第228話 集う軍勢と炎の感謝
紫華街を出てから、大体三ヶ月ほどの月日が流れた。
速度こそ出ていないが、今の所は順調に行軍中である。
現在、位置的には魔族領の中程まで来ており、亜人領まではもう半分といった所まで来ていた。
ただ、ここまで来るとそれなりに大きな都市を制圧する事も増えており、排によるものと思われる妨害も発生している。
それでも何とかやっていけているのは、炎の力と、集まった志願兵達のお陰と言えた。
「トーヤ様! この資材はどちらへ運べば良いでしょう?」
「ああ、それは北の門へお願いします」
「わかりました!」
俺が答えると、魔族の青年は気持ちの良い返事をしてから駆けて行った。
それに続いて、他の者達もどんどんと資材を運んでいく。
その都度会釈をしていくので、俺は少し苦笑いをしながら挨拶を返していく。
(みんな、結構人柄が良いんだよなぁ…。警戒していた俺が馬鹿みたいだ…)
魔族は狂暴な性質で、何でも暴力で解決しようとする傾向がある。
亜人領の文献ではそんな事が書かれていたが、とんだ嘘っぱちであった。
最初から少し違和感があったが、ここまで来ると如何にあの文献が出鱈目ばかり書かれていたか良くわかる。
恐らくは敵対する領に対し、反国意識のようなものを育てる為の資料だったのだろうが、ここまで印象が違うと色々と考えさせられてしまった。
俺には愛国心のようなものは最初から無いが、ちょっと亜人領に対する見方が変わってしまったかもしれない。
まあ、コッチはコッチで亜人領に対する印象操作を行っているようなので、どっちもどっちかもしれないが…
「トーヤ殿」
「ああ、炎殿、どうですか? 兵士達の様子は」
「皆、やる気に満ちておりますので、問題は無いでしょう」
「それは良かった」
兵士達とは、ここまでに集まった志願兵達の事である。
俺達はこの都市、『蒼華街』に至るまでに数多くの集落、都市を渡り歩いてきた。
基本的にどこも貧困な所ばかりで、その都度食料の手配や盗賊等の駆除を行ってきたのだが、その度に兵も募っていたのである。
俺は初め、そんな事をしてもわざわざ志願する者なんていないだろうと思っていたのだが、どの地にもまともな仕事が無く燻っていた若者が多かったようで、想像を遥かに超える人数の志願兵が集まった。
集落を巡り、都市を落とすたびに兵士はどんどんと増えていき、ここ蒼華街でその数は二万にまで達している。
ここまでくると立派な軍であり、戦力としても申し分無いレベルになっていた。
正規の兵士はいないが、好戦的な者も多い為、士気自体も悪くない。
好戦的な性格の者が多いという点では、文献の内容も間違ってはいなかった。
「…トーヤ殿には、本当に感謝している。私だけでは、ここまでの戦力を集めることは不可能だっただろう」
炎はそう言って、深々と頭を下げてきた。
こんないかにも軍人といった男に頭を下げられると、流石に恐縮してしまう。
しかし、炎が自分で言う通り、恐らく彼だけではこれだけの戦力を集める事は不可能だっただろう。
彼は軍の采配や指揮に関しては申し分ない力を発揮するが、人事を含むその他の能力はからっきしであった。
「いえいえ、俺は特に何もしていませんから。皆さんが協力的だったからこそ、これだけの人数が集まったんですよ」
炎に頭を上げてもらい、俺は働く人々を見ながら言う。
実際、俺がやった事など、美味い飯を食べさせ、彼らを真摯に向き合っただけに過ぎない。
…あとは紫の威光のお陰もあるか。
ともかく、俺でなくとも、このくらいの事が出来る人材などいくらでもいるだろう。
「いや、そんな事は無い。そもそも、本来であれば亜人であるトーヤ殿を、普通の魔族があっさりと受け入れられる筈が無いのだ…。食料やその他様々な知識も一因ではあるだろうが、それよりもトーヤ殿の人柄こそが、彼らの認識を改めさせたのだと私は思っている。人望、というやつなのだろう。私には無い才能だ」
「…それは、どうも」
あまりにもベタ褒めだった為、俺は照れてそう返すしかできなかった。
隣でアンナがドヤ顔をしているのも、ちょっと恥ずかしい。
「でも、俺が上手く立ち回れたのは、炎さんが敵戦力をしっかり打ち破ってくれたからですよ。俺達だけでは、絶対に無理でした」
集落はともかく、排の息のかかった都市については、かなり激しい戦闘が発生した。
特に最初の戦となった都市では、まだこちらの戦力も整っておらず、不利な戦いを強いられたのである。
しかしそんな中、正規の軍人である炎とその配下達で構成された部隊は、獅子奮迅の活躍を見せ敵兵を制圧していった。
アレは間違いなく俺達には不可能な芸当である。
俺もアンナ達も、集団戦をこなせなくはないが、そこまで得意なワケでも無い。
どちらかと言うと奇襲や暗躍といった方が得意であり、あのような真っ向勝負でねじ伏せる戦い方は不可能である。
それを少人数の部隊でやってのける彼らは、まさに戦場向けの戦士達と言えるだろう。
「…力になれていたのであれば良かった」
ええ…、なんでそんなに自身無さそうにするの…?
炎の実力は、間違いなくタイガクラスと言えるだろう。
それだけの実力を持っているというのに、何故そうも弱気なのか…
「…正直な所、私はトーヤ殿を見て、少し自信を無くしていたのだ」
「ええぇぇ!?」
思わず変な声が出てしまった。
炎のような男が、俺を見て自信を失っていたというのだから、驚くしかない。
むしろ、俺の方が自身を無くしてたくらいなのに…
「私は長年紫様の側近を務めていたが、今まで自分の実力を疑った事は無かった。しかし、トーヤ殿を見て、初めて自分の実力に疑いを持ってしまった」
「…それは何故?」
「…理由はいくつもあるが、一番は紫様に頼りにされていた点だ」
頼りに…?
体よく使われているだけだと思うが…
「信じられないかもしれないが、ああ見えて紫様は、何でも自分でやろうとする悪癖があるのだ。紫華街の住人を、紫様が直々に勧誘して回った話は聞いていないか?」
…そういえば、そんな事を言っていたな。
「その話は聞きましたね」
「まあ、その話に限った事では無いが、紫様は何か大きなことを成す時、必ず自分で動くのだ。しかし、今回の件も含め、どうにもトーヤ殿に対してだけは、色々と頼っているように見えるのだ。私にはそれが疑問であり、同時に何故自分には頼ってくれないかと、妬んだ」
炎は一瞬悔し気に表情を歪めたが、すぐに自嘲したように笑みを浮かべる。
「しかし、トーヤ殿の下についてみて、私はそれを少しだけ理解出来た、と思う」
…正直な所、俺にはあまり理解出来ないんだが、炎が納得しているのであればいいか。
ただ、全部ひっくるめて紫の思惑通りになっているようで気持ち悪いが…
「…すまない。余計な話だったな。ただ、感謝しているという気持ちは本当だ。それを伝えたかった」
炎はそう言うと、再び兵達のもとへ戻っていく。
俺は複雑な心境ではあったが、何も言わずそれを見送った。
「トーヤ様…」
そんな俺に、アンナは何を思ったのか身を寄せてピッタリと張り付いてくる。
俺の複雑な心境を感じ取り、慰めようとでもしたのかもしれない。
別に凹んでいるワケではないのだが、まあその気持ちは有り難いので、よしよしと頭を撫でてやった。
(まあ、今は余計なことは考えないでおこう…)
ここから先は、排を含む紫の兄達の支配領域である。
それを切り抜け、亜人領に無事帰還する為には、これまで以上に気を引き締めていかなくてはならない…
割烹には記載したのですが、諸事情により今後の更新は水曜日になりそうです。
余裕があれば早めに更新できることもあるかもですが…
また、次話より少し場面が切り替わります。