第231話 亜人領境界 防衛戦①
前線で指揮を執るのは、随分と久しぶりな気がする。
戦自体は二年前、鬼達との戦いでも参戦しているが、その時は既に立場が変わっていた。
私が大将軍として振舞うのは、凡そ四年ぶりの事になる。
「…行くぞ! 皆、私に続け!」
とはいえ、結局の所私がやる事は変わらない。
精神的には幾分成長したという自覚があるが、性分自体は変えようがなかった。
仲間たちと前に出て、共に戦う。
それが私のやり方である。
「俺達も続くぞ!」
「「「「「「応っ!!!!!!」」」」」」
シュウの率いる隊も、私に続いて行軍を開始する。
シュウの隊も私の指揮下にあるが、彼らは遊撃の役割を命じてある為、統制の取れた敵軍を引っ掻き回してくれる事を期待したい。
「リンカ様、我々が先行しますので、囲まれぬよう付いて来てくれ!」
「わかった。頼むぞ、トウジ将軍」
トウジ将軍はやる気に満ちた笑顔を浮かべ、敵戦線へと向かって行った。
相変わらず殲滅力に関しては凄まじいものがあり、敵兵士を次々と吹き飛ばしていく。
その光景は味方に勇気と活気を与え、士気の高揚に多大に貢献する。
(頼もしい限りだな…)
あのような戦い方は、私やシュウの隊では不可能である。
というのも、それぞれの隊にはゴブリンやオーク、コボルドといった、獣人よりも戦闘力が劣る種族が含まれているからだ。
耐久力はともかく、機動力に関しては騎兵と歩兵程の差がある為、無理に突撃すれば戦力が二分されてしまうのだ。
「リンカ様、我々はトウジ将軍の隊が背を撃たれぬよう、最後尾に追従しましょう」
「ああ。全軍! トウジ将軍に続け! 分断されぬよう、味方同士常に一定の距離を保つことを心掛けよ!」
ボタンの進言に頷き、全軍に届くよう声を張り上げる。
私に任された混成部隊は、凡そ五千。
その全てに声が行き届いたとは思わないが、基本的に獣人の聴覚は優れている為、兵長各位に伝わってさえいれば問題無い。
こうして陣形は、狙わずとも魚鱗のような形になっていた。
(…これが陣形、というヤツか)
私はトーヤ殿のもとで、様々な戦術について学んだ。
その一つが、この魚鱗という陣形である。
魚鱗は、三角形に兵を配置する陣形で、本来は一番最後方に大将を配置する。
しかし、暫定的な大将となる私は最初からそこに収まるつもりは無く、最前線に躍り出るつもりであった。
ただ、流石にそれは止められた故、現在の中心に近い位置に陣取る事となった。
本当であれば、偃月という陣形で臨むつもりであったのだが、これはこれで悪くはない。
私の元近衛兵達は、機動力や対応力に優れている為、敵軍の中でも十分な働きが見込める。
中でもボタンは、戦術知識や判断力に長けており、冷静に戦場を分析する能力を持っている為、戦場においては実に頼もしい。
彼女が軍師のように立ち回ってくれるからこそ、私は自由に戦えるのだ。
「ハァァァッ!」
私は敵兵長と思われる魔族の懐に飛び込み、獣爪で腋を切り裂く。
これもトーヤ殿から学んだ知識だが、腋の下には重要な血管が存在している為、切り裂かれると致命傷になり得る。
トロールや一部の亜人にはあまり効果的では無いが、魔族には非常に効果的な攻撃方法であった。
「グッ…、クソが…」
魔族には瞬時に傷を治すような能力が無い。
一部の魔族には魔素と呼ばれる力で傷を塞ぐ者もいるようだが、それで塞げるのは細かい傷のみである。
大量の出血を止めることはできないため、これだけでもある程度は無力化することが可能なのだ。
ただ、こればかりは機動力の高い者にしか出来ない芸当でもある。
同じ獣人ならともかく、ゴブリンやオークに同じようにやれというのは無理な話だ。
……とはいえ、彼らは彼らで他の面で戦果に貢献している為、その必要は無いとも言える。
「「「「「フンッ!!!!」」」」」
オーク達が、その重量と膂力に任せた堅牢な壁を作る。
それに阻まれ、魔族達は機動力を殺されてたたらを踏む。
その隙に、小柄なゴブリンやコボルドが槍で刺突を行い、次々に敵兵を屠っていく。
彼らの動きは中々に洗練されており、連携には全く乱れが無い。
(…見事なものだな)
恥ずかしい話、私は最初、彼らの事を見下していた。
しかし、レイフの森に来てから、その考えを改めさせられた。
彼らは確かに、獣人やトロールに比べれば身体能力的にも、体格的にも劣る事が多い。
しかし、だからと言って、決して弱いワケではなかったのだ。
彼らには考える頭もあったし、器用さや応力もある。
何より、努力する事にかけては、我々獣人よりも真面目にしていたと思う。
持たざる者、という言い方は失礼かもしれないが、彼らはそれを補うためにあらゆる努力を惜しまなかった。
今では、そんな彼らを尊敬してると言ってもいい。
「リンカ様ぁぁぁっ! 敵将の姿が見えましたぜ!!」
隊の者達の活躍を喜ばしく思いつつ、目の前の敵を処理していると、前方からトウジ将軍の声が上がる。
騒音が激しい中、それでも良く通る声に感心しつつ、声の方向に意識を向ける。
トウジ将軍のいる場所からはまだ少し離れていたが、敵将はすぐにわかった。
(将にしては随分と地味な恰好だが、間違いない。あの男が崩か…)
敵将崩は、私の視線に気づいたのか、薄気味悪く笑って見せた。