第236話 亜人領境界 防衛戦⑥
…現在の状況は、控えめに言っても悪いと言わざるを得ないだろう。
先日までとは完全に立場が逆転している上、物資をほとんど持ち込めていない為、籠城するにも限界がある。
(援軍は…、やはり期待できないか…)
西軍はなおも凱の率いる敵軍と交戦中である。
こちらの状況は把握しているだろうが、この包囲を突破できる程の戦力を回す事は不可能だ。
後方にもいくつか部隊が存在しているが、あれはあくまで東側から抜かれない為の最終防衛網であるため動かす事は出来ない。
となると、残る可能性は荒神からの援軍だが…
(間に合わぬだろうな…)
物資の支援要請は通っており、報告では近日中にも届くとの事であった。
その際兵力の供給も成される予定であったが、この状況では恐らくあと一日ももたないだろう…
「…ボタン、各門の状況は?」
「北、東、西門については持ち堪えています。余程大きな攻勢でも仕掛けられない限りは、数日はもつでしょう。しかし、南門については、恐らく半日もてば良い方かと…」
「…………」
ボタンが苦虫を噛み潰したような表情で言葉を濁す。
私もそれを見て、黙って俯くしかなかった。
私達東軍は、まんまと崩の策略に嵌まった。
崩は敢えて城郭内に私達をおびき寄せ、逆に包囲網を完成させたのである。
この戦略自体は、実の所亜人達の中では有名な戦略なのだが、崩の取った方法はかなり特殊であった。
本来この戦略は自軍の脱出が前提なのに対し、崩達は脱出を試みる事すらしなかったのである。
それでは、わざわざ敵を内部におびき寄せても意味が無い。
将を討たれては、元も子もないからだ。
だからこそ当然、我々は崩の脱出には十分に警戒していた。
その為の包囲網でもあった。
…しかし、奴の姿は、この城郭内から忽然と消えていたのである。
「…他に脱出口は見つかっていないか?」
「見つかっておりません。…仮にあったとしても使える状態とは思えませんが」
北方境界、それがこの都市に付けられた名前である。
この都市は、魔族領との境界を守るべく作られた都市であり、そこに住む住人は全て軍属の者達であった。
それが落とされたのは二ヶ月以上前の事だが、その二ヶ月の間で、この都市には大きな改造が施されていた。
強固だった城郭は所々脆くなるよう細工されていたし、城門の閂も折れやすい木に取り換えられていたのである。
そして、無数に掘られた脱出口…
それこそが、崩がこの城郭から抜け出した方法であった。
「しかし、奴らどうやってこの短期間であれだけの穴を掘ったんですかね?」
トウジ将軍の疑問に、同様の反応を示す者も多い。
しかし、私には心当たりがあった。
「…恐らくは、砂漠蚯蚓だ」
「砂漠蚯蚓…!? そういう事か!」
以前交戦することとなった『根絶のバラクル』。
奴は地竜を運ぶ手段として、複数の砂漠蚯蚓を飼いならしていた。
同じ方法を取れば、脱出口くらいいくらでも掘る事が出来るだろう。
「って事は、魔族にも魔獣使いがいるって事か…。厄介ですな」
魔族に魔獣使いがいる、という話は聞いたことが無い。
しかし、外精法が使える以上、いたとしても不思議ではない。
バラクルが生きているという可能性も否定は出来ないが…
「トウジ将軍、それも確かに厄介ですが、今はもうそれどころの話では無いでしょう…」
東軍に参加していたもう一人の将軍、エイガが頭を抱えて肘を机につく。
他の者達も、皆一様に悲痛な表情で俯いている。
私も、気持ちは他の者達と同様であった。
見つかった脱出口は、当然だが完全に塞がれていた。
仮に塞がれていなかったとしても、そこには間違いなく罠が待ち構えているだろう。
当然だが、元々防衛を目的とした都市であるこの『北方境界』には、他に隠し通路なども存在していない。
もっとも、敵に攻めやすいよう細工をされてしまったこの都市には、防衛力など残されていないのだが…
「…最早、南門に戦力を集めるしかあるまい」
南門は、現在最も防衛が困難な場所である。
無論、破城槌で門を貫いた事が原因だ。
幸い、部隊内にソク殿と同様に設営術に長けたオークがいた為、なんとか持ち堪えてはいるものの、それも時間の問題である。
「それしかないでしょうなぁ…」
既に食料や物資も僅かであり、籠城する事すら困難な状況だ。
それならばいっそ、全ての戦力を集中し一点突破を図った方が、まだ生き残る可能性があると言えよう。
それが例え、崩の思惑通りだったとしても…
「…全軍に伝え――」
「で、伝令! 伝令です!」
意を決し、皆に指示を出そうとした刹那、扉を開けて兵が雪崩れ込んでくる。
「ま、魔族領より、新たに、援軍が現れました!」
「なんだと!?」
この状況で、さらに敵側の援軍だと…?
最初から退路など無いが、これでは突破に時間をかけるワケにもいかなく……………っ!?
「…? リンカ様?」
私の表情を見て、ボタンが訝し気にこちらを窺う。
しかし、私はそれに応えず、即座に全員に向けて指示を出す。
「全軍に伝えろ! これより、我が軍は全軍で北門より突破をはかる!」