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魔界戦記譚-Demi's Saga-  作者: 九傷
第5章 魔族侵攻
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第240話 亜人領境界 防衛戦⑩



突撃した切り込み部隊は、順調に敵軍を突き進んでいる。

この分であれば、突破は時間の問題だろう。



(それにしても、大した手際だな…)



ここまで容易に陣形を食い破れたのは敵の油断、味方の練度の影響もあるが、それだけではない。

潜り込ませていたという間者の手際が、恐ろしいまでに良かったからである。



「トーヤ様…、想定していたよりも大きな魔力を持つ者が少ないようですが…」



肩に乗ったアンネが、少し困惑したように尋ねてくる。

義火の砦を落とした時と同様に認識を共有しているアンネには、現在の敵軍の状況がレーダーでも見るように把握できているのだ。



「恐らく、潜り込んでいるっていう間者の仕業だろう」



間者は予定通り兵糧を焼いた上で、さらに敵将を何人も討ち取っているようであった。

お陰で敵軍の指揮系統は酷く乱れており、ほとんど統率が取れていない。

何とか立て直そうと足掻いてはいるようだが、前後から攻撃を受けているこの状況でしっかり指揮を執れるものは少ないようだ。



「まあ、それでもやる事は変わらない。魔力の強い者や指揮を執っている者を中心に仕留めていこうか」



「はい。トーヤ様」



返事をすると同時に、アンネは素早く矢を射る。

精霊により風切り音を消された矢が、次々に敵将を射ち落としていく様子を、(すずめ)が戦慄した面持ちで見ていた。



「…こうして目の当たりにすると、本当に恐ろしいですね」



「ええ。自分で教えておいて何ですが、こんな弓兵が敵にいたらと思うと寒気がしますね…」



「…お二人とも、随分な言いようですね」



肩から降り、俺の後ろに腰を下ろしたアンネが不満そうに言う。



「それだけアンネが凄いって事だよ」



そんな彼女をなだめながら、俺達は速やかに場所を移動する。

いくらアンネの弓が隠密性に優れているとは言っても、やはり射手というのは目立つものだ。

こうして移動を繰り返さねば、真っ先に狙われる事になるだろう。



「あっ」



何度か移動をしつつ弓を射ていると、アンネが初めて標的を仕留め損なった。

いや、正確に言えば、先に仕留められたのだ。



「アレは、まさか…」



「はい。(ゆかり)様が送り込んだ間者ですね」



驚くべきことに、紫の間者はまだ仕事をしているようであった。



(おいおい…、どんだけ優秀な人材送り込んだんだよ…)



彼らがいる場所は、文字通り敵地のど真ん中である。

そんな中で兵糧を焼いたり、敵兵を討てば、当然だが大勢の敵に囲まれることになる。

つまり、彼らの任務には死ぬことも含まれているのだが…



「危険な任務であるが故、送り込まれた者達は皆一流です。彼らであれば不思議ではありませんよ」



雀は事もなげに言うが、俺からすれば信じられない内容だ。

そんな一流の使い手を、ほとんど捨て駒のように扱うなど、まるで考えられない。

雀はアンネの弓を恐ろしいと言ったが、こっちの方が余程恐ろしいと思える。


そんな事を考えていると、先程敵将を仕留めたと思われる者がこちらに向かってくるようだ。

この戦場で敵味方に認識されずに向かってくるとは、大した隠形の使い手である。



「アンネ、大丈夫だ」



警戒するように弓を構えたアンネを手で制す。

俺と認識を共有しているアンネは、しっかりとその姿を捉えていたのである。



「雀、この者がこの軍の将か?」



「きゃっ!?」



状況を理解出来ていなかった雀が、急に声をかけられて可愛い悲鳴を上げる。



「り、(りく)殿か!」



どうやら、この者は雀も知る人物だったようだ。



「久しぶりだな。十年以上ぶりか?」



「そ、そうだが、あまり驚かせないで欲しい」



「そうは言ってもな。隠形無しでここを抜けるのは俺にも厳しいぞ。…まあ、そちらの御仁には気づかれていたようだが」



そう言って、陸という男が俺に顔を向けてくる。

興味、警戒…、そういった色が少し見えるが、アンナ無しの俺では完全に感情を読むことが出来なかった。

正体を欺く必要のある彼らのような存在は、やはり感情を隠すのが上手いらしい。



「…流石ですね。トーヤ殿、この者は紫様の元近衛であり、今は隠密衆に所属している『陸・リズナ・ゾット』殿です」



「っ!? ゾット、という事は…」



名前にゾット…、つまり魔王の名が含まれているという事は、この男も紫と同じ王族か…

しかし、それが何故…



「ええ。一応は魔王の血筋というヤツです。まあ、他人と言っても過言では無い程薄い血しか流れていませんがね…。して、そちらは?」



「おっと失礼。私はこの軍の将を任されているトーヤという者です」



馬を降り、握手を交わす。

直接触れて改めて感じ取ったが、やはりこの男、相当の使い手だ。



「…成程。流石は紫様に将を任されるだけの事はある。やはり大した御仁であられるようだ」



俺がそうであったように、あちらも俺の戦力を見抜いたようであった。

まあ、多分に過大な評価をされているようだが…



「そういえば、私の方こそ先程は失礼しました。気づかず同じ標的を狙ってしまった」



「それはこちらも同じですよ。遠目では陸殿の存在に全く気付きませんでした。素晴らしい隠形です」



「いやいや、容易く見破られたではありませんか。私もまだまだ精進が足りないようです」



俺が彼の隠形を見破れたのは、身近に隠形の達人が存在したのと、自分も隠形を得意としていたからである。

そうでなければ、間違いなく見破る事は出来なかっただろう。



「…ふむ、彼女が射手でしたか。実に素晴らしい使い手ですね」



陸は俺の後ろに隠れているアンネを見て、納得したような顔をする。

俺はどう見ても弓を使うようには見えないから、少し疑問に思っていたのかもしれない。



「陸殿、トーヤ殿、それよりも情報の共有を急いだ方が良いかと…」



っと、そうであった。

和やかに挨拶などしていたが、ここは戦場の真っただ中である。

いくら戦況的に有利な状況とはいえ、余計な事を話している場合では無かった。



「そうだな。トーヤ殿、既に状況は把握していると思われますが、我々隠密衆は兵糧を焼き、敵将を数人討ち取っております。現在はその討ち漏らしを狩っていた所ですが、目ぼしい者は既に討ち取られていたようです。最早敵軍の指揮系統は壊滅状態と言って良いでしょう」



アンネも、十数人は敵将と思われる者を仕留めている。

彼らも動いたのであれば、確かに壊滅状態と言っても過言では無いのかもしれない。



「…亜人軍の方はどうなっていますか?」



「亜人軍はトロール達を中心に、こちらに向かって突き進んでいるようです。抜けてくるのも時間の問題でしょう」



「そうか…」



間に合った事に少しだけ安心する。

状況を聞いた限りでは、そう猶予は残されていなかったからだ。



「ですが、後ろから精鋭部隊の追撃が始まっているようです。犠牲を減らすつもりであれば、少し急いだ方が良いかもしれません」



そしてその安心は、本当に束の間だけであった。




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