第232話 亜人領境界 防衛戦②
更新再開です。
崩という男の戦い方は、変則的で魔族らしくないものであった。
こちらの陣形に対し、逆に受けるように陣取った戦型は、見事にこちらの攻勢を凌ぐ形となっている。
個々の戦闘能力も高い為、このままの状態では敵陣を崩す事は困難だろう。
(クッ…、小賢しい…)
敵将である崩に対し、苦い感情を抱く。
しかし同時に、敬意のようなものも感じていた。
それは崩の戦い方が、ある人物を彷彿とさせるものだったからだ。
(…トーヤ殿であれば、このような状況をどう打開するだろうか)
戦局はまさに膠着状態であり、お互いの兵士には疲労が色濃く見えている。
しかし、互角に見えるこの状況も、実の所こちら側の方が不利なのであった。
単純に、兵の総数の差である。
亜人領は、残念ながら統一国家では無い。
つい最近になってから国として動き出したものの、国家としては弱小も良い所である。
恐らく、国力として見た場合は、鬼達の国である羅刹にすら劣るだろう。
領内の平定すら終わっていないこの状況…
本来であれば、他領と争っている場合では無いのだ。
それに対し、魔族領は魔王ゾッドによりしっかりと統一された歴史がある。
もう百年以上前の情報である為、現在の状況は不明だが、荒神より兵力が劣るという事は無いだろう。
現に、兵の数は日に日に増しているように思える。
このままでは、いずれ…
(いかんな…。それをどうにかするのが、私の役目だろう…)
しかし、そうは言ってもこちらの手数には限りがあるし、打開策なども当然無かった。
トーヤ殿ならどうするかと頭を捻ってみたものの、自分の足りない頭では何も浮かんでくることは無かった。
それを悔しく思うと同時に、自分の中でトーヤ殿の存在が改めて大きくなっていく。
(…きっと、将とはああでなくてはならないのだろうな)
将とは武力が全てでは無い。
トーヤ殿と出会って、私はそれを初めて理解した。
(やはり私は、将の器では無い…)
今思えば、大将軍などという地位につけていたのも、私が魔王の娘だったからに過ぎないのであろう。
他の将軍達に比べ、私は何と愚かで、未熟だったか…
それを思い出すと、恥ずかしさで叫びだしたくなってくる。
…しかし、それでも譲れないものの為、私はこうして自ら志願して戦場にやってきたのだ。
至らずとは承知の上で、私にはこの戦況をどうにかする義務がある。
「何人か、私と共について来い! 前に出るぞ!」
私の取柄など、戦闘力以外無い。
ならば自らを槍として、戦線を切り裂くまでだ。
「それは早計では無いか?」
その時、自陣の後方より大きく太い声が聞こえてくる。
声の主は自陣をかき分けるようにして、私の目の前にやって来た。
「ガウ殿か!」
ガウ殿はトロール達の長にして、荒神の将軍でもある。
その後ろには、同じく荒神の副将軍であるイオも付いて来ていた。
「戦況が芳しくないようだな…。ザジ殿に言われ、助力に来たぞ」
その言葉に一縷の悔しさを覚えたが、今はそれよりも彼らの存在が心強かった。
同じレイフで修練を励んでいたからこそわかる。
この二人は、間違いなくこの戦況を覆すだけの力を持っているだろう。
「助太刀、誠に感謝する」
「…おや、意外と素直ですね?」
「…悔しいが、私の手には余る状況だ」
イオの嫌味にも、そう返すしか無かった。
この女はとは性格からして合わないが、その実力だけは認めている。
恐らく、単純な戦闘力では既に、私をも凌いでいるだろう…
「…ふむ、私の嫌味に何も反論してこない所を見るに、本当に切羽詰まった状況のようですね」
(こいつ…、天然だとばかり思っていたが、嫌味とわかって言っていたのか…)
苛立ちからこめかみが痙攣するが、なんとか平静を装って抑え込む。
「あ、ああ…。戦局は膠着状態だが、兵力に勝るあちらが有利と言わざるを得ないだろう」
「…ふむ。良いでしょう。ならば我々二人が、前線を切り開いてあげましょう。行きますよ、ガウ」
そう言って、イオはガウを待つ事もなく戦場を駆けていった。
「…気を悪くするな。あれでも、リンカ殿の事は認めているのだぞ?」
「…そうは見えないが」
「クック…。認めていなければ、アレはあのように突っかかりはしない」
そう言われると、確かにそんな気はしてくる。
なんとも複雑な気分だ…
「では、俺も向かうとしよう。一人で獲物を総取りされては堪らんからな」
そして、ガウとガウの率いる部隊も、前線へ向けて駆けだして行く。
その雄々しい様に、自然と周囲の兵士達の士気も高まったようであった。
(頼もしい限りだ。私も負けてられんな…)
「皆もガウ将軍達に続け! 決して後ろを取らせるな!」