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魔界戦記譚-Demi's Saga-  作者: 九傷
第5章 魔族侵攻
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第243話 亜人領境界 防衛戦⑬



荒くなる息をなんとか整えながら、(こう)の攻撃を躱していく。

回避に専念する事で、魔力と体力の両方を節約しているのだ。

攻めを得意とする私にとっては悪手とも言える行為だが、そうせざるを得ない程、私は追い詰められていた。



「クック…、驚くべき身体能力だな。ここまで私の攻撃を躱した者は、お前が初めてだぞ」



「…………」



その言葉には紛れもない賞賛の感情が込められているが、同時に上から見下ろすような余裕も感じ取れた。

…実際、甲にはまだ十分な余力があるのだろう。

私とは違い、奴はまだ息すら切らしていないのだから…



「グッ…、リンカ様、申し訳ありません…」



また一人、私の兵士が力尽きて倒れる。

もう、まともに立っているのは私を含めて六人しか残っていなかった。

…最早、生き残ってここを脱出することは不可能と言っていいだろう。



「シッ!」



私は魔素の槍を回避した直後、『疾駆』から飛び蹴りを放つ。

これまで防戦一方だった私が急に攻撃をした為か、甲は一瞬眉を(ひそ)める。

しかし、だからといってその蹴りが通る筈も無く、甲は難なく防いでみせた。

私はその反動を利用し、一気に距離を取る。



「リンカ様!」



私の行動から意図を察した隊員達が、同様に距離を取り私の周りに集まる。



「…済まない。どうやら、ここまでのようだ」



「何を言いますか。まだまだこれからでしょう?」



サンジはそう言ってニヤリと笑って見せた。

…そう。ある意味ではこれからとも言える。

ここからの私達は、守りを考えず、本物の獣となるのだから。



「…ほう、その顔つきから言って、決死の特攻でもしかける気か?」



「…ああ、ここからが本当の戦いだと思え」



文字通り、私達はこれから、本物の獣(・・・・)になる。

つまり、『獣化』するのだ。

『獣化』は『半獣化』とは異なり、外見も意識も本物の獣と化す禁術(・・)である。

得られる戦闘能力は『半獣化』を凌駕するが、禁術とされるからには当然理由もある。

一つは、完全に理性を失う事。

そしてもう一つは、完全に変化してしまうと元の姿には二度と戻れないからである。

そうなってしまえば魔獣となんら変わりない存在と化す為、例え戦場であっても、その使用は固く禁じられていた。


しかし、今この状況において、それは大きな問題にはならないだろう。

ここには、私たち以外の味方はもう残されていないからだ。



「成程、成程。という事は、かつての獣王が使ったという『獣化』を、お前達も使えるといった所か」



「っ!? 貴様、何故『獣化』の事を知っている!?」



『獣化』は禁術という事もあり、獣人の中でも一部の者達にしか伝えられていない。

魔族であるこの男が、一体何故その存在を知っている…?



「別に、驚くことも無いだろう? 私達魔族が魔素の操術を秘匿していたんだ。お前達獣人に同じような秘め事の類がある事くらい、想定の範囲内だよ」



…そういう事か。

確かに、かつての魔王達の戦いについては、魔界全土にその内容が伝わっている。

その中には魔族の王ゾットと、父の戦いについても当然記されていた。

ゾットは膨大な魔力で魔素を操り、父は獣と化してそれに対抗した…、という逸話は獣人であれば知らない者の方が少ないだろう。



「しかしだ、ここまでそれを出し惜しんだという事は、何らかの問題を抱えているのだろう? 察するに、制限時間があるか、制御が効かないといった所か」



…やはりこの男、頭は悪く無い。

粗野な見た目や顔つきからは想像出来ないが、広い視野と冷静な判断力を持っている。



「そう考えると、確かに面倒そうではあるな。…であれば、こちらも一つ手札を切るとしようか」



そう言って、甲が隊員に合図を送る。

それと同時に、自らも少し下がって地面に屈みこんだ。



「よっと」



そして、地面に倒れ伏していた私の隊員を仰向けにし、腹に拳を打ち付ける。



「っが…」



隊員の口からくぐもった嗚咽が漏れる。



「さて、見ての通り、お前の隊員はまだ生かしてある。特に女は(ほう)様への献上物であり、私達の報酬でもあるからな」



「…下種め」



ありったけの侮蔑を込め、甲を睨みつける。

甲はそれを何も感じていない風に受け流し、彼女を肩に担ぎ上げた。



「私は戦いは好きだが、狩りは嫌いだ。知性の無い獣を相手にする趣味は無い。よって、お前達の特攻に付き合う気も無い。取引をしようではないか。お前達がこのまま投降するのであれば、この者達には手を出さない事を誓おう」



「………」



私は迷った。

既にこの場での勝敗は決していると言っていい。

だからこそ、決死の覚悟で可能な限りの抵抗を試みるつもりだった。

しかし、ここに来て別の選択肢が提示されたのである。



「リンカ様、迷う必要はありません。我々は、ここに残った時点で既に覚悟を決めていました」



ボタンの言葉に、他の隊員も同調する。

しかし、そうは言っても、やはり私の気持ちとしては譲れない部分もある。



「ぃぎぃっ!?」



私が葛藤していると、甲はおもむろに肩に担いだ隊員の耳を引き千切って見せた。



「悪いが、時間稼ぎをされても困るのでな。決断は早くしてもらおうか」



そう言うと、今度はもう片方の耳を掴んで下卑た笑みを浮かべる。

私がまた迷う素振りを見せれば、躊躇いなく耳を引き千切るつもりなのだろう。

今は辛うじて息をしているが、このまま続けられれば獣人と言えど長くはもたない…

私は意を決し、顔を上げる。



「…わかった。条件を呑も―――!?」



条件を呑む――そう言おうとした瞬間、目の前で不可思議な事が起きた。

甲の担いでいた隊員の姿が、突然かき消えたのである。



「っ!?」



それだけでは無かった。

他の者達が担いでいた隊員達も、次々に姿を消していく。

一体、何が起こっている…!?



「やれやれ、ギリギリだが、間に合ったようだな」



誰もが混乱状態である中、気の抜けたような声が背後から聞こえる。

咄嗟に振り返った私の目に、少し疲れた表情を浮かべる男の姿が映った。



「…待たせて悪かった。助けに来たぞ。リンカ」






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