
なんとも複雑そうな表情で呟くリンカに、俺は苦笑いをして答える。
自分としても、彼らの信頼が本当に俺自身に向けられているものか、自信が無かったからだ。
俺がやった事と言えば、せいぜい魔獣の調理方法や簡単な罠の作り方を教えた事くらいである。
それが彼らにとって画期的だっただけで、俺自身が信頼を得ているかと言われると微妙な所であった。
俺は魔力からある程度感情を読む事が出来るが、その感情が何に向けられているかといった細かい部分は理解出来ないのである。
「それは謙遜ですよ、トーヤ殿。我々は皆、貴方の人柄に惚れ込んだのですから…」
そう言って、雀は少し顔を赤らめて俯く。
(うーむ、そう言ってくれるのは嬉しいけど、最近やけに雀さんが積極的な気がするなぁ…)
以前から雀が自分に好意を抱いている事には気づいていたが、ここ最近になって妙にアプローチが激しくなっている気がする。
理由に全く心当たりが無い為、どう反応すべきか困惑するばかりだ。
「トーヤ殿…?」
そんな雀の反応を見て、リンカがやや冷たい目で俺を見てくる。
ほとんど殺気にも近い感情が流れ込んでくるが、俺はそれに恐怖より懐かしさを覚えた。
「ハハ…、って痛っ!?」
「顔が緩んでいますよ、トーヤ様」
俺は懐かしさから思わず笑みを零しただけなのに、それを見たアンネは強烈な貫手を俺のわき腹に放ってくる。
もちろん加減はされているのだろうが、それでも仰け反るくらいの痛みが走った。
「いきなり何をするんだ、アンネ…」
「姉さんがいない間、トーヤ様を見張るのが私の役目ですので」
そう言ってプイっと顔を背けるアンネ。
その仕草は中々に可愛いく、とても先程の貫手を放った本人とは思えない。
「姉さんが、いない…? そういえば、アンナはどうしたんだ?」
「…ああ、アンナは今、別の任務で出ているよ」
「そうだったか。…しかし、あのアンナが良くトーヤ殿と離れる事を了承したな」
「…まあ、多少は機嫌を悪くされたけどな」
俺だって本当は、アンナを一人で行かせる事は避けたかった。
しかし、アンナでなければ、この任務を成功させるのは困難だったのである。
それがわかっていたからこそ、アンナは不服そうにしながらも自ら行くと名乗り出たのであった。
「そうか…。詳しい話は、当然聞かせてくれるのだろうな?」
「勿論だ」
俺達の目的はまだ達成されたワケではない。
まずは全員と、これからの作戦について話し合う必要があった。
◇
ここは魔族達の隠れ里の一つであり、名をカソンという。
この隠れ里は、山の中腹にある深い森の奥に存在する為、滅多な事で人が立ち入る事は無い。
稀に怖いモノ見たさで侵入してくる者もいるが、そういった者は大抵魔獣や里の狩人の手により亡き者とされる。
レイフの森と同じような環境と言えるが、危険度はこちらの方が高いと言えるだろう。
「おお! トーヤ殿!」
里の中心に張られた天幕の中では、トウジ将軍やガウといった荒神の幹部達が集結していた。
どうやら、揉め事等もなく無事に集まってくれたようだ。
「お久しぶりです。トウジ将軍。まずはご無事で何よりです」
「そりゃこっちの台詞ですぜ! レイフの方はともかく、こっちにゃ何の情報も入って来なかったんだ。一体全体、どうしてこんな事になっていやがるんです?」
「…それはこれから説明しますよ。納得いっていない方々もいるようですしね」
天幕の中には、鋭い視線でこちらを睨んでいる者達がいた。
俺は面識が無かったが、恐らく荒神の将軍達なのであろう。
彼らにとってみれば、いきなり魔族と共に現れた俺を疑うなという方が無理な話だ。
「「トーヤ殿!」」
「トーヤ」
次に声をかけて来たのは、ガウとシュウ、そしてイオであった。
「みんな、久しぶりだな」
「ああ、皆、トーヤ殿の事を心配していたぞ?」
「私は貴方が健在である事くらい承知していましたので、心配などしていませんでしたがね。ただ、そうならそうで連絡くらいは寄こすべきです」
イオは俺と『縁』による繋がりがある為、ある程度は俺の状態を把握していたようだ。
ただ、かなりの距離があったにも関わらずそれを把握出来るのは、彼女が天才的センスの持ち主だからだとも言える。
実際、同じように『縁』の繋がりがあるリンカは、俺の状態について詳しく把握していないようであった。
「トーヤ殿! 俺が不甲斐ないばかりに、本当に申し訳なかった!」
そう言って頭を下げてきたのはシュウである。
彼が頭を下げる理由は、俺がファルナに攫われた際、その場にいたからであろう。
「いや、後で手紙を送ったから知っていると思うけど、彼女は俺に危害を加えるつもりが無かったワケだし、シュウが責任を感じる必要は無いさ」
「しかし、もしアレが敵意を持つ者であったならば、話は違うだろう。俺は自分の将も守れない愚か者だ…」
シュウの言う事はもっともなのだが、アレははっきり言って災害と言っても過言では無いレベルであった。
もしあの場でファルナを止められる者がいるとすれば、それは魔王であるキバ様だけだっただろう。
「まあ、気負うなと言っても無理かもしれないけど、あの場にはシュウよりも強いソウガ殿やタイガ殿だっていたんだ。それでも防ぎきれなかった以上、あの結果は必然だったんだよ」
「それは…」
シュウとしても、それが事実なだけに言葉が出ないようであった。
俺としても、そこまで気負われても困るので、この会話はすぐにでも終了したかった。
「まあ、シュウは普段通り、打倒キバ様を目指して修練を続けてくれれば良いさ。…さて、全員揃っているようだし、今の状況、そして今後の事について、みんなと話し合いたいと思う」
すいません。遅れました…