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魔界戦記譚-Demi's Saga-  作者: 九傷
第5章 魔族侵攻
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第224話 紫の誘い



「…兄上達、か。大体の想像はつくが、一応確認しておこう。それは(はい)か?」



「ふん、馬鹿め。そんなもの、答えるワケがなかろう!」



(ろう)は鼻で笑いながら顔を逸らす。

しかし、木に括られた不安定な状態である為、首を伸ばす亀のような状態になっていた。



「では、(がい)か? それとも、(ほう)か?」



「だから、言わぬといっておろうが!」



(ゆかり)は気にせず、次々に名前を挙げていく。

わざわざ一人ずつ確認するのは、当然俺に確認させる為である。



「くどいぞ! 貴様、いい加減に…」



「いや、もういいぞ兄上。それでトーヤよ、どうだった?」



「…最初の三名、それからドウとワカとソウ…、で合ってますかね? 計六名のようです」



「…ふむ。やはり大体予想通りだったな」



紫は少しつまらなそうな顔をしながら、片肘をついて顎を置く。

名前を出した順番から考えても、紫自身が言った通り概ね予測済だったのだろう。

それにしても、紫の口にした名前は十人を越えていたぞ…?

魔王の子供って、一体何人いるんだ…?



「なっ…、ちょっと待て!? 何故それが…、いや、待て…、さっきから貴様は…、ま、まさか、貴様も魔眼を…?」



狼が俺の事を見て顔を引きつらせている。

魔眼…? 何の事だ?



「そういう事だ、兄上。隠し事をするだけ無駄だぞ…?」



紫はそう言って王座から腰を上げ、狼のもとへ優雅に歩み寄る。

何がそう言う事だ、だよと思ったが口にはしない。



「そ、そんな筈が…、何故、こんな奴が…? ま、待て紫! …そ、そうだ! お前もこの話に乗らないか!? お前だって、今の父上には不満を抱いていたのだろう!? だからこんな街をぐべぇ!?」



紫はそのまま、転がる狼の顔面を踏み抜いた。



「口を慎め、兄上。私は父上に不満なぞ抱いておらぬよ。私が不満なのは、父上に不遜な態度を取る兄上達の方だ。この街を作ったのも、そんな兄上達の蛮行が気に入らなかったからだ。下らぬ勘ぐりはしないで貰おう」



狼はそれに対して何やら言おうとしているが、紫に顔面を踏まれたままなのでまともに声が出せていない。

そんな狼を嗜虐的な笑みで見下ろす紫は、なんというか、本当に女王様のようであった。



「さて、兄上…、いや狼よ。お前達の企み、全て話してもらうぞ?」








――――紫華城・紫の私室





尋問は凄惨を極め…、たりはしなかった。

と言うのも、狼が重要そうな事を全てペラペラと喋るからである。

まあ、隠した所でほとんど意味は無いのだが、あれ程簡単に口を開くのは正直どうかと思ってしまう。

俺だって痛いのは嫌いだが、いくらなんでも背中を踏まれた程度であんなにも無様な姿は晒さない…、と思う。


まあ、それはともかくとして、狼から得られた情報は俺達にとっても有用なものであった。

まず、狼とその兄である六人は、今の魔族領の在り方に不満を覚え、国家に対し反旗を翻したそうだ。

それに対し、父である魔王ゾットは一切の抵抗をせず、すんなりと実権を明け渡したのだという。

しかし、実権を明け渡したと言っても、それはあくまでもその場だけの事に過ぎず、王都以外にまでその情報は行き渡っていない。

その為、魔族領各地へ伝達を行う必要があったのだが、それが上手くいかなかった。


当然と言えば当然である。

いきなり、今日からこの魔族領の実権は私達が握る事になりました、などと言われても、普通は困惑するだけだろう。

それどころか、そんな事は認められないと反発される可能性もある。

実際、そんな事が各地で起こり、狼達はそれを鎮めるために奔走する事になったようだ。

そんな事があったからかどうかはわからないが、紫にはその話は伝わっていなかったらしい。

そして紫は嵌められ…、というワケだ。



「…どうした? 何か疑問でもあるのか?」



「いや…」



紫は俺の様子を見て、的確に俺の心情を見抜く。

表情に出したつもりは無いので、単に勘で言ったか、それとも別の何か(・・)を見て判断したのか…



「遠慮はしないでいいぞ? お前はとても役にたってくれたしな…、何でも答えてやるぞ?」



紫はそう言うが、本当に俺達の協力が必要だったかは定かじゃない。

実際、俺やアンナがいなくとも、彼女は狼から情報を引き出す事が出来ただろう。

確証を得る為だと言っていたが、それだって怪しいんじゃないかと、俺は思っている。



「…じゃあ聞くけど、何故紫さんは、魔王が貴方の兄上達に実権を譲った事を知らなかったのですか?」



「紫で良いと言ったろう? 次は怒るからな? …それで、知らなかった理由か。それはさっき狼が言った通り…」



「紫なら、自分の諜報部隊くらい持ってるんだろう?」



「…ああ、持っているとも。だが、その情報は私まで届かなかった。それだけの事だ」



…という事は、紫の諜報部隊は、何者かの手により消された?

あるいは、寝返ったか…

いずれにしても、彼女の手元には帰ってこなかったという事である。



「恐らくだが、消されたのだろう…。兄上…、(はい)はそういった事を得意としているからな…。大方、今回の件も首謀者はあの男だろう…。全く、忌々しい男だ…」



紫はグラスで果実酒をあおりながら、苦々しい表情で呟く。

常に余裕そうな彼女にしては、珍しい態度だ。

それ程に、(はい)という男が厄介なのかもしれない。



「…そんなに厄介な奴なのか?」



「…ああ、曲者揃いの兄上達の中でも、とびっきりに厄介な奴だよ。私に薬を盛ったのも、恐らくはあの男の仕業だ。そうでなければ、あれ程周到に準備されている筈が無いからな」



周到、というのがわからなかったので細かく聞いてみると、どうやら毒を盛った事自体、狼はおろか(しげ)という男にすら知らされていなかったらしい。それどころか、酒を準備した者、用意した者に至るまで、誰にもその事を知る者はいなかったそうだ。

…つまり、酒に毒を盛ったのは、城に出荷されるよりも前だったという事になる。



「私が好んであの酒を飲む事、それも寝酒として飲む事など、城でも一部の者しか知らない筈だ。それを調べ上げ、仕入れ先にまで手を入れる周到さ…、実にあの男らしい手口だよ」



「…でも、そこまでする必要ってあったのか?」



正直な所、俺にはわざわざ面倒な手順を取ってるとしか思えない。

もう少し簡単な方法があったのじゃないだろうか?



「それは、私に対する敵意を消す為だ」



「…敵を、消す?」



「そうだ。…もう気づいているだろうが、私には、普通では見えないモノ(・・)が見えている」



そう言って紫は、前髪に隠れた右目を見せてくる。

紅い瞳…、それは一見して普通の目のようであった。

しかし、近くでよく見ると…



(これは…、複眼…? いや、それにしては数も半端だし、そもそも瞳の部分だけではあまり意味が…)



「狼が先程少し漏らしたが、これは魔眼と呼ばれるものだ。一部の魔族のみ、この眼は発現する」



魔眼…、そう言えば先程、狼が俺に対してそんな事を言っていたな…

紫が魔眼と呼んだそれは、一見すると普通の目と変わらないが、よく観察すると瞳の中が蜂の巣のように細かく分かれていた。

それはトンボなどに見られる複眼のようであったが、それ程細かいものでは無く、個眼の数は百にも満たない程度である。

それがどの様な役目を果たしているかはわからないが、どうやらこの眼に、魔力などを感じ取る性質があるようだ。



「まあ、父上の血を引くものであれば、半数近くが発現しているものだ。(ばん)などは、使いこなせずにいるようだがな。…しかし、私であれば魔力や感情といった、本来では見られないものまで見ることが出来る」



蛮の目がやけに良かったのも、そのせいか…

それであの性能だったのだから、使いこなせていたとしたら厄介極まりない目である。

亜人領の者達は、この事について知っているのだろうか…?

もし知らないとしたら、中々に危険なのでは…



(…いや、今は皆の心配をしてる場合じゃないな。紫が俺にそれを伝えた意図がわからない…。可能性は低いだろうが、下手をすればこのまま俺を消そうとする事すら考えられる)



「…何故、そんな事を俺に?」



俺がそう尋ねると、紫は待ってましたとばかりに身を乗り出してくる。



「決まっている。親愛のしるし、というヤツだ」



紫はそのまま俺の顎に指をかけ、緩やかに引き寄せる。

そして、丁度こぶし一つ分程の距離で止め、静かに口を開く。



「トーヤよ…、私の配下になれ…」




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