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魔界戦記譚-Demi's Saga-  作者: 九傷
第5章 魔族侵攻
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第225話 誘惑と駆け引き



眩暈がしそうなくらいの、強烈な色気が放たれている。

(ゆかり)は間違いなく、これまで俺の周囲にはいなかった女性のタイプだ…


ゴクリ


俺は思わず喉を鳴らしてしまった。

その反応が面白かったのか、紫が蠱惑的な笑みを深める。



(ヤバイ…、ヤバイ…)



正直な所、俺にはこういった事に対する耐性がほとんど無い。

いや、今までも理性を刺激するような誘惑が無かったワケでは無いのだが、ここまで直接的な誘惑は初めての体験であった。



「トーヤ…」



熱い視線が俺を捕らえて離さない。

艶のある唇から、熱い吐息と共に自分の名前が呼ばれる。

比喩的な表現抜きで、頭がクラクラとしてきた…


以前、フソウ様が寝床に侵入してきた事があった。

あの時もドキドキさせらえたものだが、これはその比では無い。

色気という点ではフソウ様も中々のものだったが、あちらはもっと奔放というか、小悪魔的な感じだったと思う。

だからこそ、冷静にあしらう事が出来たのだが…



「っ!?」



紫の顔がさらに近づいてくる。

一瞬、唇を奪われるのかと思ったが、紫の顔はギリギリの所で軌道を逸れた。

そしてそのまま耳元に口を近づけ――



「お前が求めるのなら、何でもさせてやるぞ…?」



熱い吐息と共に放たれた言葉は、まるで耳から波紋が広がるように、全身にぞわぞわとした震えを伝える。

それだけでも恐ろしい破壊力だというのに、胸に押し付けられた乳房の感触、耳や首筋をくすぐる髪の毛、そして紫自身の匂い。

味覚を除く、全ての五感を刺激する誘惑に、俺の理性は容易く崩壊―――



「トーヤ様から離れなさい!!!!!!」



する寸前で、俺は何とか理性を持ち直すことが出来た。

理由は当然、部屋の外から聞こえた声と、凄まじい殺気のお陰である。



「…くっくっ、まさか、このようなカタチで邪魔が入るとはな」



紫は心底愉快そうに笑みを浮かべると、身を引いて優雅に座りなおした。



(えん)! 通して良いぞ!」



「…しかし紫様」



「良いと言っている!」



「…畏まりました」



炎がそう応じると同時に、蹴破るような勢いで扉を開け放ち、アンナが駆け込んでくる。

俺はその勢いを阻むように、アンナの前に立ちはだかる。



「トーヤ様、どいてください。その女は危険です」



凄まじい剣幕、と言うより目が座ってるな。

この状態では、絶対に通す事は出来ない。



「落ち着けアンナ。今のは俺も悪かった」



「トーヤ様は何も悪くはありません。悪いのは、汚らわしい姦計を働くこの女です…」



驚いたな…

アンナがここまで怒りを(あら)わにするのは初めてかもしれない。

それ程、紫の行動が気に食わなかったのか…



「くっくっく…。まさか炎を前にして、私にあれ程の殺気を放ってくるとは思わなかったぞ。トーヤといい、その娘といい、ここまで私の想定を超えてくる者は中々いないのだがな…。実に愉快だぞ」



想定を超える、か…

確かに、あの炎が見張る扉越しに殺気を放つなんて、恐ろしい度胸である。

俺だったら絶対にできない。

いや、まあ出来てもやらないけどさ…



「アンナ、あまり無茶をするな。…正直、殺されてもおかしくなかったぞ?」



俺は少しキツメにアンナを(たしな)める。

一応客人という立場である俺達に対し、炎が本気を出す可能性は低いだろうが、それでも無いワケでは無い。

実際、本当に危険だと感じれば、炎は躊躇なく俺達を殺すだろう。

そうしなかったのは、アンナが炎にとって、未だ取るに足らない存在だったというだけに過ぎない。



「…………っ! でも!」



アンナは色々な言葉を飲み込んだが、それでも飲み込めなかった感情が反論となって出たようだった。

そんなアンナの感情自体はわからないでもないので、俺は軽く抱き寄せて頭を撫でてやる。



「からかったようで悪かったな、娘。もちろん、お前の夫を取るつもりは無いから安心しろ」



夫、という言葉にアンナがピクリと反応する。

表情を見る限り、それだけでほとんど機嫌が直ったようであった。

…なんと言うか、これはこれで逆に少し心配になるな…



「しかし、配下になって欲しいという気持ちに偽りは無いぞ? その為なら本当に、お前の望む事をしてやってもいいと思っている。…まあ、流石に何でもというワケにはいかないがな」



そう言って、紫は楽し気に笑う。

アンナに触れている状態だからこそ、その言葉に嘘が無いというのもわかる。

しかし…



「…残念ながら、それは出来ません」



「…まあ、そう言うだろうとは思っていたよ。お前ほどの男だ、亜人領でもそれなりに重要な立場にある事くらい、察しているさ。しかし、なればこそ疑問は残る。トーヤ、お前はこの魔族領で、一体何をしていた?」



紫は、ここに来て初めて、俺の立場に対して切り込みを入れてくる。

恐らく、返答次第で俺達の立場は大きく変わってくるはずだ。



(…正直に言う事は出来る)



しかし、包み隠さずとなれば、もう少し確認の必要があった。



「…修行です」



「…は?」



「ですから、修行ですよ」



俺の言葉に、紫は一瞬きょとんとした顔をする。

そして暫しの沈黙の後、今度は俺の顔をじっくりと観察し始める。

ひとしきり観察を終えると、今度は腕を組んで悩み始めてしまった。



「…それで、あの魔峰に挑んだと?」



「…まあ」



挑む気なんて無かったが、まあ結果としてはそういう事になるだろう。

なんだか若気の至りのようで、非常に納得いかないが…



「…くっ、はっは! はーっはっはっはっは! トーヤ、お前、実は馬鹿だったのか!!!! これは最高だ! はっはっはっは!」



「ぐぬ…」



くそう…、だから言いたくなかったんだよ…

別に馬鹿だと思われるのは良いのだが、コレで俺は、(ばん)辺りと同じ分類にされてしまったのではないだろうか?

なんだかそれは、凄く嫌だ…



「…ではお前達は、これから亜人領に帰るつもり、という事か?」



「…ええ、そうです」



「成程、成程…。ふふん、では、送り届けてやるくらいの事はしてやっても良いぞ?」



まあ、そう来るよな。

俺達にとっても、逃げ隠れながら行軍しなくて良くなる為、非常に助かる話だ。

しかし…



「それを信用する事は、できません」



「…ん? 何故だ?」



紫は感情を隠すのが上手い。

それは俺やアンナの力をもってしても、見破るのが難しい程である。

しかし、今の紫は感情を敢えて隠そうとしていない。

恐らくそれは、先程言った通り、俺達の信頼を得る為なのだと思う。

…それを信じるのであれば、紫は本当に知らない(・・・・)という事になる。



「…先程、(ろう)の尋問中にも出なかった情報を、俺達は知っています」



「…ほう? そんな事を言いだすからには、勿論教えてくれるのだろうな?」



「ええ」



どの道、いずれは紫の耳にも入る情報だ。

であれば、ここで言ってしまう方が、その後の方針を立てやすい。

ただ、最悪この場で捕らえられる可能性もある為、一応は他の子供達にも合図を出しておく。



(あとは、紫の反応次第ってところだな…)



まあ、悪いようにはならない…、と思いたい。





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