第235話 亜人領境界 防衛戦⑤
「リンカ様! 城門突破いたしました!」
「あ、ああ…。全軍、突入だ!」
「「「「「「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぅ!!!!!」」」」」」
私は少し戸惑いつつも全軍に号令をかけた。
全軍が雪崩れ込むように突入を開始し、次々に他の城門も開錠されていく。
敵兵の抵抗はあったが、基本的に城郭は内側からの攻撃を想定して作られていない為、どの門も瞬く間に制圧されているようだ。
しかし…
(…作戦通りとはいえ、ここまで脆いなんて事があるだろうか?)
想定していたよりも遥かに容易く城郭内に侵入できた事が、逆に腑に落ちない。
逃げ場の無いこの状況であれば、普通に考えて激しい抵抗が予想されるが、これでは余りにも…
「…ボタン、敵兵の抵抗はどうなっている?」
「…城門を防衛していた兵士は、城門を放棄して街の中心へと退避をしているようです。その他の敵戦力も、同様ですね」
城郭が包囲されているのだから、それしか無いのはわかっている。
だからこそ、何らかの罠が仕掛けられている可能性は十分にあるだろう。
「各部隊に、手薄な箇所を作らぬよう念入りに包囲網を組むように伝えろ!」
何にしても、まずは各部隊に包囲網を厚く形成するように伝令を飛ばす。
罠の有無に関わらず、敵将に逃げられては元も子もないからだ。
「ボタン、足に自信のある者を何人か呼んでくれ」
「はっ」
短く返事をして、ボタンが後方へ駆けていく。
彼女の頭の中には人員のほとんどが記憶されている為、候補を素早く見繕ってくれる筈だ。
(本当は私やシュウが適任なのだろうが、そうもいかないからな…)
脚の速い者を呼んだのは、偵察隊を組む為だ。
罠が予想される以上、迂闊に兵に仕掛けさせれば手痛い反撃を受ける事も考えられる。
可能な限り、敵陣の情報は集めた方が良い…
……………………
……………
……
「リ、リンカ様!!」
「っ!? 何があった!」
先刻放った偵察隊の者が血相を変えて戻ってくる。
やはり罠が仕掛けられていたのだろうか?
「それが、おかしいのです! 中心部の敵兵が、明らかに少ないのです…!」
…少ない?
消耗したとはいえ、まだ敵兵は一万近くいた筈だが…
「少ないとはどういう事だ? 具体的な人数は?」
「お、恐らくは、千にも満たないかと…」
っ!? 千にも満たないだと…?
「そんな馬鹿な事があるか! ここから見えるだけでも、ゆうに千は超えているだろう!?」
「み、見えている兵のほとんどは、死体や、ただの木偶です! 本物の兵士はごく一部に過ぎません!」
…一体どういう事だ?
自軍の規模を大きく見せる為、そういった戦法を取る事はあるが…
(いや、恐らくだがそれは無いだろうな…)
これまで相対していたからこそわかる事だが、あの崩という男がそんな愚かな手を打つとは思えない。
あの男は外道だが、将としては間違いなく強敵と評価できる。
だからこそ、簡単に城門を抜かせた事に違和感を感じたのだが…
「リンカ様! 大変です!」
(っ! ただでさえワケのわからぬ状況だというのに、今度は何事か!)
「…何事だ」
努めて平静を装って返すが、その装いは次の言葉で簡単に崩れ去る。
「城郭が、敵軍に包囲されています!」
◇
「くっく…、こう簡単に策に嵌まってくれると、流石に笑いがこみ上げてくるねぇ…」
鏡などは無いので確認出来ないが、今の自分はさぞ醜く顔を歪めているだろう。
元の顔は決して醜くはないのだが、演技でない俺の笑顔はどうにも不気味に見えてしまうのだ。
「崩様、手筈通り、外に待機していた部隊も中に押し込める事に成功したようです」
「なんだ、もう終わっちまったのか…」
「無理もないでしょう。他に逃げ道など無いのですから」
その通りなのだが、もう少し抵抗らしい抵抗をしてくれないと些か面白みに欠ける。
ただ逃げられては、玩具があまり手に入らないからだ。
とはいえ、この男の言う事も尤もである。
本当に全軍が突入したワケでは無いと言っても、外に残された戦力は僅かであった。
それに対し、こちらは全軍で包囲をしたかたちになる。
退路がそこにしか無い以上、そうなる事は必然でしかない。
「しかしなぁ…、もう玩具の残りも少ないだろ? これじゃ俺が愉しめないじゃねぇか…」
そう言って無造作に剣を払う。
「ぎぃっ!?」
耳を切り落とされた兎系統の獣人が、地面に張り付けられた状態でビクビクと痙攣したようにもがく。
「ほらな? さっきまでは良い鳴き声出してくれてたんだがなぁ…。これじゃもう、ただの獣と何も変わらねぇだろ?」
「…あれ程の責め苦を受けた割には、もった方だと思いますが」
「それはそうなんだがなぁ…」
この獣人の女は、数日前に捕らえられてからずっと兵士達のなぶり物にされていた。
普通であればとうの昔に息絶えていてもおかしくはないのだが、今朝がた確認した所まだ生きていた為、戯れにこうして俺の玩具として採用したのだ。
俺は治癒術で傷を治療してやり、優しく介抱し、少しの希望を持たせてやった。
そうしたら随分と面白い反応をしてくれたので、ついやり過ぎてしまったのである。
「術である程度傷は治せるが、体力や精神までは治せねぇからな。失敗したぜ…」
残念ながら、この獣人にはもう叫ぶ体力も気力も残されていないらしい。
だから、こういったい原始的な痛みにしか反応しなくなってしまったのだ。
これでは再度兵士達に提供しても、恐らく皆興が乗らないだろう。
「コレはもう要らないから、適当に処分しておいてくれ」
「はっ」
壊れた玩具に興味はない。
それよりも、早く活きのいい玩具を入手して遊び尽くしたいものである。
その為であれば、多少の面倒事なら我慢してやろうという気にもなる。